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第三章 初夏の候
第119話 隷属の女教師
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気付いた時にはもう遅かった。
視界の端に突如、痩せ衰えた男性が映る。
咄嗟にブレーキを踏んだが、それこそサッカーボールを追いかける子供のように飛び出してきて……間に合わなかった。
「あの……!」
私が『大丈夫ですか?』と駆け寄ろうとしたその時――
「あらら~、やっちゃったねぇ……お姉さん?」
横道からライトグレーのスーツを身に纏う、見た目二十代ほどの男が姿を現した。
その男はいかにもビジネスマンといった風貌で、センターパートの黒髪をかき上げつつ、これまたスーツを着たガタイのいい男を、四人ほど引き連れていた。
「あの……あなた達は……?」
「俺たち? いやいや……まず、お姉さんの方でしょ? 何? 今からお仕事?」
男は目の前で事故が起こったにもかかわらず、驚くほど冷静だった。
だがそれは、あくまでも思い返してみればという意味。この時の私は酷く動転していて、残念ながら真面な思考をしていなかったのだ。
「私は……今から学園に……」
だから思わず喋ってしまった。この一言が発端になるとも知らずに……
「学園? この辺りで学園っつったら、異能力開発学園だよね? お姉さん、ひょっとして先生かなんか?」
「ええ、まあ……」
「へえ~、そうなんだ。そりゃあいい……」
聞くや否や、男は満足げに頷いてみせる。
かと思えば、周りの男たちも皆一様に……
私はそんな彼らに違和感を覚え始めるが、倒れていた男性から呻き声が上がり、すぐに現実へと引き戻されてしまう。
「そっ、そんなことよりも早く救急車を……!」
私はほぼ充電のない携帯を取り出し、すぐさま通報せんと119番を押す。が――
「あぁ、大丈夫大丈夫。どうせこいつは俺の許可なしに死ねないからさ」
男は何やらボソボソと喋りつつ、今なお苦しむ男性を見下ろしている。
そんな彼に「え……?」と聞き返していた私の指は、9を押す手前で止まってしまっていた。
「それよりもお姉さん、お名前は?」
「名前? 滝、ですが……」
「ふ~ん、滝先生か……。野暮なこと聞くけど滝先生、能力者だよね?」
「そうですけど……。さっきから何なんですか? あなた達は一体……」
男は私の反応を見るなりニヤリと笑い、満を持してそのドス黒い顔を表に出す。
「滝先生さぁ。能力者が『犯罪』侵したら……色々とマズいよね?」
その台詞を聞いた瞬間、私の思考は漸く正常に回り始める。
「あなた達、まさか……!」
だが、時すでに遅し。
見回すと残りの四人が私を包囲しており、逃げること叶わぬといった状況。
力を使うにしても私の能力は攻撃タイプではない。
できることと言えば、クスクス笑うリーダー格へ、眉を吊り上げることだけだった。
「そう睨まないでよ。こっちは黙っといてあげるつもりなんだから。ま、もちろん払うもん払ってくれたらの話だけどね?」
「最初っからそのつもりで……! ってことは、その男もグル⁉」
私が倒れていた男へ視線を移すと、その肩が小刻みに揺れ始める。笑ってる……この男ッ……!
「ハッ……仮にそうだったとしても証明する手立てある?」
「証明? どうせアンタたち、質の悪い当たり屋かなんかでしょ⁉ そんなものすぐに警察へ――」
「ところがどっこい。俺ら表の人間なんだわ。今日はお仕事で来ただけ。ほら、ここら辺って寂れてるでしょ? 再開発計画の話が持ち上がっててさ。だから叩いても埃なんて出ない。居て当然なの」
そこで男から無理やり名刺を手渡される。『久我不動産社長、久我周防』。
携帯で調べると本当にある会社だった。小さいけど実績もある。身なりもいい。でも、それだけじゃ……
「別に今から取って食おうとか言ってるわけじゃない。この時間にこの道を通るってことは、十中八九、遅刻でしょ? 連絡ももうしてるだろうし、これ以上遅れると怪しまれる。取りあえずは電話番号と免許証の確保。あとは……約束だけしてもらおうかな?」
「約束……?」
「うん。払うもの払うって」
「それって……お金? それとも……」
私は伏し目がちに己が身体を抱きしめた。
こういう男たちが望むものなど、たかが知れていたから。
「俺が欲しいのは『誠意』だ。それ以上でもそれ以下でもない」
濁された答えに私の口はどうしても重くなってしまう。
そんな私に対し、久我は軽やかな口調で続けた。
「お姉さんは先生だよね? しかも異能力開発学園って言ったら名門中の名門だ。そんなとこの先生が人をはねたとなったら……生徒さんたちはどう思うかなぁ?」
「そ、それは……!」
それは……嫌……! 私は彼らの先生なんだ! 常に前を歩き、導いていかなければいけない存在……。もしこんなことがバレたら絶対失望されちゃう……。私の居場所が……存在意義が……!
「ま、すぐには決められないだろうし、詳しい話はまた後ほどってことで。別に払うもん払うっつっても、先生に興味ある訳じゃないからさ。……構わないよね?」
ただ幸い久我も学園に怪しまれるのを恐れている。取りあえずここは一旦、体勢を立て直して、その間に対策を考えるしかない。だから今だけ……今だけは……
「わかり……ました……」
そう自分に言い聞かせつつ、私は受け入れた。受け入れてしまった。見たくない現実を先送りにする為に……
「……お前ら、今聞いたよな?」
その結果、久我のニヤケ面は更なるで邪悪さを帯びることになる。
視線を送られた部下たちもまた、下卑た表情で私を嘲笑っていた。
「はい、言質取った~!」
そして久我の確信は形を成し、私の首に黒い『何か』を巻き付かせる。
傍から見ればなんてことないチョーカーだ。
しかし付けられた本人には、その重さが嫌というほど伝わってくる。これはお前を『隷属させる為の首輪』なのだと。
この時点でもう察した……
私が如何に愚かで、浅はかだったのかを……
視界の端に突如、痩せ衰えた男性が映る。
咄嗟にブレーキを踏んだが、それこそサッカーボールを追いかける子供のように飛び出してきて……間に合わなかった。
「あの……!」
私が『大丈夫ですか?』と駆け寄ろうとしたその時――
「あらら~、やっちゃったねぇ……お姉さん?」
横道からライトグレーのスーツを身に纏う、見た目二十代ほどの男が姿を現した。
その男はいかにもビジネスマンといった風貌で、センターパートの黒髪をかき上げつつ、これまたスーツを着たガタイのいい男を、四人ほど引き連れていた。
「あの……あなた達は……?」
「俺たち? いやいや……まず、お姉さんの方でしょ? 何? 今からお仕事?」
男は目の前で事故が起こったにもかかわらず、驚くほど冷静だった。
だがそれは、あくまでも思い返してみればという意味。この時の私は酷く動転していて、残念ながら真面な思考をしていなかったのだ。
「私は……今から学園に……」
だから思わず喋ってしまった。この一言が発端になるとも知らずに……
「学園? この辺りで学園っつったら、異能力開発学園だよね? お姉さん、ひょっとして先生かなんか?」
「ええ、まあ……」
「へえ~、そうなんだ。そりゃあいい……」
聞くや否や、男は満足げに頷いてみせる。
かと思えば、周りの男たちも皆一様に……
私はそんな彼らに違和感を覚え始めるが、倒れていた男性から呻き声が上がり、すぐに現実へと引き戻されてしまう。
「そっ、そんなことよりも早く救急車を……!」
私はほぼ充電のない携帯を取り出し、すぐさま通報せんと119番を押す。が――
「あぁ、大丈夫大丈夫。どうせこいつは俺の許可なしに死ねないからさ」
男は何やらボソボソと喋りつつ、今なお苦しむ男性を見下ろしている。
そんな彼に「え……?」と聞き返していた私の指は、9を押す手前で止まってしまっていた。
「それよりもお姉さん、お名前は?」
「名前? 滝、ですが……」
「ふ~ん、滝先生か……。野暮なこと聞くけど滝先生、能力者だよね?」
「そうですけど……。さっきから何なんですか? あなた達は一体……」
男は私の反応を見るなりニヤリと笑い、満を持してそのドス黒い顔を表に出す。
「滝先生さぁ。能力者が『犯罪』侵したら……色々とマズいよね?」
その台詞を聞いた瞬間、私の思考は漸く正常に回り始める。
「あなた達、まさか……!」
だが、時すでに遅し。
見回すと残りの四人が私を包囲しており、逃げること叶わぬといった状況。
力を使うにしても私の能力は攻撃タイプではない。
できることと言えば、クスクス笑うリーダー格へ、眉を吊り上げることだけだった。
「そう睨まないでよ。こっちは黙っといてあげるつもりなんだから。ま、もちろん払うもん払ってくれたらの話だけどね?」
「最初っからそのつもりで……! ってことは、その男もグル⁉」
私が倒れていた男へ視線を移すと、その肩が小刻みに揺れ始める。笑ってる……この男ッ……!
「ハッ……仮にそうだったとしても証明する手立てある?」
「証明? どうせアンタたち、質の悪い当たり屋かなんかでしょ⁉ そんなものすぐに警察へ――」
「ところがどっこい。俺ら表の人間なんだわ。今日はお仕事で来ただけ。ほら、ここら辺って寂れてるでしょ? 再開発計画の話が持ち上がっててさ。だから叩いても埃なんて出ない。居て当然なの」
そこで男から無理やり名刺を手渡される。『久我不動産社長、久我周防』。
携帯で調べると本当にある会社だった。小さいけど実績もある。身なりもいい。でも、それだけじゃ……
「別に今から取って食おうとか言ってるわけじゃない。この時間にこの道を通るってことは、十中八九、遅刻でしょ? 連絡ももうしてるだろうし、これ以上遅れると怪しまれる。取りあえずは電話番号と免許証の確保。あとは……約束だけしてもらおうかな?」
「約束……?」
「うん。払うもの払うって」
「それって……お金? それとも……」
私は伏し目がちに己が身体を抱きしめた。
こういう男たちが望むものなど、たかが知れていたから。
「俺が欲しいのは『誠意』だ。それ以上でもそれ以下でもない」
濁された答えに私の口はどうしても重くなってしまう。
そんな私に対し、久我は軽やかな口調で続けた。
「お姉さんは先生だよね? しかも異能力開発学園って言ったら名門中の名門だ。そんなとこの先生が人をはねたとなったら……生徒さんたちはどう思うかなぁ?」
「そ、それは……!」
それは……嫌……! 私は彼らの先生なんだ! 常に前を歩き、導いていかなければいけない存在……。もしこんなことがバレたら絶対失望されちゃう……。私の居場所が……存在意義が……!
「ま、すぐには決められないだろうし、詳しい話はまた後ほどってことで。別に払うもん払うっつっても、先生に興味ある訳じゃないからさ。……構わないよね?」
ただ幸い久我も学園に怪しまれるのを恐れている。取りあえずここは一旦、体勢を立て直して、その間に対策を考えるしかない。だから今だけ……今だけは……
「わかり……ました……」
そう自分に言い聞かせつつ、私は受け入れた。受け入れてしまった。見たくない現実を先送りにする為に……
「……お前ら、今聞いたよな?」
その結果、久我のニヤケ面は更なるで邪悪さを帯びることになる。
視線を送られた部下たちもまた、下卑た表情で私を嘲笑っていた。
「はい、言質取った~!」
そして久我の確信は形を成し、私の首に黒い『何か』を巻き付かせる。
傍から見ればなんてことないチョーカーだ。
しかし付けられた本人には、その重さが嫌というほど伝わってくる。これはお前を『隷属させる為の首輪』なのだと。
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