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第一章

第33話 プロビデンスの目

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「久しぶりだな、ダーシーちゃんよぉ?」

 褐色の肌に妖艶なスタイルを兼ね備えたダーシーは、短めのポニーテールを靡かせながら悠然と部屋を闊歩する。

「おいおい、いいのか? 哀れなブンカ君が部屋のそこらかしこに猛毒仕込んでるとか言ってたけど……」

 ダーシーは眼前まで近づいてくると、テーブルの上に魅力的な腰を乗せ、オレを見下ろしながら語り始める。

「あら、アンタ知らないの? 科学宝具は所有者が再起不能になった場合、そのシステム権限が自動的に無力化するって」
「へぇー、そうなのか。じゃあ、もう猛毒の心配はいらないってことか?」
「そう。だから安心して歩けるってわけ」

 それを聞いたオレはすぐさま席を立ち、ニヤつきながらブンカ君の下へ歩いて行く。

「ブフッ……しっかしコイツ……ダサすぎんだろ⁉ 速攻でやられてやんの! ダハハハハッ‼」

 オレは笑った。あまりのダサさに高らかに笑った。というか笑ってやらないと逆に可哀想そうだと思い、腹を抱えて盛大に笑ってやった。

「いや、やったの私なんだけど……」
「いやいやいや! コイツなんか『自分出来るタイプですけど?』みたいなインテリ感出してきたくせに余裕でやられてんだぜ⁉ ダハハハハッ‼ しかもコイツの名前……逆から読んだら『カンブヤラレヤク』って……ブフッ……生まれながらにして負け組確定じゃねえか! ダハハハハッ‼」
「いや、アンタ性格悪いわね。いくら何でも笑い過ぎよ……」

 ダーシーは落胆を露にするような引きつった表情で此方を見る。

「――ハハハハッ……ハハッ……ハァ……フゥ……いやー笑った、笑った。さあてと……帰るか」
「いや、アンタ何しに来たのよッッ⁉」

 元来た扉を開けて帰ろうとするオレの頭に、ダーシーが強烈なツッコミチョップを入れてくる。

「おっと、そうだ! オレは相棒を迎えに行く途中だった! 危うく忘れる所だったぜ」
「アンタ本当に最低ね。それに忘れると言えばアンタ……私のこともちゃっかり忘れてたわよね?」

 ダーシーはその可愛い顔を近づけつつ、目元を吊り上げながらオレを睨み上げる。

「いやぁ、どうだったかな? 僕ちん記憶喪失だからなぁ……分かんないや!」
「アンタさっき久しぶりって言いながら私の名前言ってたわよね⁈ くだらない嘘ついてんじゃないわよ!」

 怒涛のツッコミと共にダーシーは手に雷を纏わせ、轟音を響かせながら又もやチョップを繰り出す。

「――危なッ⁉ ウソ、ウソッ! 冗談だって‼ この通り、謝るから許してくれッ! な?」

 オレは伝家の宝刀――DO・GE・ZA! を披露し、許しを請う。

「ハァ……アンタねぇ……大の男が簡単に頭下げんじゃないわよ。情けない……」
「フッ、オレはすぐに過ちを認めることができる……そんな男さ!」
「キリっとした顔で言うな! それにすぐ認められるなら最初っからやるんじゃないわよ⁉ この豚野郎がッ!」

 まるでSM嬢の如き足捌きで頭をお踏みになるダーシー様。傍から見たらそういうプレイをしてる絵面にしか見えないなぁ……と思う今日この頃。まあ、嫌いじゃねえけど。

「それで……先程の手に雷を纏わせた優美な一撃は、嬢王様が転生者した際に得た能力なのでしょうか?」

 下手に出るようなオレの問いかけに、ようやく落ち着きを取り戻すダーシー。オレは頃合いを見つつ踏まれた頭を摩りながら徐々に立ち上がる。

「違うわよ。これは腕輪に仕込んである『雷鳴』トゥオーノプロトコル……科学宝具の力よ」
「なんだ科学宝具か。何で自分の力使わねーんだ?」
「何でって……単純に私のは戦闘タイプの能力じゃなかったからよ」

 ダーシーは何処か悲しげな表情を見せる……あんまり気に入るような能力じゃなかったみたいだな。なるほどね……

「そういえばお前は何でこんなとこいるんだ? どうやって潜入した?」
「アンタらがいつまで経っても連絡寄こさないから一人で潜入したのよ。ある情報を手土産にね」
「ある情報?」
「レイの潜伏場所……それとアンタらがグリーズ家に潜入してくるっていう情報をね」

 そういえば、あのカルミネとかいうシーフズのボスが、ある情報筋とか何とか言ってたっけな……

「って……お前だったのか情報流したの」
「そうよ。そのおかげで私は潜入できたし、それ相応の報酬も貰えたというわけ。この科学宝具もついでにね」

 ダーシーは煌びやかな腕輪を、これ見よがしに見せびらかす。

「それって裏切り行為じゃね? 少なくともお前が情報渡さなきゃ、こんな展開にはならなかったと思うが?」
「私は自分が損をしないようにしただけ。それにそんなこと言ったらアンタの行動も十分裏切り行為よね? 自ら見つかるような真似してレイの潜入作戦台無しにしてるし」

 確かに……結果論とは言え、オレはレイの作戦を邪魔しちまった。ダーシーのことをとやかく言える筋合いはないな。

「ま、そんなことはどうでもいいわ。無駄話はこの辺にして、そろそろ仕事の話でもしましょう?」
「う~ん……そう言いたいところだが、その前に相棒を探さねえとな。レイが何処にいるか知らねえか?」
「教えてあげてもいいけど……七・三ね」
「七・三ってなんだよ?」
「取り分に決まってるでしょ? 私が七。アンタらが三よ」
「随分、吹っ掛けてくるなぁ。まあ、背に腹は代えられねえか」
「フフッ、素直なのは好きよ。じゃあ教えてあげる。お探しのお姫様はこの屋敷にはいない。捕らわれているのは西棟の方よ」
「西棟? そんなのあったか? でかい城が一本建ってるだけだったと思うが……」
「実は西棟は空中に建設されていて、それを『秘密』セグレートプロトコルで屋敷全体を不可視化させているのよ。だから傍から見ると何もないように見えてしまう。つまり何の情報も得ずにグリーズ家に潜入しても、東棟にいるのは科学宝具に身を包んだ精鋭部隊だけってわけ」
「なるほどねぇ。しかし、そんな情報よくこの短期間で集めたな」
「馬鹿ねぇ、予め集めてたに決まってるでしょ? グリーズ家にお宝が貯め込まれているのは周知の事実。私はずーっと目を付けてたんだから!」

 ふ~ん……ずっとねぇ……?

「今の話を聞くに、そのお宝ってのも西棟の方にあんのか?」
「そうなの! 西棟の最奥には巨大な金庫があってね。科学宝具による生体認証で閉ざされた扉の中に、私たちが求める麗しのお宝が眠ってるって訳なの!」

 キラキラと瞳を輝かせるダーシーは、ミュージカルの如き劇的な動きで、その高揚感を表現して見せた。

「ほう……生体認証ってことはグリーズ本人を連れてこなきゃいけねえってことか。結局、全員潰して回るしかねえじゃねえか」
「あら、随分余裕ね? このままだとアンタの可愛いレイちゃん、帝国の貴族に売られちゃうっていうのに」
「売られるだと……?」
「ええ……もしそうなった場合、見つけることはほぼ不可能。たとえ見つけられたとしてもアンタの知ってるあの子はもういないわ」

 それを聞いた途端――静かな闘志に想いが宿る。

「それに人質もいるのよ? アンタがこのまま暴れ続けると、そっちの方に危害が及ぶ。それはレイの望むことではないと思うけど?」
「人質って……もしかしてシーフズのボスが言ってた、レイの大事なモンってやつか?」
「ええ、レイの唯一の肉親である大好きなお婆様が捕らえられてるって話よ。っていうかアンタ……相棒とか言ってる割にレイのこと何にも知らないのね?」
「聞いてもはぐらかされるばかりでな。お恥ずかしいことに性別すらあやふやさ」

 ダーシーは鼻から少しばかり吐息を洩らしつつ――

「そう……なら聞く? レイの過去を……」

 ――何処か言葉に重みを含めながらその口を開き始める。
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