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第三章 初夏の候

第128話 限界知らずのバカ

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 二年B組――

 蛭田に啖呵を切ってから一転、ワシは雄々しく兄弟の下へ赴くと……

「どないしよぉ、兄弟っ⁉ ワシ、退学になってまうぅ!」

 速攻で泣きついた。ダラダラと垂れる鼻水も添えて。

「「「「「………………」」」」」

 だが、兄弟どころか教室さえもしんと静まり返っている。
 一体これは何事かと室内を見回していると……

「あの~、伍堂くん。今、HR中なんだけど……。早く自分の教室に戻ってくれないかな?」

 滝ちゃんが呆れた面持ちで出席簿を広げていた。

 どうやら今はHR中らしい。だからといって戻るわけにはいかない。情けないことこの上ないが、80点以上なんて天地が三回ひっくり返っても取れるわけがないので、背に腹は代えられないのだ。

「そない殺生なこと言わんといてくれや~! ワシ、退学してしまうんやで⁉ 退学ぅ‼ 滝ちゃん、先生なんやったら何とかしてくれやぁ~?」

 そう言いながらワシは、滝ちゃんの下へ遠慮なくズカズカ。

「いや……私まだ三年目のペーペーだからそんな力ないし……。っていうか、なんで退学?」
「それがかくかくしかじかで――」

 と、ワシがこれまでの経緯を掻い摘んで説明すると……

「ふ~ん、蛭田先生がねぇ……。でも、蛭田先生にそんな権限あるかしら?」

 滝ちゃんから予想外の意見が飛び出る。

「へ……? そりゃどういうこっちゃ⁉」
「いや、だから……退学させるかどうかの権限なんて校長先生にしかないわけだし、そもそも烏間校長がそんなことするとも思えない。ちゃんと確認した?」

 まるで雷にでも打たれたかのような衝撃ッ……! せや! よくよく考えたら退学なんぞほざいてるのは、あのクソッたれ蛭田だけやないか! まんまとしてやられたでぇ、こりゃあ……!

 ワシはすぐさま「お、おおきに! 滝ちゃん!」と教室を飛び出すと、「廊下は走らないーっ!」という滝ちゃんの声援を背に受けながら、校長室へとその足を走らせた。



 一分後――

「えー、テストまでもう二週間を切りました。さっきの伍堂くんみたいにギリギリで焦ることのないように――」
「ダメやったぁぁ~、滝ちゃぁぁん!」

 ワシは教室に戻ってくるなり、速攻で滝ちゃんへと泣きつく。当然、鼻水も忘れずに添えて。

「戻ってくるの早っ⁉ っていうか、あなたの戻る先はGクラスでしょぉ……?」

 その所為か滝ちゃんの面持ちは完全に引き攣っていた。

「あぁぁ……もうお終いやぁぁ……。ワシは退学になるんやぁぁ……! 修学旅行に行けないんやぁはぁぁぁ……!」

 しかし、ワシの悲しみは留まることを知らず、その場に大の字になっては玩具をねだる子供の如くジタバタ。

「問題そこ……? というか、ジタバタしないで。埃立つから」

 滝ちゃんのツッコミどころもなんか違う気がするが、周りからの視線も流石に痛くなってきたため、ワシは涙を拭いながら渋々起き上がる。

「実は校長に確かめたら、退学の話を持ち掛けたみたいなことになっててのう……」
「聞いてもいないのに話し始めないでくれる?」
「校長も『そういうことなら』って、ワシの意見を尊重する言うてもうてるし……。もうワシ、どないしたらええや?」

 滝ちゃんはそれはそれは盛大な溜息をつくと、やっとこさ話を聞く態勢に。

「ちゃんと『蛭田先生に言われました』って言ったの?」
「当然、言うたわ。せやけど校長は『君は承諾したって聞いたけど?』って言うてて……」
「え? 承諾したの?」
「おう。した」

 ワシの返答に滝ちゃんどころか、教室内もまーた沈黙してしまう。全員、頭抱えてどうしたんだか……

「えっとぉ……承諾したんだよね? だったらもうやるしかないんじゃ……」
「せやから80点以上なんて、取れん言うとるやないか⁉ 自慢やないがワシぁ、一度だって勉強したことないんやでぇ⁉」
「ほんと自慢になってないし……。そこまで言い切るなら、もう撤回してもらえば? 頭下げてさぁ?」
「できん! そない逃げるような真似したら漢が廃るッッ‼」
「じゃあ、もう最初っから決まってるじゃないッ‼ 何なの⁉ この無駄なやり取り⁉」

 いかん。話しが一方通行だ。このままでは他の奴らに漫才だと思われてしまう。滝ちゃんも何かプルプルしてるし、話を戻さねば……

「まあ、そういうことやから何かいい方法ないかのう? このままだとワシ、退学になってまうし」
「ハァ……じゃあ、私が勉強を頑張れるおまじないをしてあげる。ちちんぷいぷい、いい感じで勉強が捗る感じにな~れ」
「いや、雑すぎやろ⁉ もっとこう……テストでいい点取ったら、おっぱい見せてくれるとかないんか?」
「ある訳ないでしょ、そんな漫画みたいな展開……。おっぱいじゃなく、現実を見なさい。現実を……」

 滝ちゃんはがくんと肩を落とすと、呆れた面持ちで窓際後方へ指を差す。
 視線を移すと、そこには穏やかな表情で頷く兄弟の姿が……!

「兄弟……!」

 そうだ! ワシには兄弟がいるじゃないか! どんな逆境でも跳ね除け、一緒に乗り越えてきた、あの頼りになる『口撃のヤマト』が――

「ま、頑張れよ?」
「いや、助けてくれへんのかぁぁぁあああぁあいッッ⁉」

 こうして見事なノリツッコミと共にワシは、普通に兄弟に見捨てられるのであった。
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