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第一章 支配者

第46話 判決、私刑

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 現在、二年B組――

「本当にごめんっ‼ 俺、そんな『代償』あるなんて知らなくって……。でも、『代償』で死んだだけで別に俺が殺したわけじゃないだっ‼ 信じてくれっ‼」

 こうして事件の真相は語られ、蛯原くんの土下座姿へと戻る。
 蛯原くんは大和くんを見上げ、必死に許しを請うているが……

「………………」

 見下すような冷たき眼差しが、彼の鎮まらぬ怒りを表していた。
 それはそうだ。こんな自己保身に塗れた言葉で、いったい誰が許そうと思うのか……。この人は根本的に、何も分かっていない。

「なあ、頼むよ! このままじゃ俺は消されちまう! ほら、見てくれ……! 『規律を乱した以上、裁きの時は近い』って書いてあるだろう? もう時間がないんだよっ‼ だから頼っ……お願いします‼ 助けてくださいっ‼」

 蛯原くんは携帯の画面を見せたのち、大和くんの足にしがみつく。
 もう形振り構ってはいられないのだろう。もはや情けなさを通り越して、周りからは同情の視線が集まっていた。

 すると大和くんは蛯原くんの胸倉を掴み、片手で己が目線まで持ち上げる。

「じゃあ何か? お前は抵抗できない伍堂を散々甚振り、助けを求める声を聞いておきながらそれを無視し、結果的に死なせてしまったが、それは『代償』の所為であって自分の所為じゃなく、挙句の果てに失敗して命が狙われたから、自分のことだけは助けてほしいって……そう言ってるのか?」

 言葉が並べられていく度、大和くんの瞳孔は開いていき、蛯原くんの体が少しずつ宙へ上がっていく。

「いや……えっとぉ……」
「だったら、お前がやるべきことはオレのところに来ることなんかじゃなくて、警察に自首することなんじゃないのか? あぁ?」
「それは……ボ、ボスの駒はそこら中に居るっ……! それこそ警察内部にも絶対な……? だから今行っても、どうせ揉み消されちまう! お前だってそれは嫌だろう?」
「ほう……つまり、お前は罪を償うことを望んでるってことか?」
「え……? あ、ああ! もちろんさ! その為にも今は協力して――」
「この期に及んでまだ嘘をつくのか?」

 全てを見透かす怨念宿りしその眼を前に、蛯原くんは「……え?」と顔を強張らせる。

「お前が警察に行ったところで準極刑は免れない。無期懲なのか実験体送りになるのかは、『異能システム』に採用できるかによって決定する。お前が持つ【展開投射】の力なら間違いなく世のために使われるだろう。つまり、お前は――どっちにしろ死ぬってことだ」
「ぐっ……!」
「さっきから自己保身に走りまくってるお前が、そんな選択をするはずがない。お前はただ問題を先送りにしてるだけだ。自分とこのボスさえ捕まえれば、その温情で生き残る目があるんじゃないかって……そう思ってんだろ?」

 蛯原くんは首を横に振り、じたばたと暴れ出す。

「ちち、違う違うっ! 俺は本当に罪を償いたいだけなんだっ! 伍堂の件については俺も悪かったと思ってる……。だからこそ、そんな命令を出した黒幕が許せないんだよ! ……なあ、頼むよ大和慧? 一緒に手を組もうぜ……? 助けてくれよォッ、なあぁ⁉」

 また、言い訳……。誰かの所為にして、本当は自分は悪くないのだと、責任逃れしようとしている。もう見てはいられない……

「なら……オレが裁いてやるよ」
「は……?」

 それは大和くんも同じだったようで……

「オレは伍堂の兄弟分……親友だったんだ。その権利くらいあるだろ?」
「権利って……おいおい、まさか私刑にでもするつもりか⁉ 冗談だろ⁉」
「あいにくオレは……お前ほど冗談が得意じゃない」

 噴火前の火山の如き静けさを纏うと――

「……な、なあ? 頼むよ……! 助けてくれってッ……‼ お前、言ってたじゃないか⁉ 頭を垂れれば助けてくれるって! 見殺しにするのかよ、おい⁉ クラスメイトだぞっ⁉」
「兄弟だって助けを求めたはずだ。でも、お前は無視したんだろう? 自分の下らない鬱憤を晴らすためにッ……! そんなクズの言うこと――なんでオレが聞かなきゃいけねえんだァッッッ‼」

 その熱く滾った拳を蛯原くんの頬に思いっ切り打ち込んだ。
 直後、赤き鮮血が弧を描き、蛯原くんは壁に叩きつけられる。

 周囲がどよめくも大和くんの怒りは収まらず、復讐の炎に呑まれた殴打が続いてく。

 顔面を殴り、脇腹を膝蹴りし、顔を掴んでは壁に叩きつけ、もう片方の頬を殴る。
 倒れそうになっても胸倉を取り、持ち上げては、また殴って……

 蛯原くんのしたことを思えば、きっと同情の余地はないのだろう……。しかし、これは――

「大和くん! いくらなんでもやりすぎです! 本当に死んでしまいますよ⁉」

 流石に私もこれ以上は容認できず、大和くんを止めんと腕を掴む。
 蛯原くんは漸く解放され、血塗れのまま床にずり落ちていった。

「離せッ‼ こいつは……こいつは兄弟をッ‼」

 大和くんのその変わりように、私は思わず呆然としてしまった。この人はいったいどこまで……

「ダメだよ、大和くん……! やめて!」

 橋本さんも加わり、もう片方の腕を掴むが、それでも私たちは容易く振りほどかれ、尻もちをついてしまう。

「こいつだけは……こいつだけはッ……‼」

 結局、大和くんは止まらず、殺気立つ形相で拳を握り締めたのち、容赦なく蛯原くんへと振り被る。

「やめてッ‼ 大和くんッッ‼」

 私は咄嗟に声を振り絞った。彼がそれ以上することはないと分かっていたはずなのに……。でも、声を上げた。上げてしまった。すると――

「――ッ⁉」

 ある生徒が、大和くんの腕を掴んだ。

 直後、教室内はまた違った驚きに包まれる。
 無理もない……。だって止めたのは――

「もう満足したろ?」

 あの……渡くんだったからだ。
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