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第一章 支配者
第58話 でも、本当は行くの、ちょっと面倒くさい
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どこか挑発的な渡くんの物言いに、いの一番に反応したのは伍堂くんだった。
「上等や! ここまで来て帰るなんざ男が廃る……。やったるわ!」
「おい、伍堂……!」
大和くんの制止を振り切り、屋台へと勇み行く伍堂くん。
不気味な屋台の暖簾を「たのもー!」潜る彼に、我々も仕方なしに続く。すると……
「あ? 誰だ、お前ら?」
そこには割烹着を着た筋骨隆々の……店主? が新聞を広げて座っていた。
あまりのミスマッチな姿に固まる一同。しかし、理由はそれだけではない。
まず気になったのは、その対応。仮にもお客様である私たちに、していい発言じゃない。そして、王者が如き尊大な態度も目につく。完全に私たちを……いや、人間そのものを見下しているように感じた。
にもかかわらず、三角巾はつけているという、よく分からない拘り。
だが、うねる金髪がそこらかしこから飛び出ていて、ほぼつけている意味はなかった。
極めつけは顔に刻まれた紅色の隈取り。
それは他者を屈服させるかの如き鬼の形相を演出しており、矮小な存在である我々を意とも容易く凍りつかせた。
「兄貴。お客さんに対して、その言い方は宜しくないかと?」
暖簾を潜った渡くんへ、皆の視線が移動。
「おう。帰ったのか……サブ」
からの店主の和らいだ対応に、我々の視線が右往左往。
兄貴と呼ばれた店主は新聞を投げ捨てると、続けて「こいつらなんだ?」と顎で私たちを指す。
「クラスメイトです。打ち上げに誘ってもらったんですが、行く場所が決まらないとのことで、ここにお連れしました」
「打ち上げ? お前が? ……ダッハッハッハッハ‼」
何がそんなに面白いのか……。反り返った店主は、今にも椅子から転げ落ちそう。
「そんなに笑わなくてもいいでしょ……」
「くっふっふっふ……いやぁ、悪い悪い。あまりにも珍しかったもんでついな? おら? お前らも突っ立ってないでさっさと座れよ」
店主に促され……というか命令され、我々は左から渡くん、伍堂くん、藤宮さん、大和くん、私、叶和ちゃんの順で席に着く。
「で? 何が食いたい?」
店主は腰を上げるなり、我々へとそう問いかける。
『『『『『いや、たこ焼きしかないだろ⁉』』』』』
と、みんな思わずツッコミそうになったが、とてもそんなこと言えるような相手ではなさそうなので、直前で何とか飲み込む。
「いや、たこ焼きしかないでしょ?」
が、渡くんは我々の気も知らずに突き進んでいく。
五人の顔は一斉に左向け左し、緊張の糸がピンと張りつめる。
「たこ焼き屋がたこ焼き以外、出しちゃいけない決まりなんてあるのか?」
「僕はまず、たこ焼きを出しましょうよと言ってるんです。何が食いたいかは、その後に聞くべきでは?」
その言い方だと出そうと思えば出せると言っている風に聞こえるのだが……
店主は一瞬ピタリと止まるも鼻をフンと鳴らし、屋台の下から「ほらよ」と、ほかほかのたこ焼きを取り出してみせた。
目の前にあるたこ焼き機は一体何のためにあるのか……。しかし、この甘美な香りの前では、そんな問題は些細なことであった。
ソース、マヨネーズ、鰹節、そして、たこ焼き自体の香ばしい香りが鼻腔を擽り、我々の食欲を否応なく刺激していく。
だが、それ自体は普通の感想。普通の感覚、なのだが……何故か魅入られてしまう。これはもしや……!
しかし、気付いた時には、もう時すでに遅かった。
我々の手はいつの間にか添えられていた爪楊枝へと伸びており、その美しい球体へと入場を果たすと、自ら欲するように一口で迎い入れていたのだ。
はふっ……はふっ……! 熱い……! 熱い……けど……! ――美味しいッ……! 外側はパリッと、中はとろ~り……! 新鮮なタコが口の中で打ち上げの開催を喜んでいるかのように踊っているッ……! こんなの食べたことない……!
「なんなんや、これはッ……⁉ めちゃくちゃ美味いやんけ……!」
と、伍堂くんもそのあまりの美味しさに打ち震え、
「ほんと……! 明らかに他のとレベルが違う……!」
藤宮さんも初めの嘲笑を撤回するかのように賞賛を送っている。
「関東でもこんな本場の味が楽しめるなんて……! 先輩方ばっかりで正直、億劫になってたけど、来てよかったですぅ~!」
叶和ちゃんは地味にぶっちゃけつつ、蕩け落ちる頬を持ち上げていたが、
「……まあ、特に問題はなさそうだ」
大和くんは相変わらず冷めていた。
「そうだろう、そうだろう……。で? 他は?」
店主は満足気に頷きつつ、屋台の下から茶色の瓶とグラスを取り出すと、皆に提供しながら再度問う。
「じゃあ、ピザ!」
すると藤宮さんが、いの一番に注文を入れる。若干、冗談交じりに手を伸ばして。
「せやったらワシは懐石料理や!」
続けて伍堂くんも意地の悪い注文を。
彼らに限らず我々の緊張は、いつの間にか解きほぐされていたよう。
「……ほらよ」
しかし店主は、涼しい顔で二人の注文に応えた。
熱々のピザ、そして懐石料理の基本たる一汁三菜を、まるで四次元ポケットから出すように次々と並べていく。
「嘘でしょ……?」
「おいおい、ホンマかいな……」
藤宮さんと伍堂くんは店主の御業に顔が引き攣っており、他三名もその不気味さを前に注文の手が止まる。
「こんなもんか? じゃあ、あとはお前らだけで勝手にやってろ」
店主はそう告げると三角巾を取り、大通りの方へ。
「兄貴、どちらへ?」
すかさず渡くんが店主の背に問いかける。
「俺が居ちゃあ、やり辛ぇだろ? ま、せいぜい楽しめ……」
店主の方は振り返ることなく、そう告げる。
「――最後の晩餐を」
ただ、最後の言葉だけは、雑踏の音で聞こえなかった。
「上等や! ここまで来て帰るなんざ男が廃る……。やったるわ!」
「おい、伍堂……!」
大和くんの制止を振り切り、屋台へと勇み行く伍堂くん。
不気味な屋台の暖簾を「たのもー!」潜る彼に、我々も仕方なしに続く。すると……
「あ? 誰だ、お前ら?」
そこには割烹着を着た筋骨隆々の……店主? が新聞を広げて座っていた。
あまりのミスマッチな姿に固まる一同。しかし、理由はそれだけではない。
まず気になったのは、その対応。仮にもお客様である私たちに、していい発言じゃない。そして、王者が如き尊大な態度も目につく。完全に私たちを……いや、人間そのものを見下しているように感じた。
にもかかわらず、三角巾はつけているという、よく分からない拘り。
だが、うねる金髪がそこらかしこから飛び出ていて、ほぼつけている意味はなかった。
極めつけは顔に刻まれた紅色の隈取り。
それは他者を屈服させるかの如き鬼の形相を演出しており、矮小な存在である我々を意とも容易く凍りつかせた。
「兄貴。お客さんに対して、その言い方は宜しくないかと?」
暖簾を潜った渡くんへ、皆の視線が移動。
「おう。帰ったのか……サブ」
からの店主の和らいだ対応に、我々の視線が右往左往。
兄貴と呼ばれた店主は新聞を投げ捨てると、続けて「こいつらなんだ?」と顎で私たちを指す。
「クラスメイトです。打ち上げに誘ってもらったんですが、行く場所が決まらないとのことで、ここにお連れしました」
「打ち上げ? お前が? ……ダッハッハッハッハ‼」
何がそんなに面白いのか……。反り返った店主は、今にも椅子から転げ落ちそう。
「そんなに笑わなくてもいいでしょ……」
「くっふっふっふ……いやぁ、悪い悪い。あまりにも珍しかったもんでついな? おら? お前らも突っ立ってないでさっさと座れよ」
店主に促され……というか命令され、我々は左から渡くん、伍堂くん、藤宮さん、大和くん、私、叶和ちゃんの順で席に着く。
「で? 何が食いたい?」
店主は腰を上げるなり、我々へとそう問いかける。
『『『『『いや、たこ焼きしかないだろ⁉』』』』』
と、みんな思わずツッコミそうになったが、とてもそんなこと言えるような相手ではなさそうなので、直前で何とか飲み込む。
「いや、たこ焼きしかないでしょ?」
が、渡くんは我々の気も知らずに突き進んでいく。
五人の顔は一斉に左向け左し、緊張の糸がピンと張りつめる。
「たこ焼き屋がたこ焼き以外、出しちゃいけない決まりなんてあるのか?」
「僕はまず、たこ焼きを出しましょうよと言ってるんです。何が食いたいかは、その後に聞くべきでは?」
その言い方だと出そうと思えば出せると言っている風に聞こえるのだが……
店主は一瞬ピタリと止まるも鼻をフンと鳴らし、屋台の下から「ほらよ」と、ほかほかのたこ焼きを取り出してみせた。
目の前にあるたこ焼き機は一体何のためにあるのか……。しかし、この甘美な香りの前では、そんな問題は些細なことであった。
ソース、マヨネーズ、鰹節、そして、たこ焼き自体の香ばしい香りが鼻腔を擽り、我々の食欲を否応なく刺激していく。
だが、それ自体は普通の感想。普通の感覚、なのだが……何故か魅入られてしまう。これはもしや……!
しかし、気付いた時には、もう時すでに遅かった。
我々の手はいつの間にか添えられていた爪楊枝へと伸びており、その美しい球体へと入場を果たすと、自ら欲するように一口で迎い入れていたのだ。
はふっ……はふっ……! 熱い……! 熱い……けど……! ――美味しいッ……! 外側はパリッと、中はとろ~り……! 新鮮なタコが口の中で打ち上げの開催を喜んでいるかのように踊っているッ……! こんなの食べたことない……!
「なんなんや、これはッ……⁉ めちゃくちゃ美味いやんけ……!」
と、伍堂くんもそのあまりの美味しさに打ち震え、
「ほんと……! 明らかに他のとレベルが違う……!」
藤宮さんも初めの嘲笑を撤回するかのように賞賛を送っている。
「関東でもこんな本場の味が楽しめるなんて……! 先輩方ばっかりで正直、億劫になってたけど、来てよかったですぅ~!」
叶和ちゃんは地味にぶっちゃけつつ、蕩け落ちる頬を持ち上げていたが、
「……まあ、特に問題はなさそうだ」
大和くんは相変わらず冷めていた。
「そうだろう、そうだろう……。で? 他は?」
店主は満足気に頷きつつ、屋台の下から茶色の瓶とグラスを取り出すと、皆に提供しながら再度問う。
「じゃあ、ピザ!」
すると藤宮さんが、いの一番に注文を入れる。若干、冗談交じりに手を伸ばして。
「せやったらワシは懐石料理や!」
続けて伍堂くんも意地の悪い注文を。
彼らに限らず我々の緊張は、いつの間にか解きほぐされていたよう。
「……ほらよ」
しかし店主は、涼しい顔で二人の注文に応えた。
熱々のピザ、そして懐石料理の基本たる一汁三菜を、まるで四次元ポケットから出すように次々と並べていく。
「嘘でしょ……?」
「おいおい、ホンマかいな……」
藤宮さんと伍堂くんは店主の御業に顔が引き攣っており、他三名もその不気味さを前に注文の手が止まる。
「こんなもんか? じゃあ、あとはお前らだけで勝手にやってろ」
店主はそう告げると三角巾を取り、大通りの方へ。
「兄貴、どちらへ?」
すかさず渡くんが店主の背に問いかける。
「俺が居ちゃあ、やり辛ぇだろ? ま、せいぜい楽しめ……」
店主の方は振り返ることなく、そう告げる。
「――最後の晩餐を」
ただ、最後の言葉だけは、雑踏の音で聞こえなかった。
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