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第二章

第63話 卑怯な男VS妖の旅鴉(終戦)

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「俺の技が……効かないだと……⁉」

 一人称がブレる程の動揺を見せる氷人は、ショックからか呆然と立ち尽くしていた。

(あれほどの斬撃を受けて傷一つ付かないなんて……それに周囲に漂うこの冷気。もしかしてあれは……『トルメンタニウム』⁈ まさか旦那は自分の頭部を、あの超常合金に……? でも確か知識がなければ変形はできなかったはず。一体どうやって……)

 ダンが無事だったことへの安堵感なのか、はたまたトルメンタニムを生み出したことへの驚きか……恐らくそのどちらでもある感情によって、掛ける言葉も出ぬままレイも呆然と見下ろしていた。

「へっ……オレの勝ち……ってことでいいんだよな?」

 ダンはついていた左膝を無理やり動かし、ボロボロの身体をゆっくり押し上げていく。

「あ、あぁ……いや、待て! これは真剣白刃取りではない! 白刃取りとは両の手で受け止める技だ! 全く反応できてなかったのに、勝ちを認められる訳が――」
「オレは一言も『真剣白刃取りをする』なんて言ってない。『受け止めたら勝ち』って言っただけだ。勝手に解釈したのはテメエだぜ?」 
「馬鹿なっ……! そんなものまかり通る訳――」
「お前、さっき『卑怯な男の通り名も耳に入っている』って言ってたよな? ってことはいずれ、こうなることも想定できたはずだ。だが、お前は自分の『考え』が正しいと思い込み、オレの裏の『考え』まで読み切ることができなかった。それなのに今更、罷り通らねえなんざ、それこそ罷り通らねえ……違うか?」

 氷人は悔し気に顔を歪め、左手を震わせながら、その拳を強く握り締める。

「お前の敗北は誰であろう、お前自身が認めたことだ。お前も男としてこの世に生まれた以上、一度口にしたケジメは取らなきゃならない。長いこと戦いに身を置いてきたなら……この理屈、分かるよな?」
「ぐっぅぅ……この俺がっ……負けただとっ……⁉」

 憤怒の声を漏らしつつ歯を食い縛る氷人は、膝から崩れ落ちると共に地面に左手をつき、暫く黙り込んでは諦めたかのように俯いた。

「レイ、撤収だ! 宿屋まで送ってくれ」

 氷人のその姿を見たダンは、決着がついたと判断し、視線はそのままにレイを呼ぶ。

「……あ、はい!」

 レイは瞬間移動をしてダンの肩に触れると、再度その力を行使して宿屋へと帰還した。





 瞬間移動を用いて宿屋内に戻ってくると、リリーがソファーで足を組んで待っていた。

「おや……二人とも戻ってきたのかい。どうだった、喧嘩は?」

 その問いかけにダンは一切反応を示さず、宿屋内が異様な静けさに包まれる。異変を感じたレイが「旦那……?」と問い掛けた瞬間、限界を迎えたダンが樹木のように正面から倒れ――

「旦那っ……⁈」

 ――それに気づいたレイは直ぐさま、そのボロボロの身体を支える。

「大丈夫ですか⁉ 旦那ッ⁉」
「おやおや、随分手酷くやられたみたいだねぇ。レイ……ソファーに座らせてやりな」
「は、はい……!」

 重力に逆らおうとしないダンの身体に、レイは肩を回して持ち上げると、リリーの言う通りにソファーへと座らせた。

「あの……大丈夫……ですか……?」

 心配気に跪きながら手を触れるレイに――

「あ、あぁ……あまりいい気分ではねえな……」

 ――ダンは痛々しさを感じさせるような声色で答える。

 触れた手には傷跡による凹凸が目立ち、未だ再生の兆しを見せないでいた。

「いつもの旦那なら直ぐ再生するはずなのに……どうして……」
「転生者の力の源は『想い』の力……どうしたって己がメンタルに左右されてしまう。つまり、あの男と戦ったことで『勝てない』という想いが、コイツの中に生まれちまったんだろう。だから自ずと再生の力も止まった。まあ、要は怖気づいちまったってことさ」

 思わず泣きそうになる表情のレイに対し、リリーは腕を組みながら淡々と疑問に答える。

「そんな……でも旦那は奴の攻撃を防ぎ切ってた。あのままやってたら絶対……」
「ハッ、あんなモンは一発限りのハッタリ……逃げる為の口実を必死こいて考えて、それが偶然上手くいっただけさ。それにアイツは、まだ『右手』を残してた。つまり本気じゃなかったってことだ。それに対してオレにはもう、あれ以上やる余力は残ってなかった。もしあのまま続けてたら……完全に負けてた……」
「旦那……」

 初めて見た落ち込む姿に、掛ける言葉が見つからず、レイが口ごもっていると――

「良かったじゃないか。ここで負けておいて」

 ――代わりにリリーが諭すような口調で開口し、その言葉にダンは怪訝そうな眼差しを向ける。

「不死の力を得て全能になったとでも思ったのかい? 笑わせんじゃないよ、このバカちんが。いいかい、ダン? この世界ではね……力にかまける奴から死んでいくんだ。周りを見てごらんよ? 六十年という長い歴史があるにも拘らず、この世界の転生者なんてもう数える程だ。つまり裏を返せば、この世界にはもう強い奴しか残ってない。アンタよりも格上なんざ幾らでも居るってことさ」

 リリーの言葉はダンを慰めるものではなく、かと言って甘やかすようなものでもない。この世界で四十年生き残ってきた先輩としての……言わば激励だった。

「これからアンタは、そんな奴らに嫌って程、負けを見ることだろう。でもね……アンタは死なない。その心さえ死ななかったら、アンタは何度だって這い上がれる」

 リリーは真っ直ぐな眼差しで鼓舞するかの如く一心に見つめると、対するダンも静かに見据えながらその想いを一身に受け止めていた。いつもは些細なことで啀み合う二人だが、今は不思議と両者の想いが繋がっているようだった。

「泥臭く足掻きな、ダン。負けを知った男は強くなる。死に物狂いで生きて、そして……いい男になりな!」

 相変わらずいつも通りの決め台詞を言うリリーは、最初に見た時と同じような、年を感じさせないかの如き弾ける笑顔だった。普段は流し気味だったその表情を真正面から見たダンは……何処か奇妙なを覚える。

(何だ……これは……?)

 意識が虚ろな所為か、カレンと観覧車に乗った時と、同じような感覚に襲われ、また別の面影が介入してくる。

 ――……あなたは……生きて……――

(また、お前か……一体、誰なんだ……? いや、そんなことはどうだっていいか……オレはもう過去を追い求めないって決めたんだ。今更、曲げる訳には……いかねえよな? なら最後までこの想い、貫かせてもらう。お前のことは思い出せなくて悪いが、今は目の前の……リリーの想いに耳を貸す。だから――)

 ――……うん……がんばれ……――

 その言葉を最後に面影は霧のように消え、ダンは吹っ切れた笑みで瞳に光を取り戻す。

「へっ……ありがとよ……」

 呟くように言ったその台詞に、リリーは笑みを浮かべながら近づき、ダンの頭をくしゃくしゃと撫でる。

「いつもそんくらい素直なら可愛げがあるんだけどねぇ、ダン?」
「いや、今のはお前に言ったんじゃなくて……」
「照れるんじゃないよ、おバカ。取りあえず風呂場行ってきな。いつまでも血だらけじゃ、格好がつかないだろ」

 何処か満足気に笑うリリーはカウンターへと戻っていき、レイは「手伝いますよ、旦那」とダンを支えながら持ち上げる。

「え? 手伝うって……一緒に入るってこと?」
「ハァ……そんなわけないでしょ? 調子戻るとすぐこれなんだから……」

 レイは呆れながらも言葉とは裏腹に、その面持ちは幾分かの安堵に包まれていて、自然と上がる口角を隠すように顔を背ける。

「フッ……冗談だよ、冗談」

 こうして転生者との初めての闘いは敗北に終わったが……ダンの『想い』はより一層、強固なものとなって成長を遂げた。
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