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第一章 支配者

第49話 逆襲の口撃

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「……え?」

 大和からの思いがけぬ問いに、景川の面持ちから一瞬にして笑みが消える。
 抱きしめられていた温もりもいつの間にか消え失せ、幸せの絶頂に満ちていた身体は絶対零度が如き寒気により震えだしていた。

「ようやく薄気味悪い笑みが消えたな?」

 嘲りたっぷりの囁きに、景川は慌てて大和の抱擁から脱する。
 太陽はまた雲に隠れ、差し込んでいた白い日は、早々に居場所を無くす。

「どうした? 甘えさせてくれないのか?」

 目の前でほくそ笑むのは先程まで弱音を吐いていた可愛い後輩ではない。
 機械のような冷淡な眼差しで年上を見下す、生意気な後輩――『口撃のヤマト』であった。

「フッ……冗談だよ。それよりも、さっさとオレの質問に答えてくれないか?」
「……質問?」
「惚けんな。影武者かって聞いてるんだよ。答えられないのか?」

 景川は一瞬、扉方面へと視線を移す。
 すりガラス越しに映るを確認すると、体中に纏わりつく冷や汗を感じながら、再び大和へと視線を戻した。

「なんの話をしてるのかな、大和くん? お姉さん、さっぱり――」
「そりゃあ、答えられないよな? そんなことしたら、自分が嘘ついてることがバレてしまう。まあ、をここに通した時点で、もう自白してるようなものだから、無理に答える必要もないけどな」

 景川は取り繕おうと笑みを浮かべるが、大和によって即遮断。
 もう逃げられぬと悟り、観念したように肩の力を抜いた。

「……図ったのね?」
「ああ。お前がの策を逆手に取ると踏んでな」
「なるほどね……。そして、さらにそれを逆手に取ったと?」
「そういうこと。奇しくもオレたちの切り札は一致していたってわけさ。なあ――牧瀬?」

 振り返った大和の視線の先、すりガラス越しの影が扉を開けると、そこには先程までテレビに映っていたはずの牧瀬の姿が。

「本当に会長が影武者だったんですね……?」

 と、牧瀬が両目を赤と青に光らせつつ問うも、景川はノーコメントと言わんばかりに無を貫く。
 大和は頑なな姿にフッと鼻で笑うと、ポケットに手を突っ込み、椅子の背に寄りかかった。

「お前は駒を使って知っていたんだろう……。追いかけていった牧瀬が途中で、に代わっていたことに。藤宮はそのまま蛯原を止める役目に。入れ替わった牧瀬は身を隠しながら学園へと戻る。テレビに映し出されていた映像は勿論、牧瀬の部分だけフェイクだ。うちの部には優秀な『一ノ瀬ハッカー』が居るからな。この程度は造作もない」

 と、大和が解説したところで携帯のバイブ音が鳴る。
 取り出して画面を確認すると、すぐに携帯をしまい、話へと戻る。

「こうして表面上、牧瀬はこの学園に居ないことになる。では何故、牧瀬をバレぬように学園へと戻したのか? お前はすぐに気付いたことだろう。オレが牧瀬の『嘘を見破る』能力を使い、自分に黒幕かどうかを尋ね、正体を暴きに来ると。そこまで見抜いたお前は、逆にその策を利用することを思いついた。わざと牧瀬をこの場に通せば、自分に向けられた黒幕の容疑を晴らせる。『だって私は影武者だから』」

 今までの憔悴っぷりが嘘のような流れる口撃に、思わず素の笑みが零れてしまう景川。今や張っていた肩肘も、どこか下がり気味だった。

「欲張っちゃったかぁ……。ここは意地でも通すべきじゃなかったんでしょうね……」
「そう。通しさえしなければ、お前が影武者かどうかなんて確かめようがなかった。だが、通さなければオレがお前を信用するチャンスは二度とこない。結果、お前は逃すことができなかった。親友を失い、クラスメイトを見殺しにしてしまった可哀想な後輩を。弱音を吐けるのも、頼れるのも、甘えられるのも自分だけ。憔悴しきった今なら完璧に篭絡できる。『恐怖』ではない、本物の『信頼』を勝ち取れる。……そんな感じか?」

 一頻り聞いたのち、景川は笑みを絶やさず、賞賛の拍手を送る。

「お見事。流石は大和くんね。私を追い詰める為だけに、あの小物を贄とするなんて……。そういうとこ、嫌いじゃないよ?」
「贄? 何か勘違いしてるようだから一応言っておくが……蛯原は生きてるぞ?」

 景川はその事実を前に一瞬顔をキョトンとさせるが、すぐに緩む口元を手で隠す。

「もうこれ以上、騙す必要もないでしょ? 君は犠牲を払って私を――」
「『魅了』ってのは便利な力だよな?」

 その一言に景川の口元が徐々に引き攣っていく。

「まさか……?」
「ああ。当然、あいつも――」



 某ビル屋上――

 蛯原は追い詰められていた。
 度重なる失敗、伍堂の殺害、そして裁き……。心には既に大きな隙間が空いており、気付けばの介入を許していた。

 得も言われぬ『恐怖』は次第に心を蝕み、やがて電源でも切ったかのように思考を停止させる。

 もはや何も分からない。視界も真っ暗。
 薄れゆく意識の中で最後に感じたことといえば、眼下に渦巻く虚無へと、ただ堕ちていくことだけ――

『え……は……』

 しかし、その時……声が届く。

『蛯……ラァ……!』

 耳にではなく、大きく隙間の空いた……心に。

『――原ァ! お前、ここで死んだら死に損だぞ⁉ さっさと目ぇ覚ませ‼ コラァッ‼』

 その『魅了』が完全に『恐怖』を上書きすると――蛯原は己が手を掴む存在を漸く認識する。

「え……? なんで……お前が……?」

 降り注ぐ日を一身に受けたその男は、

「よお、蛯原? 戻ってきたでぇ……天国から」

 天を指差しながら現世へと舞い戻った。
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