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第三章 初夏の候

第124話 『口撃』と女教師

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「くッ……!」

 久我の命により、私につけられた『首輪』がまた絞まりだす。
 次いで意思とは無関係に足が動くと、敢え無く手を差し伸べる久我の下へ……

「見ての通り、滝先生はもうこちら側だ。俺の命令一つでどうとでもできる。意味、わかるよな?」

 私の腰を抱き寄せた久我の横顔は、もう後がないのか若干引き攣っており、瞳孔も開いていた。

「……人質、というわけですか」

 しかし、江崎さんは眉一つ動かさず、ただ溜息をつくのみ。

「ああ、そうだ。しかも奴隷は彼女だけじゃない。他にも幾らだっている。理解したんなら、さっさとこいつら退かせろ。もう俺らに――」
「実は私もを持ってましてね」
「……は?」
「だから私が……

 と、江崎さんが意味深に腕を水平に薙ぎ払うや否や――

「「「「「――ッ⁉」」」」」

 久我不動産の連中がつけていた『ネクタイ』が突として絞まりだす。まるで私が付けられた、この『首輪』のように……

 絞殺するほどの勢いで食い込んでいくネクタイに、堪らず膝をつき始める久我不動産。
 耳に届くは酸素を奪われて発する呻き声と、締め続けられる布の不快な音だけだった。

「これでもう命令はできないはず。大人しく署までご同行願えますか?」
「はっ……ゔっ……あぅ……!」
「返事がないようですので、次の段階へと移らさせていただきます。私はあまり喋るのが得意ではないんですけどね……」

 見下ろす視線はあまりに冷たく、失礼ながら本当に警察なのかと疑ってしまうほど。
 そんな異様な雰囲気を醸し出す江崎さんは、懐からメモを取り出すと、コホンと咳払いしたのちにまさかの行動へ。

「久我さん。あなたの能力は――【隷属の首輪】ですね?」
「――ッ⁉」

 久我と同時に思わず息を呑んでしまう私。
 だってこの初動はもう意外あり得なかったからだ。最近やたらと私の心を乱す、大和くんの十八番――

「能力の条件は『媒体』を渡した相手の『言質を取る』ことでしょう。一度言うことを聞かせられれば、それがトリガーとなり、発動判定に入るという仕組みです。違いますか?」

 江崎さんは一瞥するも、今の久我に答える権利などない。
 涎や涙を垂れ流すだけの敗者を前に、江崎さんは淡々と『口撃』を続ける。

「次に『媒体』ですが、これは恐らく『名刺』だと思われます。わざわざ自分の正体を明かしてまで渡すのは、どう考えてもリスクが高すぎる。無理やり渡しているところから見ても、まず間違いないでしょう。こちらはどうですか?」

 この人、わざと時間をかけてる……。死を目の前にぶら下げ、焦らせて、逆らえないように服従させる。この男がやって来たことを、今まさに返しているのだ。完全に煽っている……

 結果、久我は早急な解放をと、ただ首を縦に振り続けるしかなかった。

「当たっているようですね。では、最後の『代償』ですが……皮肉にも能力発動後は『自分が命令を聞いてしまう』ようですね。同僚の方々が一様に己が願いを口にしていましたし、あなたも『俺が断れないことを知ってて』と認めるような供述をしています。何か反論は?」

 今度は一心不乱に首を横に振る憐れな久我。ある訳がない。そもそもできないのだから……

「ないようなので今一度、名指しさせていただきます。あなたの能力は――【隷属の首輪】です」

 江崎さんの『暴露』に、久我の身体からは光の粒子が溢れていく。
 不覚にも私は、その輝きを美しいと思ってしまった。生命の神秘とやらに近い感覚な気がする。あれだけ苦しめられたはずなのに……

 こうして異能はあっさりと決別を迎え、私の首に巻き付いていた『首輪』も、気付いた頃には消え去っていた。
 同時に久我たちの首を絞めていたネクタイも緩められ、連中は安堵と共にブラックアウト。事件はあっという間に終息へ。

「恨まないでくださいよ? 私はだけなんですから……」

 ――ええ。でも、あれは助けるためにやったんです――

 その江崎さんの言葉を聞いた時、頭の引き出しにしまってあった、ある言葉が呼び起こされる。

 あれ……? 今の『助ける』って台詞、確か大和くんも言ってたような……?

「連れてけ」

 そうこうしている内に江崎さんは部下へと指示を出し、久我不動産の連中は一人残らず連行。

「あの……!」

 私は早々に撤収する江崎さんの背に声を掛けるも、女性の警察官に「もう大丈夫ですよ。お怪我はありませんか?」と肩を抱かれた為、結局、真意を確かめることは叶わなかった。



 廃倉庫を後にし、自車へ戻らんと壁沿いに歩く江崎。すると――

「ご苦労だったな、江崎」

 影に覆われた路地から、ある男の声が耳に届く。

「来ていらっしゃったんですか……

 江崎の視線の先、腕を組み、壁に寄りかかっていたのは、本来なら昼休みを謳歌しているであろう滝の教え子――大和であった。

「別に。たまたま通りかかっただけだ」
「ここ学園の外なんですが……。というか来るんでしたら、ご自分でやったらよろしかったのに……」
「彼女は教師としてここに来たんだ。生徒のオレが手を出しては面目が立たんだろ」
「またそうやってカッコつけて……」

 先程まで無表情だった江崎も今は何処か嬉しげ。変わらぬその生き様に安堵しているようだ。

「褒美は何がいい?」

 だからこそ、付いていく。

「要りませんよ。私はが取れれば、それで……」
「フッ、鈴木にお前の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよ」

 その大きな背に……
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