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第一章

第50話 転生者のもう一つのルール

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 冒険者ギルドSPD――

 あれから私たちはグリーズ家を後にし、来た道を戻ってマリオネッタの外壁を出ると、ミゼレーレ様から頂いた科学宝具を使い、瞬間移動でリベルタの国に帰還していた。
 旦那は戻ってきて早々、「打ち上げ、打ち上げ! うわぁあああん‼」と発狂し始めたので仕方なくSPDに寄ると、もう深夜を回っている時間帯の筈だが、周囲には今でも食事に舌鼓を打ち、酒を酌み交わす者たちで溢れ返っていた。

「しっかし、お前の婆ちゃんも来ればよかったのにな?」
「そっ、そうですね……」

 ――レイ……私のことはいいから、二人で楽しんできなさい!――

 お婆様が別れ際に言ったことを思い返す……まったく……余計な気を回さなくてもいいのに。

 テーブルの上には目を見張るような食事が次々と並べられていき、その度に旦那は瞳を輝かせながら「メーシ! メーシ! メーシ!」とナイフとフォークを持ちながらキンキン弾かせていた。

「旦那、やめてくださいよ……恥ずかしいんで……」
 
 そんな姿に私が若干引いていたところで、ようやく打ち上げの準備が整ったようだ。

「よーし! 食事も出揃ったところで、僭越ながらこのオレが、乾杯の音頭を取らせていただきやす。えー……この度はグリーズ家のカチコミに――」
「はい、カンパーイ」

 立ち上がってまで挨拶をしようとする旦那を余所に、私は手早く乾杯を済ませて一人で勝手に酒を飲み始める。

「おおおいッ‼ オレが挨拶してんのに勝手に飲んでんじゃねえよ! も~う……カンパーイ‼」

 痺れを切らした旦那も注ぎ込まれている酒に屈し、欲望に飲み込まれるように己が体内を癒し始めた。

「――っくぅ~うッ! うめえ~ぜぇ~っ! 爽やかで軽い口当たり、きめ細やかな泡で喉越しもいい! 飲んだ後には口の中に香りが広がり、それが刺激となって食欲が進む! 体中の血液は駆け巡り、疲れ切った細胞を活性化させ、心地よく五臓六腑に染み渡る! まさに最高の酒! そして至福の時間!」 
「食レポ凄いな⁉ 何ですか、そのスキルは⁉」

 旦那はそんな私のツッコミなどお構いなしに座ると、今度は目の前に並べられたパスタやピザを口いっぱいに頬張る。

「ハァ……旦那、食事しながらでいいんで聞いてもらえますか?」
「おう! なんじゃい?」

 私は緊張した面持ちで背筋を正し、幾分か頬を紅潮させつつ、言葉を紡ぎながら頭を下げる。

「その……今回の一件……本当にありがとうございました」
「おいおい、何だよ突然……」
「いや、ちゃんと御礼言ってなかったなぁと思いまして……」

 私はそう言いながら指先同士をツンツンし、あまりの恥ずかしさに唇を尖らせてしまう。

「別に要らねえよ、そんなの」
「そういう訳にはいきません! 旦那が居なかったらお婆様も私も今頃は……」

 そんな私の態度に旦那は、食事をしていた手を止めて、頬杖を突きながら問う。

「ふ~ん……じゃあ、何? 何かしてくれんの?」
「はい……私ができることと言えば、もう一つしかありません。旦那の『使命』をお手伝いすることです」

 その時の私は気付いていなかった。旦那が一瞬だけ眉をひそめていたのを……

「旦那にはまだ言ってなかったんですが、実は転生者にはもう一つ特徴がありまして……」
「ハァ……特徴……?」
「ええ、転生者は『氏名・使命』しめいを奪われて力を得る……監獄でそう言いましたが、さらに『逆転生』という特徴も存在しているんです」
「逆転生って、もしかして……」
「そう……元の世界に転生し直すということです」

 旦那は興味なさげに止めていた食事の手を再び動かし始める。

「逆転生の条件は……『氏名・使命』しめいを取り戻すことです」
「取り戻すって……どうやって?」
「私も詳しいことは分かっていないんですが、一般的には時間で解決するパターンが多いらしいです。人によっては一生をかけて思い出す者もいるらしいとの話ですが……強者に限っては別です。特に賞金首クラスの連中は、即思い出すレベルが多く、旦那も例外ではないと私は思っています」

 旦那は愁いを帯びた瞳で、窓に映る外の景色を見ている。

「私は旦那を近くで見てきましたが……ハッキリ言って異常です。身体能力は勿論のこと、体中を変形させ、腕を修復し、巨大な機械兵だって生成することができる。挙句の果てには再生能力と不死の肉体……本来なら一つしか得られない能力を複数所持しています。そして話によれば、その得た能力が、己が『氏名・使命』しめいするらしいということです。つまり旦那には……」

 私は一瞬、言い淀む……自分の秘めたる思いが邪魔をして……でも――



「どうしても帰らなきゃいけない理由があるはずなんです」



 ――言った……苦しくなる胸を押さえつけながら……だって……大切な人だから。

 しかし、対する旦那は「ふ~ん……あっそ」といった感じの意外な反応を見せる。

「あっそって……気にならないんですか? 自分の『氏名・使命』しめいのこと……」
「生憎だがオレは……もう過去を追い求めないって決めたんだ」

 どうも関心が薄いかのような態度の旦那は、そう言いながら背もたれに寄りかかる。

「……いやいや、大事なことかもしれない――っていうか絶対大事なことですよ⁉ いいんですか⁈」
「ああ、いいんだ。何故ならオレの魂が告げてるからさ……逃げて『自由』になれってな」
「……じゃあ、戻らないってことですか?」

 消え入りそうな声で問うと旦那は「……そうだな」と答え、それに対し私は「……そうですか」と俯きながら返すと、すぐさま立ち上がって「……ちょっとトイレ行ってきます」と言って強引に席を離れた。





 トイレを済ませた私は洗面台の前に立つと、鏡に映る自分の表情が目に入り、少しばかり自己嫌悪に陥る。

「ハァ……何で笑ってるんだろ、私……最低だよね……」

 理由なんて分かり切っていた。そう……ただ単純に……嬉しかったのだ。もし元の世界に戻ってしまえば、もう会えないかもしれない。だから嬉しかったのだ……一緒に居れるから。でもこの気持ちは逆に旦那の大事な『氏名・使命』しめいを蔑ろにするということ。そう思うとまた自己嫌悪に陥る……さっきからこれの繰り返し。

「ハァ……戻ろ……」

 私は顔を引き締めてトイレから出ると、ある意外な人物から声を掛けられる。

「やあ、レイ……久しぶりだね」
「貴方は……カタリベ様」

 初代転生者でお父様と親しかったカタリベ様が、足を組みながら座って食事に舌鼓を打っていた……実に六年ぶりの再会だ。

「どうやら記憶は戻ったようだな」
「はい……なんとか……でもカタリベ様がどうして此処へ?」
「それは……謝罪をしに来たんだ……君の父上のことを。私は全て知っていながら、何もしてやれなかったからな」

 カタリベ様は視線だけを合わせるように、その吸い込まれそうな瞳で私を見る。
 相変わらず謝罪しているような態度には見えないが、昔からそうなので別段不快感があるものではなかった。

「いいんです……カタリベ様の立場は分かっているつもりですから。それにお父様自身が決めたことですし、その選択は間違っていなかったと私は思います。あとは……言わなくても分かりますよね?」

 全知のカタリベと呼ばれるほどのお方だ……皆まで言わなくても分かるだろうと思い、私は一礼をした後にその場を去ろうとする……が――

 ――残念ながらプレゼントは用意していないんだ。それはまた……いずれな――

 ――六年前の言葉を思い出し、直接伝えねばと振り返る。

「でもこれだけは言っておきます……誕生日プレゼント、ありがとうございます。大切な相棒を……いただきましたから」

 カタリベ様は笑みを浮かべつつ「何のことかな?」とだけ言い、私は再度一礼をするとその場を後にした。





 話を終えて戻る途中、ふと私はカタリベ様なら、旦那の過去を知っているんじゃないかと……そう思ってしまった。

 今からでも戻って聞くべきか……旦那の『氏名・使命』しめいの為に……

【いや、その必要はない】

 だが、旦那は知りたくない様子だった……他人の私が無理に過去を詮索するのは……違うだろう……

【そう……知る必要はない】

 なら私のやるべきことは一つしかない……

【まあ、私も偉そうなことは言えない。奴に関しては私も……】

 旦那をそばで支えること……今はそれだけで……


【……しか知らないからな】


 第一章 完
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