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第三章 初夏の候
第122話 一生徒と女教師
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階段の踊り場を折り返すなり、突として現れた大和くん。
こちらを見ず、手摺に寄りかかりながらハンカチを差し出している。
ここは一階の中でも人気の少ない場所だ。
にもかかわらず、彼はそこに居た。まるで待ち構えていたかのように……
「どうして……ここに?」
私は申し訳ないと思いつつも、差し出されたハンカチを受け取る。
「随分と物騒な会話してましたね。何かあったんですか?」
彼は私の質問には答えず、ただ真っ直ぐに本題へ。
『口撃のヤマト』……裏切りの烙印である『暴露』行為を何度となく行う子。その異名は教師である我々の耳にも届いており、あの四十九院財閥の一人娘、四十九院星花さんですら例外なく『暴露』したとか。もしここで『助けて』と言ったら、彼は私を……
でも、私は言えなかった。決して『首輪』のせいとかではなく、ただ教師として……かっこ悪い姿を見せられなかったから。
「別に……なんでもないから心配しないで……」
結局、私は意地を張ってしまい、無理くり笑顔を作っては彼の前を素通りする。が――
「先生、前に言ってませんでしたっけ? 『もし何かあったのなら、まずは相談してほしい』って。あれはその場だけの言葉だったんでしょうか?」
数段上がったところで私の歩は止まってしまった。覚えてたんだ……私の言ったこと……
「あれは担任の先生だから相談してって意味で、君は生徒――」
「教師が生徒に悩み相談をしてはいけないという決まりはない。片意地張りすぎでは?」
私は驚きのあまり、彼へと振り返ってしまった。
何故なら彼は、私が能力下にあって言えないのではなく、意地を張ってるから言えないのだと見破っていたからだ。
これが偶然なのか狙ってなのかは正直わからない。ただ、見事に読まれていたことだけは確かだ。私の本心を……
「大和くん……君は……」
「あぁ、勘違いしないでくださいよ。オレは異能探求部の部員。部長の牧瀬に営業かけろって言われて来ただけなんで。……何かご依頼あれば聞きますが?」
見上げる彼に私の目には涙が込み上げてくる。
だが、『首輪』の能力で流すことさえ許されない。他者の前ではもう……泣くこともできないようだ。
「ほんとに大丈夫だから……。ハンカチ、ありがとね……」
と、ぎこちない笑みを浮かべ、再び階段を上がらんと歩を動かす私。
対する大和くんは鈴木先生と同様、それ以上、引き止めるようなことはしなかった。
◆
三時限後――
私は自分が受け持つクラスの隣、二年A組の授業を終えると、重い足取りで廊下を歩く。
熱い日差しに思わず足を止め、ふと外を見ると……窓に映る自分の顔が視界に入る。
酷い顔……これは大和くんにも疑われちゃうわけだ。
そんな彼とのやり取りを思い返しつつ、頬を撫でていると――
「あ、滝ちゃんだ! おっはよ~」
B組の教室から出てきた藤宮さんが、手を振って話しかけに来てくれた。
彼女の隣にはあの異能探求部の部長、牧瀬さんもおり、続けて「おはようございます」と丁寧にお辞儀してくる。
「藤宮さん、牧瀬さん……おはよう」
今できうる精一杯の笑みで返す私に、藤宮さんは「滝ちゃん、寝坊でしょ~?」とニヤニヤ。
「え? あっはは……そうなのよ~……。昨日、携帯の充電し忘れちゃって……」
「わかるわ~! アタシも夜遅くまで携帯いじくってて、そのまま寝落ちってパターンよくあるし!」
すると牧瀬さんがすかさず、
「藤宮さんの仰ってる理由とは多分違うと思いますが……」
あははと、呆れ交じりにツッコむ。
「そう? でも滝ちゃん、寝坊したからってメイクを疎かにしちゃダメよ? メイクは女の戦闘服なんだから!」
「あぁ……ごめんなさい。時間なくって……」
藤宮さんの御尤もな指摘にも、私は苦笑いすることしかできない。
こう見ると本当に彼女は明るくなったなぁと今更ながらに思う。この笑顔を取り戻したのも、あの大和くんのお陰……
「ですが滝先生って、ナチュラルメイクでも可愛らしいですよね。正直、羨ましい……」
と、こんな不完全な私を、牧瀬さんはキラキラした目で覗き込んでくれている。
この子は一年の時から純粋で、いつも誰かの為と方々を走り回ってたっけ。大和くんが来てからは特に生き生きとしている。
「あ、アタシもそれ思ったわ! 滝ちゃんってマジ美人だよね。同年代にいたら敵わなかっただったろうなぁ~」
腕を組み、うんうん頷く藤宮さん。
顔が熱くなるのを感じた私は、手を小刻みに振っては否定の構えに。
「いやいや、私なんか全然……。藤宮さんの方がもっとずっと可愛いわよ。メイクだって上手だし、スタイルだっていい。牧瀬さんもお淑やかで女性らしいし、顔だって小っちゃくて……」
決して社交辞令ではなく、本気でそう伝えると……
「えぇ~? そうかなぁ~?」
「わわわ、私なんてそんな大したものじゃ……えへへ」
藤宮さんも牧瀬さんも、トロトロと顔が蕩けていく。本当に可愛い子たち……
「ねえ、二人とも? どちらか一人でいいから、昼休み私と――」
そこで私は己が愚行に気付き、即座に口を塞いだ。私は今、何を……
「ん? 滝ちゃん、なんか言った?」
藤宮さんからの問いに、私の首は否応なく絞められていく。まるで『命令を遂行しろ』と囁かれてるみたいにッ……!
ダメっ……! この子たちを巻き込んじゃいけない! 私は教師なんだ……みんなを……この笑顔を守らなきゃ……!
「んーん……な、なんでもない……。じゃあ、私もう行くから……! ありがとね……」
私は無理やり会話を切り上げると、小首を傾げる彼女たちの下から、逃げるように立ち去って行った。
こちらを見ず、手摺に寄りかかりながらハンカチを差し出している。
ここは一階の中でも人気の少ない場所だ。
にもかかわらず、彼はそこに居た。まるで待ち構えていたかのように……
「どうして……ここに?」
私は申し訳ないと思いつつも、差し出されたハンカチを受け取る。
「随分と物騒な会話してましたね。何かあったんですか?」
彼は私の質問には答えず、ただ真っ直ぐに本題へ。
『口撃のヤマト』……裏切りの烙印である『暴露』行為を何度となく行う子。その異名は教師である我々の耳にも届いており、あの四十九院財閥の一人娘、四十九院星花さんですら例外なく『暴露』したとか。もしここで『助けて』と言ったら、彼は私を……
でも、私は言えなかった。決して『首輪』のせいとかではなく、ただ教師として……かっこ悪い姿を見せられなかったから。
「別に……なんでもないから心配しないで……」
結局、私は意地を張ってしまい、無理くり笑顔を作っては彼の前を素通りする。が――
「先生、前に言ってませんでしたっけ? 『もし何かあったのなら、まずは相談してほしい』って。あれはその場だけの言葉だったんでしょうか?」
数段上がったところで私の歩は止まってしまった。覚えてたんだ……私の言ったこと……
「あれは担任の先生だから相談してって意味で、君は生徒――」
「教師が生徒に悩み相談をしてはいけないという決まりはない。片意地張りすぎでは?」
私は驚きのあまり、彼へと振り返ってしまった。
何故なら彼は、私が能力下にあって言えないのではなく、意地を張ってるから言えないのだと見破っていたからだ。
これが偶然なのか狙ってなのかは正直わからない。ただ、見事に読まれていたことだけは確かだ。私の本心を……
「大和くん……君は……」
「あぁ、勘違いしないでくださいよ。オレは異能探求部の部員。部長の牧瀬に営業かけろって言われて来ただけなんで。……何かご依頼あれば聞きますが?」
見上げる彼に私の目には涙が込み上げてくる。
だが、『首輪』の能力で流すことさえ許されない。他者の前ではもう……泣くこともできないようだ。
「ほんとに大丈夫だから……。ハンカチ、ありがとね……」
と、ぎこちない笑みを浮かべ、再び階段を上がらんと歩を動かす私。
対する大和くんは鈴木先生と同様、それ以上、引き止めるようなことはしなかった。
◆
三時限後――
私は自分が受け持つクラスの隣、二年A組の授業を終えると、重い足取りで廊下を歩く。
熱い日差しに思わず足を止め、ふと外を見ると……窓に映る自分の顔が視界に入る。
酷い顔……これは大和くんにも疑われちゃうわけだ。
そんな彼とのやり取りを思い返しつつ、頬を撫でていると――
「あ、滝ちゃんだ! おっはよ~」
B組の教室から出てきた藤宮さんが、手を振って話しかけに来てくれた。
彼女の隣にはあの異能探求部の部長、牧瀬さんもおり、続けて「おはようございます」と丁寧にお辞儀してくる。
「藤宮さん、牧瀬さん……おはよう」
今できうる精一杯の笑みで返す私に、藤宮さんは「滝ちゃん、寝坊でしょ~?」とニヤニヤ。
「え? あっはは……そうなのよ~……。昨日、携帯の充電し忘れちゃって……」
「わかるわ~! アタシも夜遅くまで携帯いじくってて、そのまま寝落ちってパターンよくあるし!」
すると牧瀬さんがすかさず、
「藤宮さんの仰ってる理由とは多分違うと思いますが……」
あははと、呆れ交じりにツッコむ。
「そう? でも滝ちゃん、寝坊したからってメイクを疎かにしちゃダメよ? メイクは女の戦闘服なんだから!」
「あぁ……ごめんなさい。時間なくって……」
藤宮さんの御尤もな指摘にも、私は苦笑いすることしかできない。
こう見ると本当に彼女は明るくなったなぁと今更ながらに思う。この笑顔を取り戻したのも、あの大和くんのお陰……
「ですが滝先生って、ナチュラルメイクでも可愛らしいですよね。正直、羨ましい……」
と、こんな不完全な私を、牧瀬さんはキラキラした目で覗き込んでくれている。
この子は一年の時から純粋で、いつも誰かの為と方々を走り回ってたっけ。大和くんが来てからは特に生き生きとしている。
「あ、アタシもそれ思ったわ! 滝ちゃんってマジ美人だよね。同年代にいたら敵わなかっただったろうなぁ~」
腕を組み、うんうん頷く藤宮さん。
顔が熱くなるのを感じた私は、手を小刻みに振っては否定の構えに。
「いやいや、私なんか全然……。藤宮さんの方がもっとずっと可愛いわよ。メイクだって上手だし、スタイルだっていい。牧瀬さんもお淑やかで女性らしいし、顔だって小っちゃくて……」
決して社交辞令ではなく、本気でそう伝えると……
「えぇ~? そうかなぁ~?」
「わわわ、私なんてそんな大したものじゃ……えへへ」
藤宮さんも牧瀬さんも、トロトロと顔が蕩けていく。本当に可愛い子たち……
「ねえ、二人とも? どちらか一人でいいから、昼休み私と――」
そこで私は己が愚行に気付き、即座に口を塞いだ。私は今、何を……
「ん? 滝ちゃん、なんか言った?」
藤宮さんからの問いに、私の首は否応なく絞められていく。まるで『命令を遂行しろ』と囁かれてるみたいにッ……!
ダメっ……! この子たちを巻き込んじゃいけない! 私は教師なんだ……みんなを……この笑顔を守らなきゃ……!
「んーん……な、なんでもない……。じゃあ、私もう行くから……! ありがとね……」
私は無理やり会話を切り上げると、小首を傾げる彼女たちの下から、逃げるように立ち去って行った。
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