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第一章 支配者

第51話 世界を救う口づけ

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「引き分けだと?」

 大和はおろか牧瀬でさえも、その提案を前に顔をしかめる。
 当の景川は目元だけ笑っておらず、大和へ詰め寄っては、牧瀬に聞かせぬよう囁き始める。

「うん。ボスの目的は多分……
「……同じとは?」

 大和は淡々と、合わせるように声色を小さくする。

「あら、どうしたの? そんなに声を潜めて……。やっぱり聞かれたくないのかしら……『牧瀬あの子』には?」

 景川は大和の首に手を回し、見せびらかすように牧瀬を一瞥する。
 その視線を感じた牧瀬は初めて景川に嫌悪感を感じた。能力の『代償』からか、完全にそれが顔に出ていた。

「お前……どこまで知ってる?」
「詳しいことは何も……。ただ、正体を見破られるようなことがあったら、こう言えってボスが」
「……牧瀬。今のこいつは嘘をついているか?」

 急に話しかけられたせいか「えぇ⁉」と驚きを露にする牧瀬。
 すぐに不満げだった面持ちを揉み解しては慌てたように景川を見遣る。

「あ、えーっとぉ……嘘はついてないようですけど……?」

 牧瀬の言葉通り、その瞳には景川の姿が『青く』映っていた。
 大和は「そうか……」と頷き、再び景川との密談へ戻る。

「信じてくれた?」
「ああ。だが、いいのか? お前のボスにとっても、それは諸刃の剣だろ?」
「ん? どういう意味?」
「オレのことを知ってるのは学園でも上の連中くらいだ。理事長、それから――」

 そこで大和の言葉は遮られた。景川の唇によって……

「なっ⁉ ななな何をしてるんですか⁉ あなたはっ⁉」

 牧瀬が真っ赤な顔で詰め寄るのに対し、終始慣れた様子で事を終える景川。
 大和も相変わらず機械のようで、動揺の一つもないまま次の言葉を待っていた。

「それ以上、踏み込んではダメ。世界がひっくり返っちゃうわよ?」
「ひっくり返る? 随分、大きく出たな」
「あの方にとっては小さなこと。人類が生かされてるのだって、ただのボスの気まぐれなんだから。同じ時代に生まれたことを光栄に思うべきよ」

 牧瀬にもその不穏なワードが耳に届いたようで、火照っていた顔が見る見るうちに青ざめていく。

「どうかな? そもそもお前が踏み込むなと言ったそいつは本物なのか? 交渉する為とは言え、わざわざ自分の居所を吐くとは思えんが?」
「私にとっては本物よ。でも、君にとっては……また別の誰かかもね。つまりさ……これ以上やっても無駄ってこと。だから、ね? 今回は引き分けにしましょう?」

 大和は暫し考え込む。いや、考え込むフリをする。何故ならもう既に、答えは決まっていたから。

「……条件次第だな」

 そう言うや否や牧瀬は、

「ちょっ……いいんですか、大和くん⁉」

 と止めに入ろうとするが、大和はすぐにこれを右手で制す。

「お前も聞いてたろ? これ以上は無駄だって。状況証拠だけ見れば飛び降りた奴は『暴露』によって追い詰められ、自分で勝手にその身を投げただけということになる。例えそこに能力者が関与してたとしても、目の前で能力を使われてない時点で、初めから証明なんてできやしないのさ」
「じゃあ……私たちは何の為に……?」
「無論、落としどころを見つける為だ」
「そんな……! それじゃあ……正義は何処にあるんですか⁉」
「正義? 前にも言ったと思うがオレは正義の為に動いてるわけじゃない。こいつらは……オレの標的じゃない」

 牧瀬は大和の『標的』という台詞を前に言葉を詰まらせた。
 しばらく忘れていたからだ……。大和の原動力が『私怨』であるということを。

「それにこれ以上深追いしても、無駄な犠牲者が増えるだけだ。気まぐれで『正義の味方ごっこ』に興じてくれてるんなら、存分にその道を進んでもらった方がいい。触らぬ神になんとやらだ」

 更なる大和の言葉に、牧瀬はそれ以上、何も返せなかった。
 相変わらず嘘がつけないのか不満そうな面持ちをしていたが、『犠牲者をこれ以上出さない』という一点のみは理解し、断腸の思いで口を噤むことにした。

 大和は沈黙した牧瀬から景川に視線を戻し、「で、条件は?」と交渉のテーブルへとつく。

「大和くんがこの学園に居る限り、我々は大人しくしてるわ。下っ端は退かせる。監視もやめる。他の生徒や、お仲間にも……もう手は出さない」
「随分、気前がいいんだな?」
「私の正体を見破った御褒美だってさ? ま、これ以上、余計なことして君を煩わせても意味ないしね」
「あっそ。で? お前らは何を望む?」

 大和からの歩み寄りを好機と捉えたのか、景川は何故か体をモジモジさせ、真っ赤になった耳元に髪をかけると……

「じゃあ、そのぅ……私の彼氏になってくれない……?」

 さらっと上目遣いでおねだりしてみせた。

「ダウト‼ 大和くん! この人、嘘ついてます‼ 最初の提案は本当みたいですけど、今のは完全に真っ赤っかの嘘です‼」

 そんな指差して物言いする牧瀬も、何故か顔が真っ赤っか。

「男女の駆け引きに野暮なこと言わないの。つまんない子ねぇ~……」

 景川は一転、真顔に戻ると、早々にしおらしかった態度を解く。
 長く美しい髪を払う様は、どこか蔑んでるかのよう。牧瀬の嫌悪感がより募っていく。

「お前の望みなんざどうでもいい。オレが聞いてるのは上の意見だ」

 と、若干煩わしげに問う大和。
 そんな大和の胸に景川は指をなぞらせながら返す。

「あら、君が欲しいのは本当よ? その為にこの役を志願したんだから」
「同じことを二度言うのは嫌いだ。お前だけでも監獄にブチ込んでやってもいいんだぞ?」
「監獄……? ふふっ……そんなことできるかしらね?」

 景川は恐らく自分のペースに持ち込まんと話を逸らしているのだろう。
 だが、その愚行は遂に――大和の冷たい炎に油を注いでしまう。

「お前の能力――【天候操作】だろ?」
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