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第一章:神聖リディシア王国襲撃編

リレウ・アンティエール ⑩

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「完全に気配を消してたねえ。けど、匂いでバレバレよ。次からは気配だけじゃなく匂いも消しておく事をオススメするよ」

ヒメライは自身の鼻を、ちょんちょんとつついてヘラっと笑う。

「あちゃー、気配と魔力、音に関してはしっかり消してたのに、僕もまだまだだなぁ」

リンゲルは落ち込む様子もなく自身の後頭部に手を当てた。彼が先程告げた『気配、魔力、音を消す』という行為。これはそう簡単にできる技ではない。というのも、三重魔法というのは凄腕の魔導師でも数人しか出来ないと言われている。それを至極当たり前のように行なった。

「ふーん。嘘は良くないな~。賢者様は、気配、魔力、音、そして心を消してたよね。【白龍の瞳】の対策として」

「あはは、そこまでバレてたのか。遺鍵クランナ族お得意の秘匿魔法セーク・マジック、【心意無音セムナ】は見せたこと無かったのになぁ」

賞賛するように手を叩きながら告げる。

「・・・あ、正解だったんだね~。魔法名までは流石に分からなかったよ。ただ、賢者様の心が読み取れなかったからそう言ってみただけなのに、教えてくれてありがと~」

「・・・え? それはホントかい?ヒメライ先生」

手を止め、リンゲルが初めて動揺を見せた。

「うん」

ヒメライは気持ちがいい程に楽しそうな笑顔を浮かべて、頷いた。しばしの沈黙。

ドサッ。

数分後にリンゲルが崩れ落ちた。彼は四つん這いになり、

「はめられた・・・。賢者の僕が・・・数十年しか生きてない人間にはめられ・・・こんなこと初めてだ・・・」

めちゃくちゃ落ち込んでいた。先程までの余裕な笑みはどこへやら。今は冷や汗ダラダラでめちゃくちゃ落ち込んでいた。

彼、リンゲルは何千年も生きてきた故に人に騙されたことが1度もなかった。全知全能とまで言われた彼の前に誰もが騙せなかった。そんな彼にとって、今日の体験は初めてだった。そりゃもちろん、めちゃくちゃ落ち込むに決まっている。

「あの、えっと・・・賢者様? 大丈夫、ですか?」

三重ではなく四重魔法を扱っていた事に驚き呆然としていたレティリアは、我に返った後、落ち込むリンゲルに近寄り声をかける。ただ、どうしたらいいのか分からず、中途半端に伸ばした手は彼に触れることなく迷子になっていた。

「・・・ねぇ」

ふと、ベッドの上で膝を抱えて縮こまっているリレウがリンゲルに話しかけた。それに対し、リンゲルは四つん這いのまま、顔を上げた。未だに彼の顔は落ち込んでいる様子だ。

「その・・・助けてくれて・・・がとう」

お礼を言うのが恥ずかしいリレウは少し赤くなった顔を隠すようにして呟いた。彼女がお礼を告げたのは生まれて初めてだ。これまで呟いてきた怨嗟の言葉とは違う。

「・・・ふぅ」

四つん這いで落ち込みまくっていたリンゲルの顔が段々と元気を取り戻していく。どうやら相当、感謝の言葉を言われたのが嬉しかったらしい。そして、彼は立ち上がり、

「さて、素敵な出会いが何なのかって話だったね」

何事も無かった様子で話し始める。

「どうやらレティリア様と君は近い未来、主と従者の関係になると予言されたんだ。そしてその出会いはこの医務室と記されていた」

リンゲルが語るのは、予言神ヴィヌザが記したという予言紙の内容。それがレティリアとリレウ。

『近い内に、聖剣に選ばれし少女と王族の少女が運命的な出会いをする』

それが予言紙に書いてある文章。

「で、その聖剣ってのがこれ」

リンゲルは指を鳴らす。すると、何も無い空間に一振の剣が姿を現し、リレウの目の前に移動した。

「【奇跡剣アロンフェグラル】。それが剣の名前だ。 どうやらその剣は、君が誰よりも【奇跡】を求めているその心が気に入ったらしい」

「・・・【奇跡剣アロンフェグラル】」

リレウはリンゲルが告げた聖剣の名前を呟く。すると、名前を呼ばれた聖剣が嬉しそうに震えた。

「ははは。相当、君を気に入ってるみたいだね。どうだい? その剣があれば、君が求めてきた【奇跡】を生み出すことが出来る。そう、治療法のないその病さえも消してくれる【奇跡】を」

その一言に、リレウは目の前の聖剣に恐る恐ると手を伸ばす。そして、

「・・・お願い。 あなたが・・・【奇跡】を生み出すなら・・・私を」

【奇跡剣アロンフェグラル】の柄を、

「・・・救って」

握った。

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