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第一章

第27話 傀儡の国

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「お父様! お父様!」

「やあ、レイ。いい子にしてたかい?」

「うん! しっかりお父様の言いつけ守ってたよ! それよりお父様、今度はどれくらいお家にいれるの? 一緒に遊ぼ!」

「……ごめんな、レイ。これからまた直ぐに行かなきゃならないんだ」

「え、また……? じゃあ、次はいつ帰ってくるの?」

「…………………」

「お父様……?」

「すまないレイ。今度の帰りは……遅くなるかもしれないんだ……」

「え、どうして……?」

「大事な……大事な仕事があるんだ」

「…………嫌っ」

「レイ……?」

「また直ぐ何処かに行っちゃうなんて嫌っ!」

「…………………」

「お父様はいつも他の人ばかり! 私を見てくれない! こんなに寂しいのに……」

「泣かないでおくれ、レイ……代わりと言っては何だが、これを受け取ってほしい」

「これは……お父様の銃……?」

「ああ……私はお前のヒーローになれそうもない。だからこれをお前に託す……使い方は練習してあるから分かるね?」

「……うん」

「大丈夫……レイにはレイのヒーローが必ず現れる。お前を助け、そして並び立ってくれる存在が……カタリベ殿もそう仰っていた」

「本当……?」

「ああ! だから強くなるんだぞ……レイ」





 馬車に揺られること数日が経過した今日この頃。オレの体はいい加減カチコチ、尻は爆発しそうな勢いだった。旅に出る前はようやく始まる大仕事だからと多少は勇んでいたものの、今ではあまりの長さに意気消沈してしまっていた。
 
 そもそも何故こんなにも時間が掛かっているのかというと、これから盗みに行く標的グリーズ家は、隣国にあるマリオネッタに居を構えているらしく、当然国を跨ぐということはそれだけ時間が掛かるという訳で……そりゃあオレの体もロボットのようにガチンガチンになるってなものである。

 しかもそんな重要な仕事内容をまさかの旅の中間地点らへんでに聞かされたもんだから途中で引き返すなんてことも出来ず、今のオレはひたすらそれらの愚痴を頭の中で駆け巡らせる遊びをするしかないという意味不明の状態に陥っていて、もう頭がどうにかなってしまいそうだぁはぁ~ん……なんて精神がイカれそうなところで、やっとこさ馬車が止まったようだ。

「お客さん、着いたよ。ここまででいいんだよな?」
「ああ、そう……らしい……」

 そんな曖昧な表現をするのも仕方のないこと。オレは事の内容を知らない……というか教えてもらってない。知っていらっしゃるのは、横で可愛い寝息を立てている、こちらの眠り姫しかいないのである。

「レイ、起きろ。着いたみたいだぞ」
「にゃっ……ここは……どこ? わたしは……誰?」
「おいおい、記憶喪失キャラはオレ一人で十分だぞ? パーティーメンバー二人しかいないのに、キャラ被ってどうする……」

 寝起きが悪いのか何なのか……レイはこの旅で起きるとき、いつもこんな感じで大体ふにゃふにゃになっていた。

 オレはそんな虚ろな眠り姫を覚醒させるべく、最早この旅ではおなじみの光景……頬をつねったりビヨンビヨン伸ばしちゃうぞタイムを決行した。

「早く起きろや~」
「うにゃぁ~……」

 この旅で再確認したが、相変わらずコイツの肌は白い……そして柔肌……からの綺麗。とても男とは思えない程の、随分とお手入れされたお肌だ。
 
 やっぱりコイツは女じゃなかろうか? だとするとオレは今、女の子の頬っぺたをぷにぷにするという、徳の高い遊びをしていることになる……うん、そう考えるとなんだか楽しくなってきた。旅の疲れも癒えるってなもんだ。

「――何してるんですか旦那? 寝込みを襲うなんて……やっぱり変態という訳ですか?」

 急に戻ったレイの顔は相も変わらず分かり易いというかなんというか……まあ、いわゆる軽蔑的な表情であった。
 
 一瞬オレはブン殴ってやろうかと思ったが必死に堪える。何故ならパーティーメンバーが二人しかいないのに離脱イベントなんて起きようものなら、流石に笑えないどころか、いよいよもって何しにここまで来たのか分からなくなるからである。
 
「違えよ。おめえが起きんの遅えから、こうして起こしてやってんだろ? この寝坊助が……おら、着いたみたいだから、さっさと行くぞ」

 レイと共に馬車から降り立つと、見渡す限りの夜の荒野が広がっている。開けてる場所もあれば無数の岩が連なる場所もあり、まるで手入れが行き届いてないといった印象だ。

「で、これからどうすんじゃい?」
「ここからは歩きです。街へは門を通らずに、別ルートから潜入します」
「歩きか……」

 これ以上愚痴を言っても仕方ないので、溜息交じりに黙って移動を始める。辺りにはガラの悪そうな奴らが物見やぐらで警戒しているようだが、無数の岩が連なってるおかげで身を隠しながら移動できる為、潜入には持って来いといった地形であった。

 しかし、何故正面から行かないのか……それはリベルタの国とは違い、このまま街の門を通ろうものならば当然門番に止められ、身分の証明や身体検査は免れないとのこと。そうなればオレが転生者であることが速攻でバレて、下手するとエリザベートのところまで話が飛んでいき、又もや厄介ごとに巻き込まれかねない……まあ、レイの話を要約すると大体こんな感じである。

「しかしリベルタの国と違って、どうしてこの国はこうも陰気というか……治安が悪そうなんだ?」
「別にこの国だってずっと治安が悪かった訳ではないですよ。三十年ちょっと前までは『白銀の英雄』なんて奴が、前任の『女神』と一緒になって、この国を統一させるため尽力したとかなんとか……」
 
 また新しいワードが出てきたな……歴史のお勉強はもう懲り懲りだが、移動してるだけでも暇なので聞いてみよう。

「白銀の英雄ってなんだ? それに女神って……」
「白髪をなびかせ、銀の戦棍一本でこの国を制覇した、鬼のように強い伝説の男……故に白銀の英雄なんて異名がついてます。女神ってのは武器屋でも名前が挙がった、アリエル・ドレッドノートの娘や孫のことを指してましてね。この国の統括及び、科学宝具のシステム権限を所持している存在です」
「へ~、そのシステム権限ってのを持ってると何が出来んだ?」
「まあ、簡単に言うと女神の一言で、全科学宝具を無力化出来たりとか……そんな感じですかね」
「ふ~ん……そんな凄そうな奴らがいるのに、この国の状況は芳しくなさそうだが?」
「昔の話ですからね。今や白銀の英雄の姿はなく、前任の女神はなんていうか……優しすぎたんですかね。そんなんだから他の奴らに付け入る隙を与えてしまった。故にこの国の支配者はその都度代わり、貧しい民は踊らされるばかり……まるで傀儡のようにね。そんな状況を何とかする為に現女神がいるはずなんですが……どうも行方知れずという噂らしいです」
「また行方知れずか……この世界の有名人は行方不明になるのがトレンドなのか?」
「さあ? 有名人には有名人なりの悩みがあるんじゃないですか?」
「悩みねぇ……」

 一通り歴史の授業が終わった後は黙々とひたすら歩き、時には岩壁を登り続け、最終的には盗賊の抜け穴みたいなところを通り――って、もうこれワンダーフォーゲル部やないかい! などとくだらないツッコミを入れそうになったところでようやく……

「着きましたよ、旦那」
「ハァ……! ハァ……! やっとかい……」

 懐かしいなどと感傷に浸るつもりは毛頭ないが、一応戻ってきたってことになるのだろうか……

 オレがこの世界に転生し、最初に目覚めた場所……マリオネッタに。
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