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父子の契り ※ 実父琢己×一博 ※

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 半月後、一博は自主退院――脱走した。  
 誰もが驚く驚異的な回復力で、わずかな傷跡さえ残っていなかった。
 玄関にいた若い部屋住みの舎弟たちは、一博の帰還に驚いた。

 廊下で、母親とともに出かけようとする祐樹にすれ違った。
 黒地に墨色の紋様の入った生紬訪問着を着て厚化粧をした典子は、視線も交わさずさっさと玄関に向かう。
 祐樹は歩を止めて一博の腕をつかみ、声をかけてきた。
「すごいじゃん。一博。驚いちゃったよ~」
「テメエのそのねちっこい話し方、なんとかしろよ」
 祐樹の手をふりほどくと、汚いものに触れられたように、パッパッと払った。
「一博、無事で良かったよ。ライバルが居なくなっちゃ僕としても困るからさ~」
「ふん」
 一博は鼻先で笑い、そのまま琢己たちのいる座敷へと向かった。まだ何か言いたげな祐樹は無視した。

 てめえなんか、ハナっからライバルなんかじゃない。
 この家の実権を握ったら、くそ婆ァと一緒に叩きだしてやる。


 一博はをなめきっていた。だが……しばらくののち、そのことを思い知らされることになる。

       









 琢己が、座敷に幹部連中を集めて訓示していたときだった。
「失礼します」
 襖が開いた。
 廊下には正座した一博の姿があった。

「一博。退院したのか。それにしても……」
 琢己は驚いた。一博が別人のようだったからだ。

 入院中に筋肉が落ち、代わりに、ゼロに近かった脂肪が、わずかながらついている。
 体全体が丸みを帯び、隠れていた女性的要素が顕在化していた。
 尖がったイメージが影を潜め、女性と見紛うはかなささえ感じさせる風情に、琢己は若い頃の房枝を重ね合わせた。

 出された茶を静かに飲むしぐさも、房枝にそっくりだった。うつむいた頬はふっくらと女性的なラインを描いている。

 ほんのわずかな体の変化でこれほど印象が変わるものか。
 琢己は戸惑った。

 そういえば……。
 初めて訪ねてきたとき、生人形の『谷汲観音像』にそっくりだと思ったな。
 男でもない女でもない観音の人形を思い出した。



 一博の出現で、集まりは中断され、潤や他の幹部たちはぞろぞろと退出した。

「おやっさん。ちょっと庭を散策しましょう」
 一博は、伏目でチラリと見て、そのまま返事を待たず庭に降り立った。

 まさにあの生き人形だ。
 思いながら、一博のあとを追う。

「一番奥にある大きな夾竹桃は、今時分、満開ですかね」
 一博が、飛び石の上を伝い、広い庭の奥へといざなう。

 打ち水をされた夕刻の庭は、想像以上に涼しい風が吹き渡っている。
 紅色の花が咲き乱れる夾竹桃。
 ふだん目に入らなかった紅色が琢己の視界を彩る。
 黒づくめのスーツ姿の一博は影が薄く、咲き乱れる夾竹桃の中に今にも溶け込みそうだった。

 庭の奥は塀をはさんで裏山に続いて、借景になっている。
 どちらからともなく足は苔むした庭の奥へと向かう。

 離れ座敷の前に来ると、一博が、上目遣いに顔を見上げてきた。
 琢己は黙って雪駄を脱ぎ、縁側に上がった。
 障子を開け、一博を招き入れると再び障子を閉めた。


 今夜は潤を呼ばなくともよくなった。
 琢己は、部屋の中央に敷かれている布団に目を向けた。


 一博は、静かに上着を脱いで、二つ置かれた乱れ箱の一つに丁寧に収めた。

「よろしくお願いします」
 正座した一博は、深々と頭を垂れた。
「いいんだな」 
 言いながら、一博を立たせ、胸の中に収めた。
 二メートル近くある琢己の腕の中に、百八十センチの細身な身体が、すっぽりと収まる。

「一度だけ……」
 一博の声は震えている。
「ほんとうにいいんだな」
 うなずく一博の顎を上向かせて、唇を重ねる。

「オヤジ……さん」
 一博は吐息のような声を吐き、琢己の唇を激しく求めてきた。

 柔らかな唇を甘噛みしてやる。
 唇の間を割って、舌をねじ込む。
 恥じらいをみせる舌を追いかけ、そして捕らえる。

 静寂の中に甘い響きが流れる。
 同じDNAを持つ唾液は好ましい香りだった。
 愛おしさがこみ上げる。
 同時にためらいが脳内をかすめた。


 唇を放し、一博の黒い瞳を見詰めた。三白眼で強い光を放つ瞳も、今は黒々と濡れている。
 きつく抱きしめ、髪を撫でる。
 一博の髪が琢己の武骨な指の隙間をサラサラと流れる。
 整髪料だけではない、甘く、懐かしい香りが琢己の鼻をくすぐる。
 房江の香りだ。琢己は思った。

 我が子を抱くのではない。遠い日に失った房枝という激しい炎を今一度この手で抱くのだ。
 そう思うことにした。



 一博のシャツを粗々しい手つきではぎ取った。一博がピクリと身を震わせる。
 シャツの下は素肌だった。
 淡いライトに白い肌が映える。胸に指をはわす。きめ細かく滑らかな肌は潤とはまた違った質感だった。

 この肌にはどんな彫り物が似合うだろう。琢己は夢想した。

 乳首は色素が薄く、小ぶりだった。
 薄く色づいた乳首がふっくりと立ち上がる。
 掌で胸襟ごと揉みしだく。あくまで優しく。
「ん、ん」
 恥じらいに満ち、押し殺した声が初々しい。
「初めてなのか」
 琢己の言葉に一博が小さくうなずく。


 そういえば……。
 潤に手ほどきしたのもこのオレだ。当時の潤の初々しさを思い出して口元が緩んだ。

 ベルトを外し、ズボンをおろしてはぎ取った。琢己なりの優しい手つきで……。
 下着はまだ残してある。
 一博の身体を抱いて白いシーツの上に横たわらせた。
 大事な人形のように。

「ペニスは単純だ。男同士は駆け引きが要らない。締まり具合だって女と比べ物にならないんだ。ま、女は女の良さがあるから、このオレのように、どちらも極めればいいがな」
 琢己はついつい饒舌になる。

 ゆっくりと下着をはぎ取った。一博の頬が染まる。
 すでに一博自身は立ち上がっていた。
「元気があるな」
 軽々と抱き上げて布団の上に押し倒す。

 一博のモノを口に含み、舌を裏側に当て、強く吸う。そこだけに集中する表情が愛おしい。
 先端から先走りの露が、絶え間なくこぼれだす。

 敏感な裏側を攻める。舌先を左右に舐め擦る。
 ねっとりと、丁寧に、そして激しく、緩急をつけて。
「あ、う。んんん」
 一博が顎をのけぞらせる。両腕で顔を隠すしぐさが嗜虐心をそそる。

 若い肉体はこらえられない。たちまち高みへと到達する。
「ああ……っ」
 しなやかな体が痙攣する。
 口中に熱い若さがほとばしる。
 琢己はごくりと飲み干した。


 一博を四つん這いにした。
 コンドームをすばやく装着し、自身にローションをたっぷりと塗る。

 一博の花弁が押し開かれて顕わになった。
 淡く色づき、ひくひくおののいていて、琢己の雄を待ちわびている。
 恥じらいに上気するさまが初々しい。

 じらせるように花弁にそっと触れると、一博の身体の緊張が伝わってくる。
 ローションをたっぷり掬い取った人差し指を差し入れ、入り口をぐるりと撫でる。それだけで、一博自身が頭をもたげる。
 指を増やし、さらに奥へとローションを塗る。花弁が指を強い力で締め付ける。

 凝視されてぴくぴくとおののく花弁がなまめかしい。
 一博は恥じらいと恐怖で無言だった。

 可愛いやつめ。

 じっくり解す。
 それだけで獲物の身体が反応を返す。
「任せておけ。男同士の良さをゆっくり教えてやる」
 琢己の言葉に一博が小さくうなずく。

 雄の先端をあてがっただけで、花弁がきゅっと締まった。
 一博の雄はすでにしっかりとした硬度をもっている。先端がポロポロと涙をこぼす。
「いくぞ」
 ゆっくりと攻め入った。
 まだ蹂躙された験しがない、可憐な花弁の奥へと。
「ん、ん、ん」
 閉じた口からくぐもった呻きが、空間に漏れ出す。


「ひあっ。ううあ」
 押し殺した叫びが一博の口から流れ出す。
 それは天上の歌に聞こえた。
「つつっ。んんん」
 喘ぐ柔らかな声がたまらない。
「誰にも聞こえやしない。もっと声を上げていいぞ」
 琢己の声掛けにも、一博は恥じらいを見せて、声を押し殺す。


 いつの間には激しく体を打ち付けていた。
 肉体のぶつかり合う音が命を歌う。若い身体が応える。
 琢己を捕まえて離すまいとギュッと締め付ける。
 己の雄をコントロールしつつ、一博の高まりに合わせる。

「いくぞ」
 一博の中に精を解き放った。同時に……。
「ああっ」
 可憐な一博の雄蕊からも、愛がほとばしった。

 一博の身体が力を失って突っ伏す。
 琢己はうつぶせになって力を失った体を、優しく仰向けに横たえた。



 余韻に浸る間も無かった。
 一博が肩に手を回して、強く抱きついてきた。雄の象徴はすでに力を取り戻している。
 琢己は一博の蕾の周りを舐め、舌先でつついてやる。アリの門渡りを舌先でくすぐった。
 感じて艶めく表情が琢己を昂らせる。
「来て」
 一博の唇が小さく動いた。






 お互い、何度、果てたかわからない戦いは終わった。



「最初で最後の契りということで……」
 身じまいを糺して正座した一博に、女性性はもはや微塵も無かった。
 以前の気迫が戻っている。
 深々と頭を下げた一博に、気圧されている気がして、琢己は苦笑した。
「おう。わかっている」
 即座に答えた。

「無かったことにしよう」
 琢己の言葉を背に、一博は座敷を後にした。
 

 二人はまたもとの二人に戻り、再びの機会を持たないはずだった。





     




 ここ数年は、関西大手の神姫会との抗争も小休止状態で、平和が保たれていた。
 七月一日の益田組の一件も、神姫会から派遣されていた森本の暴走が発端である。ために全面戦争は避けられ、関東、関西の両巨大組織はめでたく手打ちということで治まった。
 両者とも、極道社会の最近の衰退に、抗争はさらなる取締りを招くだけとの一致があったからだった。

 それでもいつまた抗争の火種が再燃し始めるとも限らない。
 手打ちに不満の者たちも多かった。しかも、昨今は、中国マフィアを始めとして、不良外国人勢力の台頭も看過しがたくなってきた。

 一九九二年三月の暴対法施行以来、旧来のヤクザ稼業は斜陽の一途をたどりつつある。だが、それは、表面的なことである。
 一部はさらに暴力的集団となって地下に潜り、シノギの手口も悪辣化巧妙化していきつつあった。
 ドスで渡り合って勝敗を決するといった旧来の出入りも、今は昔である。どの組も銃器を数多く手に入れることに、さらに腐心するようになっていた。
 
       
 当初、一博は、債権取り立ての仕事を任されていた。
 回収が困難な貸し金や、裁判では何年も待たされて困るといった事情のある貸し金を、貸主の依頼で取り立ててやり、取り立てた額の半分をいただく。なかなか良い商売だった。
 一博は法学部卒であるだけに、脅しをかけて取り立てるだけしか能のない組員たちと比べ、回収率は良かった。

 だが、一九九八年十月成立の債権管理回収業に関する特別措置法により、弁護士以外でも法務大臣の許可を得て不良債権の回収が可能になった。
 民間の専門会社が誕生し、債権取り立てのヤクザへの依頼が減少傾向にある。

 一博は他のしのぎを考えた。
 語学力を生かして外国人と接触し、銃を密輸入して売りさばいたり組のために収集したりし始めた。
 従来普及していた旧ソ連製のトカレフは、大きく精度もいまひとつである。代わってロシアからマカロフが入るようになった。
 マカロフのほうが小型で扱いやすく、殺傷能力も高い。
 最近ではマカロフの人気が上がり、北海道を窓口に、ロシア・マフィアから多量に入ってくるようになった。
 現地に足を運び、直接交渉して仕入れに力を入れた。組織の資金源としてなかなかのものだったので、琢己を大いに喜ばせた。

 そこまでは良かった。だが、欲が出る。
 英語圏の外国人との付き合いの延長で、コロンビア人やボリビア人の手を介して、コカインやヘロインその他ドラッグの売買にも手を染めていくようになり、覚せい剤も扱うようになった。

 琢己には内密だった。昔気質の琢己は、シャブに手を出すことを極端に嫌悪していたからである。もちろん、末端の三次組織、四次組織の組あたりまでくると、現実問題として、会長の琢己の目がいちいち行き届くわけはなく、シャブを主な資金源としている組も多かったが……。
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