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第二章

第65話 ドエーロ街

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 まだ朝だというのにネオンの光が煌めく風俗街。派手な看板や装飾が施された建物が、一本道を挟むように所狭しと並び、最奥には巨大な遊郭が象徴のように、その存在感を露わにしていた。それらの光景は目を眩ませる程に煌々としていて、まるで男の本能を掻き立てるかの如き様相だった。

 それに加えて辺りには際どい格好をした美女たちが佇み、道行く男たちを官能的な色香で誘惑していたのだ。この燦然たる輝きと妖艶な雰囲気の正体は、ネオン眩しい街並みの所為だけでは決してない。きっと彼女たちが織り成しているものだろう……それが傍からでもハッキリと見て取れた。

 そんな素晴らしき街道に、件の宿屋はあるらしい……が、まさかこんな近くに、こんなエロそうな場所があったとは! なぜ今まで気付かなかった⁉ オレとしたことが何たる不覚!

「ここは数多の風俗店が建ち並ぶ、通称……『ドエーロ街』。かの有名な『エロス・フェティシズム』が造ったとされる風俗街です」
「ドエーロ街っ⁈ 名前そのまんまじゃねえか⁉ しかもエロス・フェティシズムって前にも聞いたことあるぞ⁉」

 レイは「有名人ですからね」と止めていた足を進め、オレは淫靡な街並みに目を輝かせながら後を付いて行く。

「すげえな……これ全部、風俗店かよ。くそっ……こんなことならババアに小遣い貰ってくりゃよかったよ」
「小遣い程度じゃ何もできませんよ、旦那。この街の風俗店はある店を除いて一回遊ぶのに、最低でも一千万エルは必要になりますからね」
「一千万だとっ……⁈ マジかよ、おい……頑張って仕事探さねえとな……」

 レイは「何処で決意してんですか……」と呆れつつ、ある店の前で歩みを止めると視線を移しながら言葉を続ける。

「さあ旦那、着きましたよ。ここが宿屋スペランツァです」
「おお、ここか!」

 眼前にはネオンの看板が備え付けられ……ているだけの、ア・プレストと何ら変わりない普通の宿屋があった。

「なんか……他の店と比べると普通だな」
「まあ、そうですね。でもその代わり高額な他店よりも値段がリーズナブルで、その来店しやすから男性たちの憩いの場となっているそうです。それが理由なのかドエーロ街の中で唯一、いやらしいことができない店なので、過度な期待はしないでくださいね」
「あ、じゃあ帰るわ。おつかれ」

 オレが真顔で踵を返すと、レイが「おい」と肩を掴んで止める。

「冗談だよ、冗談……」

 振り返りながら口だけで笑って見せるが――

「嘘つけ。顔が本気でしたよ?」

 ――バレてたか。オレも人のことは言えんな。

「もう……偵察、行くんでしょ? さっさと入りますよ」

 オレは「へーい……」と幾分か肩を落としつつ、宿屋に入ったレイの後へと続いて行く。

 宿屋に入ると忽ち絶世の美女――よりも大量の男たちの方が目に入ってしまう。まあ、当然と言えば当然なんだが……ウェイトレス数人に対して、客が五十人くらい居るぞ? ちゃんと回るのか、この店……

「朝から繁盛してますね……この宿屋は……」
「おいおい、ほぼ満席だぞ? こりゃあ、うちじゃ勝ち目ねえな……」

 呆然と立ち尽くすオレたちの前に、真ん丸とした目の少女が近づいてくる。

「いらっしゃいなのじゃ、客人! 二名様でよいな?」

 風俗街に似つかわしくない容姿をした薄い緑髪の少女は、ツインテールを横で輪っかにして腰辺りまで下ろし、そしてその格好は……まさかのウェイトレス姿であった。

 袖の無い上下黒の制服に、白いフリルがついたエプロンとカチューシャを着用し、風俗店の名に恥じない程の短めなスカートを翻す姿。他のウェイトレスも同様の制服を着ているということは、必然的にこのガキもウェイトレスだということ……こりゃあ、世も末だね。

「ちなみにガキではないので安心せい、お客人よ。こう見えて成人しておる」
「あ……そうなの? こりゃ失礼……」

 いかんいかん……どうやらまた顔に出てたらしい。気を付けないとな……

「あれ~、レキちゃん。お客さん?」

 次いで出迎えたのはウェーブがかった金髪の、ばっちりメイクが決まった快活なギャル。前髪は緩めに流しつつミディアムな後ろ髪を綺麗に束ね、その首元や手元には煌びやかな装飾品が怪し気に光っていた。

「おう、イズ。丁度いいところに来たの。こちらのお客人たちを、席にご案内してくれ」
「は~い。じゃあ行こうか、お兄さん?」

 イズと呼ばれた女の子は行き成りオレの腕に手を回し、有無を言わさず強引に引っ張って――って、メッチャ密着してる⁉ おっぱいが‼ 生地が薄い所為か、直に感触が伝わる‼ 結構大きいし柔らかい‼ そして後方からはレイの殺気‼ でも、おっぱい大きい‼

「狭いけど我慢してね。ここしか空いてないからさ~」

 イズちゃんに連れてこられたオレは「は~い……」と、余りの幸せな時間に気の抜けたような返事でテーブル席に座る。

「大丈夫、お兄さん? どうする? 一番高いお酒でも頼む?」
「あ、はい……」
「ちょっと、旦那! アンタ、お金持ってないでしょ⁉ デレデレするのも、いい加減にしてください!」

 いつの間にか隣に座っていたレイは、歯軋りしながら睨みつけると、オレの襟を掴んではグワングワン振り回す。

「アハハっ! そこらへんは大丈夫だと思うよ? レキちゃんが通したってことは、問題ないってことだろうからさ~。 じゃあ、お酒持ってくるから、ゆっくりしててね~」
「は~い……」

 手を振りながら「なあ、レイ……」とイズちゃんを見送るオレに、レイは随分な溜息で「……何ですか?」とご機嫌斜めな殺気を飛ばす。

「オレ、来てよかったよ。この世界に……」
「ここで実感するの⁉ もっと他にあるでしょうが⁉ 私と一緒に居て何とも思わないんですか~ッ⁉」

 首を締め上げる勢いで掴み掛かるレイに対し、オレが何処吹く風の如き笑みで流していると、隣のテーブル席から「へっ、良く分かってるじゃねえか……坊主」と声を掛けられる。

「あ? 誰だ、アンタ?」
「オレか? オレぁ巷でスーさんと呼ばれている、この世界で唯一の……おっさんだ☆」
「いや、ただのおっさんかい」

 己をスーさんと名乗る酔ったおっさん……というよりかはジジイ。上下白のヨレたシャツと、ステテコパンツを履き、腹巻をつけたサンダル姿。口周りには御大層な白髭を蓄え、黒と白が混合したボサボサの髪をオールバックにし、長い襟足を耳元にかけて外ハネさせていた。

「また言ってるよコイツぁ……おめえは若ぇ頃から、ただのおっさんだろうがぁ⁉」
「違ぇねえ! 違ぇねえ!」

 横からツッコミを入れる角刈りの厳ついジジイと、それに同調する薄毛の歯が疎らなジジイ。全員、似たような格好してんな……やっぱ年取ると、そうなんのか?

「あらあら、ゲンさんもトクさんも元気ねぇ。でも、あんまりイジメちゃダメよ?」
「別にイジメてねえって、ヘマちゃん! こいつがいつもボケっから、俺がツッコんでやってるだけさ!」

 高そうな酒とグラスを持って現れたヘマと呼ばれた女の子。赤みを帯びる綺麗に伸ばした黒髪ストレートと、何処か人間離れしているかのような白き肌。相反する二つの要素が艶やかな美貌を生み出し、その媚を含んだ眼差しは見る者を虜にさせる。

「あら、そうなの? でも、程々にね?」

 ヘマちゃんは妖艶な笑みで返し、それが終わると今度は此方へ向き――

「それと貴方様には、此方のお酒を……あちらのお客様からです」

 ――跪きながら酒を差し出す。先程とは打って変わって随分と堅苦し気だ。

「え? 何その映画みたいな展開。一体、誰が……」

 手で指し示す方向に視線を移した瞬間、高ぶる気持ちが一瞬で消え去るかのように、オレは思わず顔を引きつらせながら立ち上がる。

「――ッな⁉ 何でテメエがッ……此処に……⁈」
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