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第三章 初夏の候

第126話 乙女な女教師

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 異能力開発学園、職員室――

 事情聴取も終わり、学園に帰ってきたのは六時限目の中頃。
 先生方にも当然話は伝わっている為、少々帰るのに気後れしていたが、職員室の扉を開けた瞬間、その心配は杞憂に終わる。

「おっ帰り~! 滝ちゃん!」

 何故なら、いの一番に鈴木先生が抱きついて来てくれたから。
 彼女のお陰で周りの先生方も暗い雰囲気にならず、和やかなムードで迎え入れてくれた。

「大丈夫だった~、滝ちゃん? 変な事されてない? 怪我とかしてない? お尻は無事?」

 鈴木先生は私の体をキョロキョロ見遣るなり、そのままスルスルと手をお尻の方へ……

「ちょっ――手つきが不埒ですっ! だ、大丈夫ですから……」

 私が一歩後退ると鈴木先生は、「いつもの滝ちゃんだぁ……」と、嬉しげに顔をポワポワさせていた。

「今回は災難でしたね、滝先生」

 次いで声を掛けに来てくださったのはなんと――

「……校長先生! この度はご心配をおかけして……!」

 あの烏間校長だった。

 この方とは正直、あまり話をしたことが無い。
 近づくのすら恐れ多いというか何というか……その絶対的なオーラを前に、私は恐縮に恐縮を重ね、頭を下げた。

 すると、烏間校長も私に合わせ、頭を下げてくる。

「いえいえ……私たちの方こそ気付けず、申し訳ありません。お詫びと言っては何ですが、今日のところはもうご帰宅いただいて結構です。いや……ここはもう今週ごとお休みにしちゃいましょう。は私の方でしておきますから。ね?」
「えぇっ⁉ 今週ごと⁉ い、いえ! そういうわけには――」
「残念ながらこれは校長命令ですので。しっかり身体を休めて、また生徒の為に尽力してください。では、また来週……」

 そう言って烏間校長は有無を言わさず、穏やかな笑みと共に頭を下げると、颯爽と校長室へ戻っていった。

 なんて優しい人なんだろう……。皆、あの人に憧れてこの学園を志望すると聞くが、なんとなくその理由が分かってきた気がする。あの背中は遠く、思った以上に大きい……

「けっ!」

 ただ、鈴木先生は何処か気に食わないといった様子。何故かは知らないけど……

 こうして今週いっぱい休みの権利を得た私は、不謹慎にもルンルン気分で職員室を後に。

 ちなみに後で聞いた話なのだが、捕まった久我不動産の連中は全員、。理由は結局判明せず、『飛び降り事件』の再来だと一時期話題になるが、その噂も程なくして消え去っていった。



 HR終了後――

 朝の重苦しい空気が嘘のように、私は軽い足取りで廊下を歩く。
 向かう先は二年B組。もう帰っていいと言われたが、その前にどうしても、話をしておきたい子が一人いた。

 廊下で待っていると、教室から出てきた生徒と軽めに談笑。
 もちろん生徒たちは、私が事件に巻き込まれていたことなど知らない。一応、体調が悪いということになっているので、みんなそれで心配して声を掛けてきてくれたようだ。

 そんな子たちとも別れを済ませ、しばし待っていると、ようやく彼が……大和くんが教室から出てくる。

「あ、大和くん……ちょ、ちょっといいかな?」

 あれ? なんで緊張してるんだろう、私……? いつも通り喋れない……

「ちょっと慧~? アンタ、またなんかやったの?」

 するとその後方から、藤宮さんが勢いよく登場。腰に巻いているカーディガンが、ふわりと上がる。

「もしかして……二時限目の授業をサボったことでは?」

 さらに牧瀬さんも続くように大和くんの隣へ。オーソドックスな夏服スタイルが、まさに優等生たらしめている。

「サボった……? あぁ、そうそう! そのことで話があるの! だから、ちょっとだけ大和くんのこと借りてもいい? すぐ終わるからさ!」

 取りあえずそれらしい理由を見つけた私は難なく二人の説得に成功。
 牧瀬さんは部活に。藤宮さんはバイトに行くと早々にこの場を後にした。

「また指導室行きですか?」

 と、去っていった彼女たちの方向を淡々と見ている大和くん。

「え? あぁ、いや……すぐ終わるから教室で……」

 対して私は教師だというのに相変わらずぎこちない……
 苦笑しながら誰も居なくなった教室を指を差し、先導していく。

「………………」
「………………」

 沈黙……気まずい空気が流れている……。いや、多分そう思っているのは私だけだろう。彼がその程度で心を乱すとは思えないし……

 そんなこんなで私が攻めあぐねていると――

「話しならお早めに」

 大和くんの冷めた声が耳に届く。

 その大人びた対応が功を奏したのか、私の気もやっとこさ引き締まる。
 まったくもって情けない話だが、この子の前ではどうも年下気分になってしまうよう。

「じゃあ、言わせてもらいます……。今回の件、さぁ……私を助けてくれたのって、そのぅ……大和くん……だよね?」

 意を決し、振り向き様にそう問うてみるも、彼は「何のことですか?」と眉一つ動かさない。予想通りの反応だ。

「今回、江崎さんって警察の人に助けられたんだけど、あの人……『暴露』する時にを持ってた。それを見た時、思ったの……。この人は自分の言葉じゃなく、誰かから聞いたことをそのまま伝えてるんじゃないかって」
「ほう……それで?」
「あと江崎さんは『暴露』した後、『助けただけ』とも言っていた。大和くんも井幡さんの時に言ってたよね? 『助けた』って。だから君が裏で色々と……」

 自信がないのか、後半に行くにつれ口籠ってしまう私。
 大和くんはそんな私を見て、フッと口元を緩める。

「それだけじゃあ、オレは落とせませんよ。では、これで……」

 そして大和くんは礼と共に踵を返す。
 でも私にはまだ言えてないことが一つある。だから――

「わかってるの! これは私が勝手にそう思いたいだけだって……。でも、これだけは言わせて? ……ありがとう」

 歩を止めた彼の背に、私はできうる限りの謝辞と頭を下げた。

「君のお陰でこれからは片意地張らずにできそうだから……多分」

 更にそう加えつつ、かぁっと熱くなる顔を上げ、視線をそらす私。
 すると彼は振り向くことなく、

「ま、それが分かっただけでも上々でしょう。って、オレも偉そうなことは言えませんがね。最近、頼るってことを知ったので……。何かあれば異能探求部に。それじゃ……」

 きっとまた誰かを助ける為に部室へと向かった。
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