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第一章 支配者

第50話 制裁者のルール

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 ミーティング室――

「伍堂出は生きてるの……?」

 お姉さんの余裕は何処へやら。今や景川は若干睨むように大和を見据えている。

「ああ。兄弟には蛯原の救出を頼んでおいてある。別にオレとしてはアイツがどうなろうが知ったこっちゃなかったが、うちの部長はのお前と違って大変お優しくってな。『助けないのなら協力しない』なんて言うもんだから、仕方なく温情で助けることにした。で、さっき来た連絡が、その任務遂行の報告ってわけさ」

 大和はそう述べつつ、携帯をしまっていたポケットを指でつついて見せた。

「『魅了』の力で『恐怖』の裁きを打ち消したってわけね……。じゃあ、監視の方も?」
「ご名答。兄弟のお陰で外に居た監視は全員こちら側についた。尾行してる奴は自分が尾行されてるなんて思わないからな。それが素人なら尚更ボロが出る。一人引きずり込めば、あとは芋づる式。お前のところにもちゃーんと連絡が行ったろ? 兄弟が命じたであろう『蛯原は死んだ』って情報が」

 ぐうの音も出ない景川。実際、その連絡が来たからこそ、景川はこの場に足を運んだのだ。自分が踊らされているとも知らずに……

「悪く思わんでくれよ? あの二人は死んでた方が都合が良かったんでな……。陰でこそこそ動いてる雑魚の言いなりの影武者の役目も果たせない馬鹿な阿婆擦れに甘える為に」

 大和は景川まで足を運ぶと、眼前で分かり易く挑発する。

「ふふっ……それで? 伍堂出の死はどうやって偽装したの? 例え下っ端でも生死の判断まで間違えるとは思えないのだけど?」

 が、さすがは影武者。さらりと大和の挑発を躱す。
 それどころか何故か嬉しげに頬を染めてさえいた。

 大和はすぐにこの手の挑発は通用しないと、完膚なきまでに論破する方向へシフトする。

「兄弟には事前に『仮死薬』を渡しておいた。それで死を偽装しただけさ」
「『仮死薬』? 昨今、『異能システム』によって生み出されたとは聞いてたけど……の手に入る代物じゃないわよね?」

 大和は「かもな……」と意味深な笑みを浮かべる。
 だが、景色を眺めるように窓際へ移動すると、それ以上語るつもりがないのか、こちらも躱すように話を戻した。

「仕込んだのは……六車、井幡、山崎の三人が飛び降りた直後だ」
「あら、最初も最初じゃない? でも、彼と接触したという報告はなかったけど?」
「だろうな。監視からすればオレはあの後、学園に戻って鞄を取り、藤宮のバイト先に行っただけにしか見えなかったことだろう」
「……じゃあ、どうやって?」
「託したのさ。オレと兄弟しか知らない、?」
「随分、勿体ぶるじゃない。教える気ある?」
「ない。まあ、凡庸な監視じゃ見切れないだろう。日常の風景に溶け込み、絡んだとしても見過ごされそうな『カーポあいつ』の存在は」

 これ以上は無意味と肩を竦める景川。
 牧瀬も協力者のはずが話についていけず、小首を傾げていた。

「まあ、いいわ。でも、そんな早くから動いてたなんて……。まさか、こうなることを予見してたの?」
「別に予見してたわけじゃない。ただ、伍堂にはいずれ死んでもらうつもりだった。お前らのボスが掲げる、曲げられない『ルール』を知るために」
「ルール……?」
「普通、身内に危害を加えられたら、その対極にいる者を狙うのが定石のはず。だが、お前らは藤宮をターゲットにしなかった。それどころか自分の駒である井幡に裁きを下す始末。そのことがずーっと頭に引っ掛かっててな……」

 景川は微笑みながら頷き、「続けて」と後ろ手を組んだ。

「オレも伍堂もという命令の下、下っ端に喧嘩を売られている。藤宮に至っては監視すらついていない。そして案の定、伍堂が死んだ途端、蛯原に裁きが下される。『規律を乱した以上、裁きの時は近い』だったか? この状況に置いて規律とは、『罪なき者を殺害してはならない』ということだろう。つまり、お前らのボスは『悪人だけを裁く正義の執行者気取り』。復讐なんかが目的じゃなく、ただ駒の補充がしたかっただけ。違うか?」

 大和の推理が静寂を齎す中、牧瀬は固唾を呑んでその様子を見守る。
 景川はというと何処か楽しげにこの空気を噛み締めており、気が済むと不敵な笑みを浮かべながら大和を覗き込んだ。

「さっすが大和くん。正解」
「ほぼだと……?」
「ええ。悪人だけ裁くのも復讐が目的じゃないのもそう……。大和くんが欲しかったのだって井幡汐里の穴を埋めるため。『恐怖』で靡く人じゃないことは分かってたから、敢えて孤立させ、弱り切ったところで篭絡する。それが私の役目。そこまでは正解。でもね? 正義の執行者気取りだけは違う。だってボスは……そんなに優しい人じゃないから」

 景川は話し切る頃にはもう真顔になっていた。
 その面持ちから放たれる黒く丸い瞳に、大和は「……というと?」と一歩も引かずに問う。が――

「ねえ、大和くん。……今回は引き分けにしない?」

 景川からの答えは意外なものだった。
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