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第一章

第28話 二人だけの宣戦布告

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 マリオネッタ連邦――

 リベルタの国のように外壁で囲まれてはいるが、所々崩れ去っている場所が生い茂る自然と一体化しており、その様相はまるで長い間人の手が入っていない遺跡のような外観であった。
 
 だが、このように上手いこと潜入が出来たのはリベルタ側だからであり、西方の帝国側はこの比ではない程の厳重な警備が敷かれているらしい。まあ、こんな治安の悪そう所に来るようなおバカさんが、リベルタに居るはずもなかろう……ということなのだろうか。
 
 抜け穴を通った後、我々が今いる岩壁の上からは、街の状況がよく窺える。今が夜だからというのもあるだろうが、最初に目覚めた時と同様の陰鬱さが、この街を覆っているかのようだった。

「旦那……あれがこれから我々が盗みに行くグリーズ家の屋敷です」
「ああ……だろうな」

 レイの説明など最早不要だった。何故なら正面には一目瞭然な程の、ドデカく目立つ城が建っていたからだ。
 
 城下の周囲には五十メートル程の空間が確保されており、その周りを犇《ひし》めくように古めかしい家屋が建ち並んでいた。貴族と貧しい民という現状が一目で分かる城下には、こんな夜中にも拘らず人だかりができていた。

「なんか始まんのか……?」
「どうやら餌の時間みたいですね」

 餌……その表現を聞いただけで穏やかなものではないと胸がざわつく。すると、城の上層にあるバルコニーから煌びやかな装飾と、紫色のローブを身に纏った成金男が出てきた。

「奴がこの城を治める男……エミネンス・グリーズです」

 グリーズと呼ばれた男が天に手をかざすと、下にいる民衆が物欲しそうに手を差し出し始める。
 
 そしてグリーズの手が怪光すると天が轟き、呼応するかのような青白い光を発した瞬間――ドゴオオオオオオオンッッ‼‼‼ と雲の隙間から大地を割るような稲妻が、爆撃音と共に民衆がいる城下を跋扈する。

「「「「――うわああああああッッ⁈」」」」

 その落雷に悲鳴を上げながら逃げ惑う民衆……

「あの野郎ッ……!」

 それを見た瞬間――オレは今にも飛び出しそうなったが、瞬時にレイが肩を掴んで制止する。

「大丈夫です、旦那。彼らが死ぬようなことはありません」
「何でそんなことが言えるッ⁉」
「見てください。アレを……」

 逃げた民衆は震えながらも再び城下に集まりだすと、先程と同じように上を見上げながら手を差し出していた。すると今度は頑丈なコンテナのような物を三つほど、グリーズが宙に浮かしながら地上に落としていく。民衆は落とされたコンテナに我先にと群がり、そんな姿を見ながらグリーズは満足気に笑っている様子だった。

「なんだよ、あれ……」
「食料ですよ。グリーズはああやって貧しい民衆を弄ぶのが趣味のクズ野郎でしてね……だから自分の玩具を殺すような真似は絶対にしないんですよ」
「だから餌か……胸糞悪いな」
「先程の落雷は科学宝具の中でも上位に入る『落雷』フルミネプロトコル。旦那……ここから先は今までとはレベルが違います。民衆もそれが分かっているからこそ逆らうことが出来ない。一人がいくら頑張っても何も変わらない。奴を何とかしない限りは……」

 レイの口調は終盤に行くにつれて深刻なものへと変わっていき、それを聞いたオレは居ても立っても居られず岩壁を降り始める。

「旦那……分かってるとは思いますが、あっしらの目的はあくまで盗み。潜入が大前提だってことを忘れないでくださいよ」
「さあね……オレは無職だから時間有り余ってんだよ。だから……」

 立ち止まったオレは振り返りながら――

「ブッ潰しちまうかもしれねえな……‼」

 ――怒気を籠めてそう言い放ち、再び岩壁を降っていった。

「頼みますよ……旦那……」




 
 岩壁を降って城付近まで接近すると先程までの人だかりが嘘のように閑散としていて、周囲には二十メートル以上の大きな塀が侵入者を阻害するかのように立ち塞がっていた。

「で? こっからどうすんだ?」

 オレは正面の塀を見上げながらレイに尋ねる。

「取りあえず、この塀を越えないことには始まりません。その先はあっしに静かに付いて来てくれれば問題ないかと」

 レイはそう言いながらフードを被り、口元を布で覆って盗賊モードに切り替える。

「越えるって、どうやって?」
「あっしはワイヤーで登りますんで、旦那は自分で何とかしてください」
「扱い雑だなっ⁉ オレも一緒に連れてけよ!」
「嫌ですよ。絶対変なことするでしょ?」
「しねえよ、バカ! どんだけ自意識過剰なんだ! お前の体なんか興味ねえよ! そう、お前は顔だけ! 顔だけなんだ! それ以外には、なんの興味もない! だから大丈夫だ! な?」

 オレは身振り手振りでレイの魅力を語ったが――

「最低ッ……‼」

 ――出会った史上一番の軽蔑フェイスで返された……と言ってもほとんど見えないので、恐らくしているであろうという推測だ。そんなレイ君は一人でワイヤーアクションの如く、軽やかに飛んでいき塀の上に乗って見せた。

「さあ、最低クソ野郎も登ってください。時間ないんで」
「さらっと罵倒しないでくれる?」
「旦那は身体能力高いんですから、自力で越えられるでしょう? あっしは先に降りてますから早く来てくださいね」

 レイは周りを警戒しつつ、そのまま向こう側に降りて行った。

「ハァ……しょうがねぇ。いっちょやってみますか!」

 身を屈めながら気合を入れるオレは、息を吐きつつ跳躍する構えをとる。気分はどこぞの救世主。
 
 尻、股関節、太もも、ふくらはぎ、足首、足裏、あらゆる部位に力を伝達させ、それらが一気に集約した瞬間――全ての力を解き放ち、地面を強く蹴り上げる!

 そしてオレは跳んだ……いや、飛んだ……まるで優雅に大空を翔る鳥のように……まるで、この世の自由を己が手中に収めたかのように……そう……オレは今、大地から解き放たれた……心が軽い……なんていい気分なんだ……ただそんなご機嫌な中、一つ気付いたことがある……完璧なこの跳躍の中に、ただ一つ……ただ一つ、誤算があったとするならば……


 ――バゴオオオオオオオンッッッ‼‼‼


 ……飛ぶ方向を間違えたことである。

 本来なら垂直に飛ばなければならないところを、オレは何を思ったのか勢い良く斜めに飛んだ。力みすぎていたのか……もうビックリするくらい飛んでない。一メートルくらいしか飛んでない。
 
 結果……オレはジャンピング・ニー・アタックのような体勢のまま塀に激突した。それによって塀は瓦礫のように崩れ去り、盛大な破壊音が辺り一面に響き渡ったとさ。めでたしめでたし……

「なんだ今の音はあああッ⁈」
「おい、侵入者だッ‼ あそこに侵入者がいるぞッ‼」
「警報鳴らせえええッ‼ カチコミじゃああああッ‼」

 ――ジリリリリリリリリッッッ‼‼‼

 うん……まあ……アレかな……身体能力の高さという意味では……ご要望通りになったかな……うん。まあ……塀は越えたわけだし……ノルマ達成……だよね?

「何してんだアンタはああああっ⁉」

 頭を抱えながら膝から崩れ落ちるレイ……

「「「「とっ捕まえろおおおッ‼ 生きて返すなあああッ‼」」」」

 押し寄せてくる大群……

「…………………」

 引きつった顔で夜空を見上げるオレ……

「ああああああっ‼ あっしの計画がああああっ‼」

 泣きながら地面をバンバン叩くレイ……

「「「「ブチ殺せえええええッ‼」」」」

 殺意マシマシの大群……

「フッ、今日は星が良く見えらぁ……」

 現実逃避する……ボク……
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