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第2-1話 食らえ、昏睡魔法っ!

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「ほいっ、と!!」

 私はデコピンをする時のような手つきで、オジサンのひたいめがけて中指をピンとはじいてみせた。
 周囲でお酒を飲んでいる人たちにバレないように、魔力を乗せて。
 指の先がぼんやりと紫色に光る。
 刮目せよ、オジサンっ!
 これが私の使える、唯一の魔法さっ!

「あ、ぇ、んが…………!?」

 目の前でデコピンモーションをした私を不思議そうに見ていたオジサンだったが……数秒後、膝から崩れ落ちるようにして倒れ込んだ。

「んぶっ」

 前のめりになったオジサンは、手に持っていたカラの樽ジョッキを落とし、うつ伏せに倒れてしまった。
 ジョッキが石の床に転がり、音を立てる。
 突然倒れたのが視界に入ったのか、周囲にいる人たちが一斉に私たちのテーブルに目を移してきた。
 私は、すかさず声を上げる。

「あれぇぇ~~っ? オジサン、どうしたんですかぁ? ちょっと、ダメですよーこんな所で寝ちゃ。飲みすぎですかぁ~?」

 あからさまに聞こえるような声で、うつ伏せに倒れたオジサンに話しかける。
 当然ながら、オジサンは反応が無い。
 それもそのはず、私が超強力な昏睡魔法をかけたから!
 ふふふ、どんなもんだい。
 これこそが私がこの異世界で使える唯一にして最強の魔法!
 どんな距離でも、どんな場所でも、相手を瞬時に眠らせるコトができるんだっ!

 この魔法を習得できたおかげで、ネムちゃんと私はコンビになったんだ。
 人々の見る夢を食べて力を増したい幻獣のネムちゃんと、いつでも瞬時に眠らせることができる私。
 何とか元の世界に帰りたい私と、この異世界に居ながら元の世界の存在を唯一知っているネムちゃん。
 いつかネムちゃんが今よりもっと大きな力をつけるコトができたなら、私が元の世界に帰るための手段を得られるかも知れないっ!
 完全なる需要と供給の一致!
 さらに、いかがわしいコトをしようと近づいて来た人を、ホラっ!
 こーーんなカンジで問答無用で眠らせられるのでーす!
 ワーオ! ステキなパワーだねジェームズ!
 誰だよジェームズって。

「う~ん、すみませ~ん! どなたか、この方のお連れさんはいらっしゃいませんかぁ~? 寝ちゃったみたいなんですよぅ~!」

 ちょっと演技っぽい声で、周囲のテーブルに向けて叫ぶ。
 昏睡魔法を使って昏倒させた……なんてバレると厄介だけど、これならオジサンが勝手に寝ちゃったと思われるでしょう。
 私の声が届いたのか、お店の奥の方にいたグループのうちのひとりが気付き、こちらに歩いて来た。

「あれっ? おいゲボルよぉ、寝ちまったのか?」
「あ、こんばんわ。お兄さん、この方のお友達ですかぁ?」

 何食わぬ顔で話しかける私。
 ぐっへっへ、計画通り。
 連れが居たのは好都合、このナンパオジサンを引き取らせよう。そうしよう、そうしよう。
 って、テーブルの上でネムちゃんがこっちを見て笑いをこらえてる。
 や、やめろぉぅ! 私の演技を笑うなぁぁっ!
 あんたが視界の隅でクスクス笑ってたら、私まで釣られて笑っちゃうでしょうがっ!
 私は必死に笑い出したい衝動を抑えながら、演技を続けた。

「この方、お話を始めたと思ったら急に寝ちゃったんですよぉ。私たち、困っちゃって~……」
「えぇ? ……ったく、何だよ。すまねえなぁ、お嬢ちゃん。コイツさっき、お嬢ちゃんの事を見て『カワイイ子がいるから声かけて来る!』って言ってたんだが……まさか寝ちまうとは」
「あらぁ、そうだったんですね~。まぁ私はすごく可愛いから声をかけたくなるのも仕方ないですけど、大丈夫ですかぁ?」
「え、あ、うん……まぁ今日はだいぶ飲んでたからなぁ、ナンパどころか限界だったんだろ。ホレ、帰るぞゲボル……って、全然起きやしねぇな、くそっ」

 昏睡魔法で床に伏したオジサンを起こそうとしているが、全く起きる気配が無い。
 むぅ……魔法はかーなーりー軽めにかけたつもりだったんだけど、頭にクリーンヒットしちゃったかな?
 明日の朝までに、ちゃんと起きるかなぁ?
 うーーーーん……ま、いっか。
 ゲボルという名のオジサンよ、眠れ。3日ほど。
 オジサンの連れと思しき男の人は、ぴくりともせず眠り続けるオジサンを抱え起こすと、引きずるようにしてテーブルに帰って行った。

「相変わらず見事な昏睡魔法だな、ピルタ」

 その様子を見ていたネムちゃんは、笑いながら顔を覗き込んできた。

「んっふっふ、私の魔法にかかれば、ナンパ目的のオジサンなんて一瞬で夢の世界よ!」
「いやぁ、素直に感心するわ。こっちの世界じゃ昏睡魔法ってのは、一流の魔導士ウィザードでも習得できるのはかなりまれな魔法なんだぜぇ」
「へぇ~、そうなの? まぁ私のいた世界じゃ魔法なんて存在しなかったから、使えている私自身が一番びっくりしてるけどね。でもこの魔法があるからこそ、ネムちゃんも夢を食べやすいんでしょ?」
「ああ、そうだな。俺が『悪夢』を具現化させて食おうとすると、『悪夢』にうなされて途中で起きちまうやつが多いからよ。ピルタ、お前の昏睡魔法があるおかげで『悪夢』を食う効率が劇的に上がったぜ」
「えっへっへ~! 私の魔法とネムちゃんの魔法は、相性バッチリだからねっ! それはそうと……」

 私はこほん、とひとつ咳払いをしてみせた。

「ん? 何だ、ピルタ?」
「あのねネムちゃん、ずーっと言ってるけど、私の名前は『ピルタ』じゃなくて『蛭田ひるた』なんだけど!」
「え、あ、はい。どーでもいいです」
「こらぁぁっ! よくないってば! 何で相棒の名前を1年間経っても間違えたまま呼んでるのよぉ!?」

 私の苗字は、『蛭田ひるた』。
 下の名前は、まぁ……いいとして、れっきとした日本人らしい苗字を持ってる。
 ネムちゃんには初めて出会ったあの日に名前を聞かれて、答えたつもりだったんだけど……

「何でって、そりゃあ俺が名前を聞いたとき、お前が顔面ドロドロになるくらい大泣きしながら『ぴるたですぅ~』って答えたからだろうがよぉ」
「あ、あの時は鼻水が出ていたから発音がヘンになっちゃったんですぅ~! もうっ! こうしてあとから訂正してるのに、何で本名で呼んでくれないのよぉ~!?」
「ンなもん決まってるだろ、そりゃあ俺がめんどくさいからだ」
「むきーーーーーーー!!」
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