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第一章 支配者

第39話 影の番人

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「君、いい性格してるよね?」

 昇降口を出た直後、景川は先導する大和へとそう告げる。

「幻滅しましたか?」

 大和は振り返ることなく、淡々と聞き返す。
 歩幅が違うのか、二人の距離は中々縮まらない。

「んーん。寧ろ、より興味が湧いたよ。大和くんはどんな逆境でも乗り越えられる人なんだなぁって」
「買いかぶりすぎです。オレは一人じゃ何もできませんから」
「へえ~、つまり誰かさんのお陰で頑張れてると……。あ! それってもしかしてお姉さんのことだったり……?」
「違います」

 きっぱりと否定する大和の態度に、景川は声に出して大いに笑ってみせた。

「……いいね! 君のそういうとこ。媚びを売らない感じがさ?」
「そうですか」

 大和は変わらず不愛想なまま、歩む速度を上げる。
 その突き放すような行動に庇護欲を掻き立てられたのか、景川は「ねえ――」と離れゆく大和の袖を掴む。

「ちょっと早い……かな?」

 立ち止まった大和は漸く振り向き、上目遣いの景川と視線が合う。

「早いって……どこまで付いてくる気ですか?」

 彼らは既に校門へと差し掛かっていたゆえ、そう述べるのも無理はなかった。

「う~ん……家まで?」
「そこまでしていただかなくて結構。というか、寧ろ図々しいです」

 大和は景川の手を振り払い、偉そうに見下ろす。

「でも、帰り道に襲われたら大変でしょ? お姉さんといた方がいいと思うけどな~?」
「貴女がいて何になるんです? 生徒会長の権限が学園外まで及ぶとは思えませんが?」
「及ばないけど……一人より二人の方が心強いでしょ?」
「全然」

 景川は思いのほかショックだったのか、苦笑いで肩を落とす。

「ハッキリ言うね……。でも、そういうところも嫌いじゃないよ?」
「オレは何とも思ってないので、もう帰ります。それじゃ」

 半ば強引に切り上げ、有無を言わさず立ち去る大和。
 そんな無粋な男に景川は、他の生徒にも聞こえるよう、ボリュームを数段上げる。

「あーあ! きっと君を助けた私は、彼らに目を付けられてるんだろうなぁ~! 一人で帰ったりなんかしたら、それこそ襲われちゃうかも⁉ 怖いなぁ~!」

 直後、周囲の視線が一気に突き刺さり、大和の足をピタリと止めさせる。

「私に何かあったら、きっと大和くん罪悪感に苛まれちゃう! かわいそう……」

 猫撫で声が癇に障ったのか、まんまと大和は景川の下へ。

「会長……あなた結構、面倒臭い人ですね?」
「そうよ。私は面倒臭い女。観念した?」

 くすくす笑う景川に、大和は盛大に溜息を漏らす。

「……わかりました。逆転してる気もしますが、家までお送りしますよ」
「あら、送るのは私よ? 大和くんのお家まで行って、ちょっとお茶してから、タクシーでも呼んで一人で帰るわ」
「ちゃっかり家に上がらないでもらえます? っていうか、それだったら今タクシー呼べば――」
「もう! 男の子が細かいこと気にしないの! ほら、行くわよ?」

 景川は大和と腕を組むと、強引に学園から連れ去っていく。

 この場面だけ切り取れば学園青春物に見えなくもないが、彼ら二人を監視していた影どもがそうはさせなかった。



 昇降口横で屯していたのは、先ほど集会に集まっていた総大将たち。
 その中で先頭に座していた樫江田は黒の日傘をさし、下っ端たちへと号令をかけんと振り返る。

「いいか、お前ら。ミスは許されねえ。裁かれんのが嫌なら、自分に与えられた命令を全うしろ。大和慧を地獄に叩き落すんだ」

 下っ端たちが一斉に『はい!』と頷いたのち、その中の一人が樫江田へと問いかける。

「あの、樫江田さん……。会長が居ますけどどうします?」
「景川か。ムカつく女だが、あいつは標的じゃねえ。絶対に手を出すな。その分は隣の生意気なガキに全部ぶつけろ。いいな?」

 許しを得た下っ端たちが下卑た笑みを浮かべると、


「――何や物騒な会話しとんのう?」


 どこからともなく特徴的なエセ関西弁が耳に届く。

 下っ端たちが辺りを見回す中、樫江田だけは木の大枝に座る、その存在を見いだしていた。

「お前は確か……」
「二年G組の伍堂出や。よろしゅう」

 二人のやり取りに下っ端たちも漸く気付き、警戒を露にする。

「伍堂出……学園で一二を争う不良で大和慧の兄弟分か。一応、聞いとこう。どんな用件で?」
「いやぁー! 今日は一日、反省文まみれでのう~。もう二三枚増えてもええか思て、話しかけてもうた」
「ハッ……つまり何だ? この人数を一人でやろうってのか? 利口じゃねえな」

 伍堂もフッと笑みを浮かべると大枝から飛び降り、脚に伝わる衝撃を感じながら上体を起こす。

「あいにくエエ学校の出じゃないんでのう。ま、お前らお坊ちゃん相手なら一人で充分やろ」

 伍堂のビッグマウスを前に、下っ端たちは我慢できず、徒党を組んで嘲りだす。
 樫江田も暫しその時間を堪能し、満足すると片手を上げて下っ端たちを制した。

「いい度胸じゃねえか。気に入った。なら、前菜から摘まむとしよう。校舎裏に来い。遊んでやる」
「ええのう~、ひっさしぶりに血の騒ぐワードや。あ! 安心してええで? 能力は使わんといたる。それでイーブンやからなぁ?」

 二人の視線が鍔ぜり合う中、誰も知らぬところで影どもの聖戦が始まる――
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