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第一章 支配者

第40話 乙女たちの聖戦

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 喫茶リーベル――

 なんだろう……この妙な胸騒ぎは?

「ねえ? ちょっと~?」

 私は大和くんと決別した。それは彼が我々を巻き込むまいとした結果であり、だからこそ私は断腸の思いでその考えを受け入れた。

「おーい牧瀬さーん? 聞こえてるー?」

 なのに彼は……景川会長と行動を共にしていた。もちろん怪我をしていたということもあるのだろうけど、どうもあの感じは一緒に帰る流れ……

「バイト先まで押しかけてきて無視? ありえないんですけど」

 どうして? どうして景川会長とは一緒に? もしかして元々、知り合いだったとか? でもそんな話、聞いたことが……いや、違うな。思い返せば彼は自分のことをほとんど話していない。一緒の部活だったくせに私は、彼のことを何も知らないのだ。

「ハァ……こうなったら奥の手しかないわね……」

 私じゃダメだったのかな……? 私の能力じゃ足手まとい? 私じゃ貴方の隣には――

「えい」

 突如、胸を鷲掴みされた感触が信号となって脳に届く。

「――キャァッ⁉ い、いきなり何をするんですか⁉ 藤宮さんっ!」

 思考の海から引き上げられた私は、今さら胸元を隠しつつ、熱く火照った顔を振り向かせる。

「うん、そこそこってとこね。イメージ通りだわ」

 そこには己が手つきを見つめながら頷く藤宮さんの姿が。くっ……失礼な……

「イメージ通りって……せっかく様子を見に来てあげたっていうのに、なんなんですかもう!」
「いやいや……とか言いながら見向き一つしてなかったけど? さっきからずーっと上の空で、頼んだアイスコーヒー、ちゅうちゅう吸ってましたけど?」

 と、藤宮さんは氷しか入っていないコップを、これ見よがしに指差す。
 私は「あ……」と今更そのことに気付き、わざとらしく咳払いをして話題を変えた。

「そ、そんなことより大和くんのことです! 大和くん! 酷いと思いません?」
「うん……だから、店に入ってから『アイスコーヒー……』しか聞いてないんだけど? てか何? 慧、またなんかやらかしたの?」
「はい……。それが――」

 私は今日一日あったこと、主に景川会長のことについて事細かに説明した。
 すると藤宮さんは――

「はぁ⁉ あの男……よりにもよって、あのふんわりお嬢様と居るの⁉」

 分かり易く眉を吊り上げ、揺れるポニーテールと共に、激しく詰め寄ってきた。

「みたいなんです……。え? ふんわりお嬢様?」
「じゃあ何⁉ 今あの二人、一緒に帰ってるってこと⁉」
「そこまでは分からないですけど、どうもあの感じはそうとしか……」
「そんなぁ……。まさかその流れで――ででで、デートとかしてるんじゃないでしょうね⁉」
「ででで、デート⁉ いやいや、流石にそれは飛躍しすぎかと……」

 気付けばお互い、顔が真っ赤っ赤。
 お陰で昂った感情が自然と冷静さを取り戻す。人の振り見て我が振り直せだ。

「そ、そうよね……。流石のアイツでも、こんな状況でデートなんか……ねえ?」
「そ、そうですよ……。いくら大和くんだからって、そう何度も掻き乱したりなんかは……ねえ?」
「ははは……」
「ははは……」

「「………………」」

 なんだろう……この妙な胸騒ぎは?



「へえ~、ここが大和くんの部屋か~!」

 と、無機質な部屋をきょろきょろ見回す景川。
 そう。ここは何を隠そう大和の部屋。十階建ての高層マンション、その五階の角部屋が大和の拠点だった。

「どういうつもりですか……?」

 そんな部屋の主たる大和は、相も変わらずな眼差しで景川を見据える。その面持ちから強引に入り込まれたことは容易に想像できた。

「どういうつもりって……お家デート?」

 デートだった。牧瀬たちの予感は図らずも的中してしまった。
 しかし、当の大和は溜息を漏らし、呆れてものも言えぬ様子。

「でも、なんにもないねー? あるのはベッドくらいか~」

 だが景川は、そんなことなどお構いなしに、ベッドへと腰を下ろしてしまう。

 景川の言う通り、大和の部屋にはベッド以外、何も無かった。
 モノトーンで無骨な内装は生活感の欠片もなく、誰もが寝泊まりする為だけの場所といった印象を受けるだろう。

「勝手に座んないでくれます? タクシーもう来るんでしょう?」
「なになに~、慌てちゃって~? あ! もしかしてベッドの下にエッチな本でも隠してるとか~?」
「追い出されたくなかったら口閉じといた方がいいですよ?」

 景川はからかうことに満足したのかクスクスと笑みを零し、ベッドをポンポンと叩く。

「ごめんごめん……! ほら、こっちおいで?」
「……なんの真似です?」
「色々あって疲れてるでしょ? 怪我してるんだから寝てなさい」
「ここはオレの部屋です。指図される謂れはありません」
「今日は私に借りがあるはずよ。忘れちゃったのかな?」

 景川による意地の悪い微笑みに、大和はバツが悪そうに視線を逸らす。

「心配なのよ……。いいからお姉さんの言うこと聞きなさい」

 さらに続けた景川は一転、真面目な面持ちに切り替わる。
 大和はその真っ直ぐな視線に押しに押され、言うことを聞いた方が早いと、溜息を漏らしつつベッドへと倒れ込んだ。

 景川はそれを慈愛に満ちた笑みで見届ける。
 そして、後を追うように横になると――大和の胸へと体を預けた。
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