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◆第20話 途中から新しい友達を作るのって難しいよね

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 響く轟音
 ひしゃげた車体
 僕の目の前には、大きく変形した銀色の車両が山のように転がっている。


「う…………ぐっ…………!」


 ミスった。
 まさか『凶器召喚』で呼び出した電車を、至近距離のうちに『見えない壁』で押し返してくるとは……。
 大きすぎる物体の召喚が、完全に仇になってしまった。
 跳ね返された車体の激流に飲み込まれた僕だったが、何とか致命傷は避けられた。

 しかし


「……ぐ……くそっ……左足が、折れたかも……」

「ええぇぇっ!? サ、サトルさぁぁんっ! 大丈夫ですかぁっ!?」

「ハ、ハハ……あ、あんまり大丈夫じゃ、ないね……っ!」


 珍しく心配そうな声をかけてくる転生の女神に、僕は笑いながらも痛みに悶え、つい弱音を吐く。
 直撃こそ免れたものの、防御手段を持たない僕では迫り来る車両を避けることができなかった。
 変形した車体が足に当たり、そのまま巻き込まれた僕は、左足の膝周辺を骨折してしまったようだ。
 何とか起きあがろうと力を込めるが、動かそうとする度に左膝周囲に激痛が走る。

 反射された瞬間に召喚を解除してしまえば良かったのだが……そう思い付くのが遅れたせいでこのザマだ。
 異世界で戦っていた頃は『女神の祝福』加護のおかげで放っておけば回復していたものだが、今のこの身体にはそんな便利機能は搭載されていない。
 まるで回復一切禁止で挑むゲーム攻略だ。
 こんな事なら、転生時に回復系の加護でもねだっておけば良かった。

 痛みを堪えながらそんな事を考えていると……
 突如、車両の影から現れたトウヤが力いっぱい僕の腹部を踏みつけてきた。 


「ぐへっ!?」

「……ようやく決着だな、オッサン……!」


 油断していたところを踏みつけられ、およそ正義側の人物とは思えない声が出た。
 『異世界帰りの勇者』なら、攻撃を喰らう時の声だとしてももうちょっと品の良いものを出したいところだ。

 し、しかし……こいつ、最後まで僕の事を『おっさん』って呼びやがって。
 戦っている最中ずっと感じていたが、トウヤは口が悪すぎる。
 正義を名乗るのであれば、この口の聞き方は矯正してやらなければなるまい。
 ……いや、もうここまで来ると自分でも嫌と言うほど解っている。
 この1ヶ月、僕がやっていた事はどう考えても正義側の人間がやる事じゃない。
 それに引き換え、トウヤは紛れもない異世界帰りの主人公だ。
 異世界をひとつ救ったあと、そのチート能力を授かったまま現代に戻されて、これからまさにボーナスステージである日常生活を謳歌する物語が待っているはずの人間じゃないか。

 そもそも、持っている能力の性能がまるで違う。
 どの方向からの攻撃も通用しない、ライフル弾すら止め、大仏の重量さえも支える壁を作り出す能力というのは非常に強力だ。
 そもそも戦いが始まった段階から相手のフィールドに立たされてるんだから、アウェイにも程がある。
 僕の呼び出す現代兵器では通用しない。
 『隠蔽』の加護さえも、この空間では見破られる。
 最後の加護『健康な肝臓』は……役に立ちそうにないな。

 
「散々手こずらせてくれたが、やはりボクには敵わなかったようだな。異世界を救った英雄であるボクを殺そうとした事を後悔するが良いッ!」


 赤く光ったままのトウヤの目が、僕を見下している。
 なんとかしなければ。
 このままここで寝ていれば、『見えない壁』に潰されて死ぬのは明白だ。
 だがもう足が動かない。
 最速で『凶器召喚』を使ったとしても、恐らく彼が『見えない壁』を作り出す速度の方が早いだろう。

 死ぬわけには行かない。
 こんな奴に負けるなんて癪だ。
 何としてでも、チャンスを見つけなければ。



「ゲホ、ゴホッ……! あー……トウヤ君。君ってこの能力で、どれくらい戦ってきたの?」


 僕は四肢を投げ出し、口を開いた。


「何を唐突に……そんな事を聞いてどうするつもりだ……? 命乞いのつもりかッ?」


 脂汗を滲ませながらも半笑いで問いかける僕に対し、トウヤは訝しげな表情を向けてくる。
 何を企んでいるんだとでも言いたげな目をしながら、僕を踏みつけている足に体重を乗せてきた。
 脇腹にトウヤの踵が食い込む。
 

「あいででで! ま、待て待てっ! い、いやね……単純に興味があるんだよ……。僕だってそこそこ便利な『能力』を持ってるはずなのに、ここまでコテンパンにされて……君はその『能力』を使いこなしてるし、さぞ長い時間、異世界に居たんだろう……?」


 負けを認めるような、死に際のセリフのような雰囲気を漂わせながら聞く。
 ハッキリ言ってバレバレの演技だ。
 反撃の機会を窺うための口実だと、トウヤにだって解っているだろう。
 だが…………トウヤは『こういうの』は嫌いじゃないはずだ。


「…………フン……そんな事かッ」


 僕が無抵抗な様子で聞いていると思い、トウヤはフンと鼻息を吐きだした。
 ……意外と簡単に乗ってきたな……。
 他人を見下しているような目つきだけはそのままだ。
 こいつ、もしかして日常生活でもこんな顔で人付き合いしてるのか?


「聞きたいなら教えてやるッ! ……そうさッ! 僕は2年前に何も聞かされないまま、深夜に自宅にいたところを異世界へと召喚されたんだッ!」

「へ、へぇ……? そりゃ災難だったな……」

「そうともッ! これから高校生になって、新しい友人を作り、学園生活を送るはずだったのに……電子の王が君臨する異世界で、悪のアーカイヴスと戦い事を強いられたッ……!!」

「ヒソヒソ(……ねぇ、サトルさんっ……『新しい友人を』って、それって中学校の時からの友人は居なかったって事を自供してないですかぁ……?)」

「(お、お前っ! このバカ女神ッ……!! そういうツッコミは我慢しなさいっ! 今そんな事を聞かれたら、僕がブッ殺されちゃうでしょうがっ……!)」  


 いつのまにか隣に来たと思ったら、トラウマをほじくる可能性の高いヒソヒソ話をしてくる女神を慌てて制した僕だったが、恐る恐る顔を上げたとき、トウヤはどこか斜め上方向を向いて亜空間の空を見上げていた。
 ……よ、良かった、聞かれずに済んだようだ。
 まぁ女神が言いたい事も解る。
 高慢ちきな喋り方と言い、無愛想極まりない表情といい、やっぱり普段からそんな感じの青年なんだろう。
 そりゃ友達なんて出来ないっつーの。


「……2年だ、まる2年だぞ!? オッサン、お前に解るのか!? 僕の孤独がッ!? 2年もの間、異世界のためにあちらの仲間たちと共に戦って帰ってきたんだッ!」

「へ、へェ~、2年か~…………そりゃ、えぇと、なんだ……短いようで長いよね、うん」

「でも……でも、僕がそんな長い間、孤独に戦っていた事なんて、こちらの世界では誰も知らないんだッ! 2年もの時を過ごして帰って来たとき、こっちの世界では1分1秒だって時間が進んでいなかった……ッ!」

「……えっ? それって文句言うところ……? むしろ良かったんじゃ──────」


 そこまで言うと、トウヤは悲劇のヒーローのごとく力なく首を横に振ってみせた。
 あ……コレ完全に『世界』に入ってますね。
 めっちゃ演説してる感じですやん……ドコ向いて喋ってんの、この子。


「オッサン、お前には解らないだろう……2年間の死闘を誰にも理解されず、さらに周囲の人間と比べて、ボクだけが2年も精神的に成長してしまった、この悲しみがッ……! 一夜にしてに大人の感性を持ってしまったボクは、周囲の同世代の人間から避けられるようになったんだッ……!」

「ヒソヒソ(サトルさぁん……これってツッコミ待ちじゃないんですかぁ……?)」

「(やめなさいっ! そこは触れてやるな! 『厨二病丸出しでどのクチが言ってんだ』とか、言っちゃダメだからなっ……! つーかお前が話しかけてくると笑いが堪えきれん! ちょっとあっち行ってなさい……!)」


 ちょいちょい口を挟んでくる転生の女神を、しっしっと追い払う。
 しかし、女神は珍しく不機嫌そうな顔をして異次元からトウヤを睨みつけていた。
 いつも笑みを絶やさないはずの可愛らしい唇が、今はくにゃりとへの字に曲がっている。


「だがボクには、異世界で『マザーブレイン』により授けられたスキル『空間創造クレアズィオーネデッロスパッツィオ』があるッ! そのおかげで、キサマのような悪人を倒すことが出来るんだぁッ!!」

「あ、あのさ……ちょっと気になったんだけど、その『クレアなんとか』っていう技の名前って、異世界で教えてもらったの……?」

「そうではないッ! ボクが使うスキルは全て、ボクが命名したものだッ!!」


 自信満々で、顔を紅潮させて力説し始めた。
 その姿を見て、僕は

 目を閉じ、ため息を吐いた。


 あぁ……
 今なら解る

 僕が異世界で『秘技、ディメンション・スラッシュ!』とか言った時に笑いやがった、異世界の住民たちの気持ちが解る。
 そりゃ笑うよ。
 こんなん耐えられるワケ無いじゃん。
 笑われた腹いせに『ディメンション・スラッシュ』で試し切りをしちゃった異世界の皆さん、本当にごめんなさい。



 だけど



 おかげで、思いついたよ。
 トウヤ、君の攻略方法が。



「……さぁ、おしゃべりは終わりだッ! このままボクの『隔壁セットゥオ』で押しつぶしてやるからなッ! ……敵とはいえ、キサマを殺めてしまうことは、ボクの心に一片の影を落とすだろう……だが、ボクはそれさえも乗り越えてみせるッ……!!」


 心の底からヒーローモードなセリフを吐くトウヤ。
 反撃の手段も思いついた事だし、もう我慢しなくってもい良いだろう。
 トウヤは気付いていないが、彼の真後ろにはぶすくれた表情の転生の女神が漂っていた。


「……サトルさ~ん、私コイツ嫌いですっ」


 女神は、心底ウンザリみたいな顔をして喋り始めた。
 急に自身の真後ろから声がしたのに驚いたのか、トウヤはびくりと身を固くする。
 意外とビビリなんだな。
 僕はそんなトウヤの肩越しに、女神に対して笑いながら答えた。


「奇遇だなぁ、僕もだ。笑いを堪えるのも限界だし、さっさと終わらせて帰ってテレビ見よう!」

「なッ…………何ッ……!?」


 ヒソヒソ話ではなく、むしろトウヤに聞こえるように言い放った女神の意見に賛同する。
 急に動き出した僕を見た彼は、慌ててトドメをさすべく、僕に向かって手をかざす。
 きっと、この至近距離で例の見えない壁を作り出し、僕を押し潰すつもりだろう。

 どの方向からの攻撃も通用しない、ライフル弾すら止め、大仏の重量さえも支える壁を作り出す能力というのは非常に強力だった。
 この亜空間限定の技とは言え、生身で戦ったら厄介な事この上なかっただろう。




 でも、トウヤ君。

 君はまだ

 『空間ごと切れる武器』があるなんて、知らないだろうね!



 僕は『凶器召喚』で、武器を呼び出した。

 手の中に現れた柄を、しっかりと握りしめる。
 長さの割に素晴らしく軽いソレは、妙に手馴染みが良い。
 それもそのはず、『こいつ』は恐らく僕の人生の中で、最もたくさん触れてきた武器だ。

 どうしてこいつを召喚しなかったんだろう。
 こんな強力な武器を。
 僕はこいつを握った時に使える、最高の技を放った。



「聖剣技! 奥義ッ! ディメンション・スラーーーーーッシュ!!!!」


 
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