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第一章 支配者

第43話 崩壊

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「え……?」

 彼のそんな素の反応、私は初めて見た。
 私は何処かで彼を完全無欠な人だと思っていた。いつも機械のように冷静で、どんな相手に対しても臆さず、過酷な状況に身を置いても自分を貫いてきたから。

 でも、今の大和くんは……普通の高校生だった。

 勝手に大人っぽいとばかり思い込んでいたけど、彼だって私たちと同じ、十七歳の子供なのだ。親友を失えば誰だって……

「なんで……どうして⁉」

 皆の目も気にせず、狼狽える大和くん。
 私はそんな彼を見てられなかったが、少しずつ、宥めるように言葉を紡いでいく。……彼の友人として。

「亡くなった場所は近くの廃倉庫。遺体は酷く痛めつけられていたそうです。恐らく複数人の犯行だと言っていましたが、それ以上は何も……」

 そこまで告げたところで、大和くんは足早に踵を返す。
 私もすぐに追いかけ、「大和くん! どこへ?」とその背に投げかける。

「警察に行くに決まってるだろ⁉ 自分の目で確かめる……!」
「警察って……私たちみたいな高校生が行ったところで何も……!」
「オレは――ッ‼」

 振り返った大和くんは足を止め、初めて声を荒げてみせた。
 その顔は今までの彼からは想像できないほど悲痛に満ちており、私の心を否応なく掻き乱した。

「オレはもう……誰も失うわけにはいかないんだよ……」

 そう続けた大和くんはまた一人、闇の中を突き進むように階段を降りていく。

「大和くん……」

 そんな彼を私は放っては置けず、許可も取らぬまま初めて学園を抜け出した。



 タクシーで向かう車中、私たちは一言も交わすことはなかった。
 こんな朝から学生二人を乗せ、運転手の方は大層訝しんでいたが、行き先を『警視庁』と告げると、それ以上詮索することなく車を走らせた。

 窓の外を見ていると、ぽつりぽつりと雨が降り出す。
 我々の心情を代弁するかのような曇天を見上げながら、奏でる雨音に……ただ耳を傾ける。



 警視庁――

 着く頃にはもう雨も本降り。五月にしては異様な肌寒さを感じたが、大和くんは構うことなく受付へと直行しようとする、が――

「ちょっと君たち! どんな用件でここへ?」

 当然、守衛の方に止められてしまう。

「伍堂、ここにいるんだろ? 通してくれ」

 大和くんが無理やり通ろうとするも、それは逆効果。
 守衛の方は更に警戒を露にし、警杖を構える。

「待ちたまえ! 君たち学生だろ? 学校はどうした?」
「関係ないだろ……さっさと通せ……!」
「なんだね、その態度は? これ以上、言うことを聞かないようなら公務執行妨害になるぞ?」

 大和くん、完全に冷静さを失ってる……。いつもは理路整然としてるのに、らしくもない……。ここは私が何とかしなきゃ……!

 私はすぐに両者の間に立ち、頭の片隅にあった名前を引き出す。

「あの……! 異能課の宇津美刑事に取り次いでいただけませんか? 私たち昨日亡くなった伍堂出くんの友達なんです! その所為か彼は気が動転してしまって……。先日あった飛び降り自殺の第一発見者である大和慧と伝えてもらえれば分かると思いますから……」

 私の必死な訴えが届いたのか、守衛の方は不機嫌な面持ちを見せつつも、仕方なしと連絡を取る。
 正直ダメ元ではあったが、しばらくすると宇津美刑事が呆れた面持ちで現れ、なんと特例で私たちを庁内へ案内してくれることとなった。



「すみません……。わざわざタオルまで貸していただいて……」

 私は濡れた髪を拭きつつ、先導する宇津美刑事へと謝辞を述べる。

「それは構いませんが……せめて来るのであれば、ご一報していただきたい。いきなり来られても、本来ならお通しするわけにはいかないんですよ? 今回は事件の中心人物である大和さんだからこその特例だということをお忘れないように」

 私は再度「すみません……」と謝ったのち、隣の大和くんを見やる。

 彼は受け取ったタオルを持ったまま、抜け殻のように俯いていた。
 そんな彼を私は見ていられず、自分の持っていたタオルで大和くんの髪を代わりに拭った。

「着きましたよ。こちらに伍堂さんが……」

 ある扉の前で宇津美刑事が立ち止まると、大和くんは押し退けるように中へと入室を果たす。
 私は又も謝意を示すように宇津美刑事へと頭を下げ、大和くんの後に続いた。

 小ぢんまりとした部屋には小さな祭壇とストレッチャーがあり、刑事ドラマでよく見るような遺体確認する為の場所といった印象であった。

 宇津美刑事は扉を閉めると、ストレッチャーに乗っていた遺体……その顔に被せられていた白布を取ってみせた。

「――ッ‼ ご……伍堂……」

 大和くんは受け入れ難い現実を前に首を振り、後退りしていくと、壁に凭れ掛かったままずり落ちていった。
 私も私で目を逸らしていたが、一瞬見ただけでも容易に察せた。彼が……伍堂くんが惨たらしく殺められてしまったことを。

「外傷が酷いですが死因は脱水症状のようです。検視の結果、能力による『代償』の可能性が高く、拷問中に水分補給が立たれたため、お亡くなりになったと……」

 宇津美刑事はそう説明すると布を戻し、大和くんを見下ろす。

「これで分かったでしょう? もう貴方一人でどうにかできる事件じゃない。あとは私たち警察に任せて、大和さんは大人しくしていてください」

 しかし大和くんは既に意気消沈。届かぬと判断した宇津美刑事は溜息ののち、私へとさらに続ける。

「外で待っています。お別れを済ませたら、お声がけください」

 頭を下げた宇津美刑事に、私はぎこちなくだが同じように返す。
 閉められた扉の音を最後に、残された私たちの間には、『崩壊』という名の静けさだけが漂う。

 そう。私たちは負けたのだ。姿を現さず、己が手すら汚さない……卑劣極まりない黒幕に。
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