上 下
44 / 142
第一章

第44話 修羅の連撃

しおりを挟む
「という訳で掛かって来るのは一向に構わないが、死んでも文句は言うなよ? オレの手はもう真っ黒に汚れてる。下の連中は全員ブッ殺してきたし、何よりオレは昔っからこういう人間だった気がする……あんま覚えてねえけどな」
「フン! 何を訳の分からんことを……手の汚れっぷりなら貴様なぞ我らが精鋭部隊の足元にも及ばんわ! グリーズ様に楯突いたことを後悔させてやる!」
「あぁ……っていうか誰お前? テメエには話してねえぞおチビちゃん」
「貴様! グリーズ家専属秘書であるこの私を侮辱するのか!」

 ダンは呆れ顔でトランブレーを無視すると三歩ほど前に出て、精鋭部隊に見せびらかすように人差し指を立てる。

「オレが話してんのは精鋭部隊の諸君たちだ。いいか? よく聞けよ? 一瞬だ……一瞬で終わらせてやる。精鋭部隊だろうが何だろうが関係ねえ。もうシリアスパートもバトルパートも懲り懲りだ。だから全員で掛かって来い……まとめて相手してやるからよ」

 立ちはだかる精鋭部隊――およそ三十名が一斉に剣を抜くと、その刃には煌びやかな宝玉が散りばめられており、それらが怪光することによって科学宝具が埋め込まれてあるのだと、容易に想像すことができる。

「グリーズ様、精鋭部隊の戦闘準備が整いました。どうぞご命令を……!」

 トランブレーは冷静に振る舞いながらお辞儀をするが、その横顔は苦虫を嚙み潰したように怒りに満ちていた。

「うむ。さて……名も知らぬ侵入者よ。儂に戦いを挑んでくる奴は腐るほどいたが、貴様ほど生意気な奴は今まで居らんかったわ。その無知蒙昧むちもうまいな様を称え、我が力の象徴である精鋭部隊が相手をしてやろう……エミネンス・グリーズが命じるッ――‼」

 グリーズは右手を前方に構え――

「この愚か者が二度と減らず口が言えぬよう、その首を斬り落としてしまえッッ‼‼」

 ――高らかに号令をかけると、それに応じて精鋭部隊が一気にダンに押しかけていく。

 雄叫びもなく機械のような無機質さで眼前の敵に立ち向かうさまは、まさしくその名の通り精鋭部隊と言った印象で、鎧が軋む音と軍靴が床を叩き付ける音だけが広間に鳴り響く。
 グリーズとトランブレーはいつものように精鋭部隊が屠るであろう愚かな侵入者を、少しばかりの同情の気持ちと多大なる薄情な気持ちで事の成り行きを見守る。
 対するダンは立ちはだかる精鋭部隊に向かって力強くその一歩を踏み出す。

 これから壮絶な戦闘が繰り広げられるのであろうと誰もが想像していた……一人以外は。

 人を貶めることに一切の躊躇がない卑怯なこの男……ダン・カーディナレは踏み出した足を止めると稲妻を迸らせながら地面を変形させ、精鋭部隊の床をまるで落とし穴のように綺麗に真っ二つにした。

「「「――え?」」」

 グリーズやトランブレー……そして精鋭部隊までもが一斉に素っ頓狂な声を上げる。
 本来ならばこの落とし穴作戦、さして問題があるわけではない。ここから一階下の部屋に落とされるだけだからだ。

 だが実際は――

「「「「「うわああああぁぁぁッッ――‼‼‼」」」」

 ――吹き抜けになっていた。

 精鋭部隊は先程までの威厳の欠片もない程の叫び声をあげ、ゴミのようにボロボロと落ちて行く。

「おー上手い具合に嵌まったなー」

 下を覗きながらダンは再度稲妻を迸らせると、床を変形させて元の状態に戻した。
 
「なんなのだ……これは?」

 トランブレーは唖然とし……

「貴様……儂の城に何をしたッ⁈」

 グリーズも遂に余裕を無くし、怒りを露わにする。

「ただオレが遅れてきただけだと思ってたのか? そんなわけねえだろ! ここに来る途中で各部屋の床と天井を、変形させてブチ抜いておいたんだ……五十階分もな」
「そんな……馬鹿なっ……⁈」
「ハッ……お前ら指揮官には向かないなぁ。敵の挑発に乗って大事な部下台無しにしてちゃあ、精鋭部隊の奴らも浮かばれないぜ。ちなみにこの城のリフォーム代は、キッチリ請求させてもらうぜ……テメエが今まで掻き集めてきた財宝でな」

 尚もニヤケ面で挑発するダンの態度に耐えかねたグリーズは、歯を食いしばりながらトランブレーを睨みつける。

「グっ……グリーズ様……!」
「貴様の所為だッ、トランブレー‼ 貴様が易々と挑発に乗るから、こんなことになったんだぞッ‼」
「そんな⁈ 私はただ……」
「クソッ……そうだ! 確かを雇っていたはずだ! 奴はどこにいる⁉」
「いえ……今日は『外で人を斬ってくる』とか言って、勝手に休んでいまして……」
「何だとッ⁈ それでは用心棒の意味がないだろうがッ⁈」

 グリーズはそう言いながら、トランブレーの襟を掴んで前後に揺らす。

「――おいおい、仲間割れか? 芸がないね~……まあ、悪党にはお似合いの最後か」

 余裕の笑みで手摺に寄りかかっていたダンは、いつの間にか二階まで上がっており、それを見たグリーズとトランブレーは思わずたじろいでしまう。

「くっ……! トランブレー、貴様が行け!」

 グリーズはトランブレーの背中を押してダンの前に差し出す。

「なっ……何故私がっ……⁉」
「貴様はグリーズ家の秘書だろ! この儂を守るのが使命だろうが⁉」
「秘書は身の回りの世話をするのが使命であって守ることでは――ぐふぇッ⁉」

 グリーズとの会話を遮るようにダンの裏拳が炸裂し、トランブレーは扉があった方の壁まで吹き飛ばされていく。

「用があんのはお前だけだ……クソッたれグリーズ」
「クソッ……! 舐めるなよッ‼ このクズがッ‼」

 動揺するグリーズは科学宝具が埋め込まれてある指輪を振りかざすが、一瞬だけ光った後にその輝きはすぐに失われてしまった。

「なっ……何故だ⁈ 何故発動しない⁈」
「あらら……科学宝具にも見放されるとは可哀想な奴だな。まあ、気持ちは分かるよ。オレも自分の力を上手いこと、使いこなせてねえからな――」

 そう言いつつダンの背中からは轟音と共に稲妻が迸り、生成と変形を繰り返しながら、まるで千手観音の如く無数の腕が生えてくる。

「ヒィィッ⁉ つっ……使いこなしてるではないか⁈」

 戦意喪失によってグリーズは、狼狽えるながら尻もちをつく。

「今日は特別さ……」

 その言葉の後――突如ダンの髪が逆立つと、黒紫色のオーラが体を包み込む。

『この国に来てからオレぁ、ずーっとイラつきっぱなしだった。貧しい民衆を弄び……ゴミ共を従えてオレの相棒を悲しませた……クズ野郎のおかげでなッ‼』
「――ぐふぇぁッ⁉」
 
 重々しい声と共に変貌するダンは、グリーズの横顔に拳をめり込ませ、バルコニーまで殴り飛ばした。

(ぐっ……! 何者なんだ……コイツはっ……⁈) 

『お前を初めて見たのも確か、このバルコニーだったか……最後には相応しい場所だ』

 ダンはにじり寄りながら徐々に、グリーズとの距離を詰めていく。

『この腕はお前に虐げられた奴らの物だと思え……足りない分は一腕で複数回補うものとする』

 背中にある無数の腕が機械のように伸びていき、それらが標的を定めるかのようにグリーズの前方を覆いつくす。

(これじゃあ……まるで……)
 
 当のグリーズは殴られた衝撃でへたり込み、視界がぼやけた影響か目の前の男とあるの姿が――

「貴様は……一体……?」
『言っただろ? オレはただ……目の前の気に入らない奴を殴るだけダアァァァァァァッッ――‼‼‼』

 ――重なる。

(魔……帝――)

『ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッッッ――‼‼‼‼』

 ダンは雄たけびと共に無数の腕を弾丸のように射出し――

『ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッッッ――‼‼‼‼』

 凄まじい形相で放たれた連撃を続けざまにグリーズへ打ち込んでいくと――

『ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッッッ――‼‼‼‼』

 その拳を殴っては引いて――また殴っては引くを繰り返し――その肉を、骨を、血の一滴に至るまで――

『ダアァリィィヤァァッッッ――‼‼‼‼』

 忌々しいバルコニーごと吹き飛ばし――

「ぐぶぁあぁぁぁぁぁっっ――‼‼‼」


 あまたある拳によって、この国から『黒幕』エミネンス・グリーズを失墜させた。
しおりを挟む

処理中です...