上 下
126 / 132
第三章 初夏の候

第122話 一生徒と女教師

しおりを挟む
 階段の踊り場を折り返すなり、突として現れた大和くん。
 こちらを見ず、手摺に寄りかかりながらハンカチを差し出している。

 ここは一階の中でも人気の少ない場所だ。
 にもかかわらず、彼はそこに居た。まるで待ち構えていたかのように……

「どうして……ここに?」

 私は申し訳ないと思いつつも、差し出されたハンカチを受け取る。

「随分と物騒な会話してましたね。何かあったんですか?」

 彼は私の質問には答えず、ただ真っ直ぐに本題へ。

 『口撃のヤマト』……裏切りの烙印である『暴露』行為を何度となく行う子。その異名は教師である我々の耳にも届いており、あの四十九院財閥の一人娘、四十九院星花つるしいんしょうかさんですら例外なく『暴露』したとか。もしここで『助けて』と言ったら、彼は私を……

 でも、私は言えなかった。決して『首輪』のせいとかではなく、ただ教師として……かっこ悪い姿を見せられなかったから。

「別に……なんでもないから心配しないで……」

 結局、私は意地を張ってしまい、無理くり笑顔を作っては彼の前を素通りする。が――

「先生、前に言ってませんでしたっけ? 『もし何かあったのなら、まずは相談してほしい』って。あれはその場だけの言葉だったんでしょうか?」

 数段上がったところで私の歩は止まってしまった。覚えてたんだ……私の言ったこと……

「あれは担任の先生だから相談してって意味で、君は生徒――」
「教師が生徒に悩み相談をしてはいけないという決まりはない。片意地張りすぎでは?」

 私は驚きのあまり、彼へと振り返ってしまった。
 何故なら彼は、私がのではなく、のだと見破っていたからだ。

 これが偶然なのか狙ってなのかは正直わからない。ただ、見事に読まれていたことだけは確かだ。私の本心を……

「大和くん……君は……」
「あぁ、勘違いしないでくださいよ。オレは異能探求部の部員。部長の牧瀬に営業かけろって言われて来ただけなんで。……何かご依頼あれば聞きますが?」

 見上げる彼に私の目には涙が込み上げてくる。
 だが、『首輪』の能力で流すことさえ許されない。他者の前ではもう……泣くこともできないようだ。

「ほんとに大丈夫だから……。ハンカチ、ありがとね……」

 と、ぎこちない笑みを浮かべ、再び階段を上がらんと歩を動かす私。
 対する大和くんは鈴木先生と同様、それ以上、引き止めるようなことはしなかった。



 三時限後――

 私は自分が受け持つクラスの隣、二年A組の授業を終えると、重い足取りで廊下を歩く。
 熱い日差しに思わず足を止め、ふと外を見ると……窓に映る自分の顔が視界に入る。

 酷い顔……これは大和くんにも疑われちゃうわけだ。

 そんな彼とのやり取りを思い返しつつ、頬を撫でていると――

「あ、滝ちゃんだ! おっはよ~」

 B組の教室から出てきた藤宮さんが、手を振って話しかけに来てくれた。

 彼女の隣にはあの異能探求部の部長、牧瀬さんもおり、続けて「おはようございます」と丁寧にお辞儀してくる。

「藤宮さん、牧瀬さん……おはよう」

 今できうる精一杯の笑みで返す私に、藤宮さんは「滝ちゃん、寝坊でしょ~?」とニヤニヤ。

「え? あっはは……そうなのよ~……。昨日、携帯の充電し忘れちゃって……」
「わかるわ~! アタシも夜遅くまで携帯いじくってて、そのまま寝落ちってパターンよくあるし!」

 すると牧瀬さんがすかさず、

「藤宮さんの仰ってる理由とは多分違うと思いますが……」

 あははと、呆れ交じりにツッコむ。

「そう? でも滝ちゃん、寝坊したからってメイクを疎かにしちゃダメよ? メイクは女の戦闘服なんだから!」
「あぁ……ごめんなさい。時間なくって……」

 藤宮さんの御尤もな指摘にも、私は苦笑いすることしかできない。
 こう見ると本当に彼女は明るくなったなぁと今更ながらに思う。この笑顔を取り戻したのも、あの大和くんのお陰……

「ですが滝先生って、ナチュラルメイクでも可愛らしいですよね。正直、羨ましい……」

 と、こんな不完全な私を、牧瀬さんはキラキラした目で覗き込んでくれている。
 この子は一年の時から純粋で、いつも誰かの為と方々を走り回ってたっけ。大和くんが来てからは特に生き生きとしている。

「あ、アタシもそれ思ったわ! 滝ちゃんってマジ美人だよね。同年代にいたら敵わなかっただったろうなぁ~」

 腕を組み、うんうん頷く藤宮さん。
 顔が熱くなるのを感じた私は、手を小刻みに振っては否定の構えに。

「いやいや、私なんか全然……。藤宮さんの方がもっとずっと可愛いわよ。メイクだって上手だし、スタイルだっていい。牧瀬さんもお淑やかで女性らしいし、顔だって小っちゃくて……」

 決して社交辞令ではなく、本気でそう伝えると……

「えぇ~? そうかなぁ~?」
「わわわ、私なんてそんな大したものじゃ……えへへ」

 藤宮さんも牧瀬さんも、トロトロと顔が蕩けていく。本当に可愛い子たち……

「ねえ、二人とも? どちらか一人でいいから、昼休み私と――」

 そこで私は己が愚行に気付き、即座に口を塞いだ。私は今、何を……

「ん? 滝ちゃん、なんか言った?」

 藤宮さんからの問いに、私の首は否応なく絞められていく。まるで『命令を遂行しろ』と囁かれてるみたいにッ……!

 ダメっ……! この子たちを巻き込んじゃいけない! 私は教師なんだ……みんなを……この笑顔を守らなきゃ……!

「んーん……な、なんでもない……。じゃあ、私もう行くから……! ありがとね……」

 私は無理やり会話を切り上げると、小首を傾げる彼女たちの下から、逃げるように立ち去って行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...