上 下
15 / 142
第一章

第15話 遅すぎた男

しおりを挟む
「お店閉めて、お買い物しちゃって良かったのかな?」

「ん? なんでだい?」

「ママ……ちゃんと言ったでしょ! 知り合いに紹介されて新しい人が来るって」

「あぁ……だって全然来やしないじゃないかい。どうせその辺の噂でも聞いて怖気づいたんだろ」

「そうかな……ん?……ちょっとママ! 血だらけで誰か倒れてるよ⁈」

「⁈……コイツが……アンタの言ってた奴かい?」

「うん……そうだと思うけど。寝てるみたいだね」

「フン……随分遅かったじゃないかい……イニー、入れておやり」

「はーい」





 ……ん? ここは……どこだ?
 
 目覚めるとそこはベッドの上だった。朝日が窓から差し込む中、寝ぼけ眼で起き上がると、何度目かのこの状況に自嘲する。
 
 思えばオレ……何回このパターン繰り返してんだ? いい加減飽きてきたぞ……

 そんな誰に言うでもない愚痴をこぼしつつ、オレは辺りを見渡してみる。

 どこかの部屋……おそらく宿屋だよな? どうやら寝てたオレを拾ってくれたらしいな。

 オレはベッドから降りた後、自分の姿に視線が移る。

「寝間着だ……オレの服は何処だ……?」

 自分の服を捜そうとするが特にその必要もなく、すぐ横の小さなテーブルに綺麗に畳んであるのを見つける。いつの間にか綺麗になっていた服に着替えつつ部屋を出ると右通路は行き止まり、なのでオレは左通路を少し行ったところにあった階段を下っていく……すると徐々に話し声が聞こえてくる。

「リリーさん、そろそろ『首無し』について教えちゃもらえませんかね?」

 カウンター席に座っている渋い声のその持ち主は、ぼさぼさの黒髪に無精髭で青い軍服を着てはいるが、かなり着崩している……なんかゆるい感じのおっさんだった。

「何度来ても答えは同じさ。そんな変な名前の知り合いはいないって言ってるだろう? アンタもしつこいねえ……」

 そう語るのは奥のカウンターに立っているハスキーボイスのババア。グレーのアフロな髪形をヘアバンドで後ろにやっていて、花柄があしらわれた赤い七分丈なジャケットに、上下黒のブラウスとパンツを履いている、いかにも気が強そうなババアだ。

「変なとは失礼ですね。一応、俺が付けたんですよ? 何にもないと寂しいと思って。リリーさんにも『地母神』なんて大層な名前を付けてあげたんですから感謝してほしいですね」
「誰も付けてくれなんて頼んじゃいないよ」

 個性の強そうな奴らを前に立ち尽くしていると、上下水色の制服に白いエプロンとリボンのカチューシャを着用し、膝丈ほどのスカートを翻すウェイトレス風の美女が、「あ! 起きたんだね!」と笑顔で近づいてきた。

 青みがかった程よい長さの髪に目鼻立ち整った小さな顔。その笑顔に誰もが魅了されそうだが、どこかその目の奥に暗いものを感じて、近寄りやすそうで近寄りがたい……何を言ってるか分からねえと思うが、そんなミステリアスな魅力を持った女性だ。

「ごめんね~、お店閉めちゃってて。大丈夫だった?」

 その美女はスキンシップ多めに、身体をペタペタと触ってきた。フッ、落ちたな……オレが。ハイ、もう完全に意識しました。男って単純ね~。

「どうしたのかな? ボーっとしちゃって」
「結婚してください」
「えっ⁈ いきなりだね?」

 おっと、いかん……ついつい言葉が先に出ちまう。

「すいません、つい……」
「ふふっ……おもしろいね君! じゃあ、ちゃんと幸せにしてね!」
「えっ⁈ いいの⁈」

 今までなら激しいツッコミを受ける所だが、まさかOKしてもらえるとは……続けてるといいことってあるんだな。

「まあ、もう少し仲良くなってからだけどね!」
「はい! ちゃんといい夫になれるように頑張ります!」

 完! オレの異世界生活、完! いやー終わったね! キツイこといっぱいあったし、途中で死んだりもしたけど、最後はハッピーエンドでしっかり終わることができた! さようなら皆! オレの物語はここで終わりだ!

 オレの頭の中でエンドロールが流れている途中で、やっとこさ横からツッコミが入る。

「おい! 何そんなとこでイチャついてんだい! 挨拶もなしかい?」

 ツッコミを入れてきたのはザ・ババア。何をそんなに怒ってるんだか……まあ、拾ってもらったんだから挨拶ぐらいしとかないとな。 

「よ! 世話になってるぜ!」
「何様だ、テメエッ‼」

 ――そう言いながら持っていた空の酒瓶を投げてくる!

「危なっ! 何すんじゃババア! オレじゃなかったら避けきれなかったぞ!」
「チッ……まあ、そんなことはいい。で、アンタ……覚えてんのかい?」

 覚えてる? あぁ……どうやらオレの正体は割れてるらしい。

「バレてるならしょうがねえ! オレは転生者だ! ちなみに何も覚えてないぜ!」

 オレが自信満々にそう告げると、ババアは一瞬目を伏せつつため息をついた。

「そうかい……取りあえずこっちに来な。腹減ってるだろう? イニー、食事を用意してやりな」

 イニーと呼ばれたその子は「はーい」と言いながら食事の準備をしに、カウンター奥の部屋へと入って行った。

 どうやら、あの抜群に可愛いウェイトレスの子はイニーという名前らしい……いい名前だ。
 
 ニヤケ面で彼女の入って行った部屋の扉に視線を固定しつつ、オレは言われた通りにカウンター席に座る。

「リリーさん、この坊やは誰だい? 初めて見るけど」

 隣に座っている無精髭のおっさんが、こちらを見つつ正面のババアに聞く。
 
 このババアはリリーっていうのか……無駄に可愛い名前だな。

「あぁ、コイツは……昨日拾ったガキさ」
「へえ……拾ったねぇ……」
「奇遇だなおっさん、オレもアンタを見るのは初めてだ」
「ハハッ! そりゃあそうだろ。君は来たばっかなんだから……おもしろいね君」

 野郎におもしろがられても何も嬉しくない。

「じゃあ自己紹介でもしようか。俺の名前はオールド・ロー……帝国特殊調査隊の隊長さんだ!」

《帝国特殊調査隊 隊長 オールド・ロー》

「帝国っ⁈ アンタ、オレを捕まえに来たのか⁈」

 オレは慌てながら席を立ち、思わず距離をとってしまう。

「いやいや、俺はそういうの専門じゃないから安心してくれていいよ。他の奴に言ったりもしない……っていうか、そんなことできないんだよ。君はもう……リリーさんのみたいだからね」
「は?……管理下?」

 その意味深な言い方の詳細を聞こうとした瞬間――バタンッ! と大きな音を立てて宿屋の扉が開く。

「おらぁぁあ‼ リリー・カーディナレは何処だぁっあ‼」

 裏返った声を発しながら登場したのは、白髪交じりの短髪で眼鏡を掛けた、いかにも弱そうなおじさん……なのだが……その手には禍々しい大剣が握られていて、もはや強いのか弱いのか判別がつかなかった。

「えぇ……誰、このおじさん……? っていうか、何この状況……」
「ハァ……また賞金稼ぎかい」

 リリーは物憂げそうに呟く。

「賞金稼ぎ……?」

 あまりの展開に状況が飲み込めずにいると、それを察してかオールド・ローが説明を始める。

「そのまんまの意味だよ。彼女……リリー・カーディナレは賞金首なのさ。だから賞金稼ぎが来るのも当然の話ということさ」
「賞金首? このババアが? なんで?」
「今から四十年前……この国で『解放戦争』が起きた時、帝国に歯向かった者が二人いた。そのうちの一人が彼女なのさ」

 オレがリリーの方を向くと「昔の話さ」と、こちらを見つめる。

「気が強そうだとは思ったが、まさか腕っぷしまで強いとはな……」
「おいぃ! 無視すんなぁ! おっ、大人しく首を差し出せぇ!」

 相変わらず目の前のこのおじさんは、この手のことが慣れてないんだろうなぁ……というのが見て取れるほどにオドオドしていた。

「うるさいねぇ、言われなくたって相手するさ……このガキがね」

 リリーは気だるげにオレの方を指差した。

「は? ちょい待てや! なんでオレが代わりにやらなきゃいけないんじゃい!」
「ちょっとした試験さ。こいつを追っ払ったら、ここに住まわせてやるよ。それが嫌だって言うなら……出てってもらっても構わないがねぇ?」

 リリーは賞金稼ぎには目もくれず、食器を拭きながら提案してくる。

「ぐぬぬ……! 足元見やがって……」

 だが此処で断ろうものなら、また路頭に迷うこと請け合いだ……となると――

「で? どうするんだい? アタシはどっちでもいいがねぇ」
「チッ……こっちが断れないってわかってんだろ? ったく嫌味なババアだぜ……やればいいんだろ、やれば!」

 オレはため息をつきながら、先程から待っている謎のおじさんの方へと視線を向ける。

「待たせたな、謎のおじさん。聞いてたと思うがオレが相手になる! ケガしたくなきゃ、さっさと帰りな!」
「そっ、それはこっちのセリフだぁ! 今更もう引き返せないんだぁ!」

 そんな訳でオレは何処の誰とも知らない、謎のおじさんとバトルことになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ソロキャンパー俺、今日もS級ダンジョンでのんびり配信。〜地上がパニックになってることを、俺だけが知らない〜

相上和音
ファンタジー
ダンジョン。 そこは常に死と隣り合わせの過酷な世界。 強力な魔物が跋扈し、地形、植物、環境、その全てが侵入者を排除しようと襲いかかってくる。 ひとたび足を踏み入れたなら、命の保証はどこにもない。 肉体より先に精神が壊れ、仮に命が無事でも五体満足でいられる者は、ほんのごく少数だ。 ーーそのはずなのだが。 「今日も一日、元気にソロキャンプしていきたいと思いま〜す」 前人未到のS級ダンジョン深部で、のんびりソロキャンプ配信をする男がいる。 男の名はジロー。 「え、待って。S級ダンジョンで四十階層突破したの、世界初じゃない?」 「学会発表クラスの情報がサラッと出てきやがった。これだからこの人の配信はやめられない」 「なんでこの人、いつも一方的に配信するだけでコメント見ないの!?」 「え? 三ツ首を狩ったってこと? ソロで? A級パーティでも、出くわしたら即撤退のバケモンなのに……」 「なんなんこの人」 ジローが配信をするたびに、世界中が大慌て。 なのになぜか本人にはその自覚がないようで……。 彼は一体何者なのか? 世界中の有力ギルドが、彼を仲間に引き入れようと躍起になっているが、その争奪戦の行方は……。

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

全部未遂に終わって、王太子殿下がけちょんけちょんに叱られていますわ。

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に仕立て上げられそうだった女性が、目の前でけちょんけちょんに叱られる婚約者を見つめているだけのお話です。 国王陛下は主人公の婚約者である実の息子をけちょんけちょんに叱ります。主人公の婚約者は相応の対応をされます。 小説家になろう様でも投稿しています。

(完)妹の子供を養女にしたら・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はダーシー・オークリー女伯爵。愛する夫との間に子供はいない。なんとかできるように努力はしてきたがどうやら私の身体に原因があるようだった。 「養女を迎えようと思うわ・・・・・・」 私の言葉に夫は私の妹のアイリスのお腹の子どもがいいと言う。私達はその産まれてきた子供を養女に迎えたが・・・・・・ 異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定。ざまぁ。魔獣がいる世界。

【完結】国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く

gari
キャラ文芸
☆たくさんの応援、ありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。  ※ 一話の文字数を1,000~2,000文字程度で区切っているため、話数は多くなっています。    一部、話の繋がりの関係で3,000文字前後の物もあります。

スキル【海】ってなんですか?

陰陽@2作品コミカライズと書籍化準備中
ファンタジー
スキル【海】ってなんですか?〜使えないユニークスキルを貰った筈が、海どころか他人のアイテムボックスにまでつながってたので、商人として成り上がるつもりが、勇者と聖女の鍵を握るスキルとして追われています〜 ※書籍化準備中。 ※情報の海が解禁してからがある意味本番です。  我が家は代々優秀な魔法使いを排出していた侯爵家。僕はそこの長男で、期待されて挑んだ鑑定。  だけど僕が貰ったスキルは、謎のユニークスキル──〈海〉だった。  期待ハズレとして、婚約も破棄され、弟が家を継ぐことになった。  家を継げる子ども以外は平民として放逐という、貴族の取り決めにより、僕は父さまの弟である、元冒険者の叔父さんの家で、平民として暮らすことになった。  ……まあ、そもそも貴族なんて向いてないと思っていたし、僕が好きだったのは、幼なじみで我が家のメイドの娘のミーニャだったから、むしろ有り難いかも。  それに〈海〉があれば、食べるのには困らないよね!僕のところは近くに海がない国だから、魚を売って暮らすのもいいな。  スキルで手に入れたものは、ちゃんと説明もしてくれるから、なんの魚だとか毒があるとか、そういうことも分かるしね!  だけどこのスキル、単純に海につながってたわけじゃなかった。  生命の海は思った通りの効果だったけど。  ──時空の海、って、なんだろう?  階段を降りると、光る扉と灰色の扉。  灰色の扉を開いたら、そこは最近亡くなったばかりの、僕のお祖父さまのアイテムボックスの中だった。  アイテムボックスは持ち主が死ぬと、中に入れたものが取り出せなくなると聞いていたけれど……。ここにつながってたなんて!?  灰色の扉はすべて死んだ人のアイテムボックスにつながっている。階段を降りれば降りるほど、大昔に死んだ人のアイテムボックスにつながる扉に通じる。  そうだ!この力を使って、僕は古物商を始めよう!だけど、えっと……、伝説の武器だとか、ドラゴンの素材って……。  おまけに精霊の宿るアイテムって……。  なんでこんなものまで入ってるの!?  失われし伝説の武器を手にした者が次世代の勇者って……。ムリムリムリ!  そっとしておこう……。  仲間と協力しながら、商人として成り上がってみせる!  そう思っていたんだけど……。  どうやら僕のスキルが、勇者と聖女が現れる鍵を握っているらしくて?  そんな時、スキルが新たに進化する。  ──情報の海って、なんなの!?  元婚約者も追いかけてきて、いったい僕、どうなっちゃうの?

人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖
ファンタジー
アーリア戦記から抜粋。 帝国歴515年。サナリア歴3年。 新国家サナリア王国は、超大国ガルナズン帝国の使者からの宣告により、国家存亡の危機に陥る。 アーリア大陸を二分している超大国との戦いは、全滅覚悟の死の戦争である。 だからこそ、サナリア王アハトは、帝国に従属することを決めるのだが。 当然それだけで交渉が終わるわけがなく、従属した証を示せとの命令が下された。 命令の中身。 それは、二人の王子の内のどちらかを選べとの事だった。 出来たばかりの国を守るために、サナリア王が判断した人物。 それが第一王子である【フュン・メイダルフィア】だった。 フュンは弟に比べて能力が低く、武芸や勉学が出来ない。 彼の良さをあげるとしたら、ただ人に優しいだけ。 そんな人物では、国を背負うことが出来ないだろうと、彼は帝国の人質となってしまったのだ。 しかし、この人質がきっかけとなり、長らく続いているアーリア大陸の戦乱の歴史が変わっていく。 西のイーナミア王国。東のガルナズン帝国。 アーリア大陸の歴史を支える二つの巨大国家を揺るがす英雄が誕生することになるのだ。 偉大なる人質。フュンの物語が今始まる。 他サイトにも書いています。 こちらでは、出来るだけシンプルにしていますので、章分けも簡易にして、解説をしているあとがきもありません。 小説だけを読める形にしています。

処理中です...