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第七章 皇女編

皇女編3話 煉獄のセツナ

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いつものようにクエスターに先導してもらい、アシェスに背中を守ってもらいながら要塞内の廊下を進む。

ここは最後の兵団の本拠地、通称「白夜城」だ。

白いコンクリートの防壁に囲まれた白亜の要塞は、白夜城の名に相応しい威容を誇っていた。

奥の間に続く扉の前に待っていたのは、軍服姿の美しい覇人女性だった。

ボク達が近づくと軽くウェーブのかかった髪をかき上げ、優雅に一礼してから言上を述べる。

「ようこそ、スティンローゼ様、私は双月(そうげつ)アマラと申します。皇女様にお越し頂き光栄の至り。最後の兵団団長、朧月刹那(ろうげつせつな)の元に案内いたします。こちらへどうぞ。」

アマラさんが扉に手をあてると、ギギィという音と共に両開きの扉が開いた。

アシェスが気安い口調でアマラさんに話しかける。

「久しいな、アマラ。ナユタはどうしてる?」

「セツナ様について奥の間にいます。剣聖のお顔を見るのも久方ぶりですね。相変わらず男前です事。」

アマラさんの言葉に少し赤くなるクエスター。

長身の金髪美男子で女性にすっごく人気があるのに、クエスターは若い女性が苦手だ。

例外はボクと幼馴染みのアシェスぐらいだろう。

「あら? 赤くなられましたね。私やナユタにはそろそろお慣れになったかと思いましたが?」

「ゴホン、からかわないで頂こう、アマラ殿。」

美形なのに純情なのがクエスターの可愛いとこだよ。いつまでも変わらないで欲しいな。

アマラさんの前では、クエスターじゃなくても赤くなりそうだけどね。

ボク達の前を歩くアマラさんって女性(ヒト)はすごくセクシー、いや妖艶っていうのかな?

長く伸ばした艶のある黒髪が特徴的だけど、艶があるのは髪だけじゃない。ルージュにも歩き方にも艶がある。

全身、これ艶って感じだ。夢中になる男の人が多そうだなぁ。

アシェスも凄い美人で子供っぽいボクの憧れなんだけど、女を磨くって事には疎いみたいだ。

対してこのアマラさんって人は女を磨くのに余念がなさそう、アシェスと並んで歩くと磁石のS極とN極みたい。正反対の存在だけど、仲がいいみたいだし。

そんな事を考えながら歩いているうちに、一際荘厳な造りの扉の前まで来ていた。

「アマラです、スティンローゼ様を案内して参りました。」

アマラさんが扉に向かって言葉を発すると、ゆっくりと扉が開いてゆく。

よそ行きモードの時間だ。ボクがしっかりしないとアシェスとクエスターが恥をかいちゃう!

荘厳な扉の中にはガルム風の瀟洒な空間が広がっていた。

ロウゲツ団長って元は朧京の皇子様だから、てっきりオリエンタルな空間かと思ってたけど、考えてみれば荘厳な扉と調和しないよね。

瀟洒な室内で出迎えてくれたのは、部屋の瀟洒さが霞むような華麗で美形の男性だった。

「最後の兵団団長、朧月刹那と申します。お見知りおきを。」

アマラさんとお揃いみたいな、長く艶やかな長髪、優雅な物腰に一瞬とまどってしまった。

ザ・皇子様って感じだよぉ!アデル兄様には悪いけど、ノーブルさではロウゲツ団長の完勝っぽい。

気を取り直してよそ行きだよ、よそ行き!………よそ行きモード、スイッチオーン!

「リングヴォルト帝国皇女、スティンローゼ・リングヴォルトと申します。勇名を馳せし最後の兵団団長にお目にかかれて光栄です。」

出覇(いずるは)式にお辞儀をして返礼する。

「話に伺っているより随分、大人びた淑女であらせられますね。驚きました。どうぞお掛け下さい。」

ロウゲツ団長が合図すると、入口近くで待機していた短い髪のボーイッシュな美人が近づいてきて、椅子を引いてくれる。

この方がナユタさんかな?

ボクは椅子に腰掛け、アシェスとクエスターに軽く視線を送ってから、

「私の剣と盾に子供っぽい皇女だとお聞き及びになっていたようですが、精一杯背伸びさせて頂きますね。」

………ボクの視線を受けた騎士二人はバツが悪そうに顔を逸らした。

「ハハハッ。よそ行きではなく素顔の皇女様も是非見てみたいものです。」

………たぶん、ロウゲツ団長はこれが地なんだろうな。

元皇子の方が現皇女よりよっぽど高貴な振る舞いが板に付いてるって………

「是非、お転婆な私もご覧になってくださいませ。パイプオルガンの音色でも聞かせて頂ければ、踊って差し上げますから。」

「ほう、私の趣味がパイプオルガンだとよくご存じですね? 滅多に人前では弾かないのですが。」

はわわ!あてずっぽうで言ったら本当にパイプオルガンが趣味だったよ!

「団長はパイプオルガンを弾かれるのですか!初めて知りましたが?」

アシェスの声とクエスターの顔からして、二人とも知らなかったみたいだ。

そして今、二人は思ったに違いない。最後の兵団の団長だけあって、ラスボス力(リョク)高すぎって。

………なぜならボクもそう思ったから。風格ありすぎだよこの人。「煉獄」の異名がピッタリだ。




紅茶を飲みながら社交辞令に包まれた会話を続けるうちに、ボクのよそ行きパワーはどんどん減衰してゆく。

このままだとそのうちボロが出ちゃいそうだ。頑張れ、頑張れ、ボク!

「スティンローゼ様、せっかくですから要塞内を見学しては如何でしょう?」

ロウゲツ団長って気遣いの人でもあるみたい。ボクの限界を察してくれたようだ。

「お言葉に甘えさせて頂きます。私、基地というものを見た事がないものですから。」

実際、興味津々だよ。見た事のない風景、世界って心が躍るもの!

「ではアマラに要塞内を案内させましょう。クエスターとアシェスは残ってくれまいか? 次の作戦の打ち合わせをしたくてね。」

ボクの騎士二人は頷いた。って事はこのアマラさんは相当腕が立って信用出来る人って事だ。

「それでは案内いたします。」

ボクはアマラさんの案内で白夜城見学ツアーに行く事にした。




「もう肩の力を抜いて大丈夫ですよ、皇女様。ご立派でした。」

「頑張って背伸びしてみました。失礼がなければ良いのですが。アマラさんの目から見てどうでしたか?」

「スティンローゼ様、正直に申し上げてよろしいですか?」

「はい、それと私の事はローゼとお呼び下さい。響きが好きなのです。」

アマラさんはニッコリ微笑んで、

「ではお言葉に甘えましてローゼ様、私の感想ですが、クエスター殿とアシェス殿が忠誠を誓うだけの事はある、と感服致しました。」

「………ありがとう、何より嬉しい褒め言葉です。」




ボクはアマラさんに要塞内を案内してもらいながら、色んな話を聞かせてもらった。

アマラさんとナユタさんは朧京から一緒に亡命してきた団長の眷族で姉妹なんだそうだ。

それでセツナ様って呼んでるのか、代々の家臣として支えているんだね。

「朧京は随分前に機構軍が奪回して、今は我らの陣営の都市のはず。どうしてロウゲツ団長が皇子として、いえ統治者として復権出来ないのですか?」

「政治ですわ。」

「政治?」

「現在、朧京は機構軍の直轄管理都市として為政がなされています。そこには利権が生じる。」

「………軍の高官達が利権を手放さない為に故郷に帰れないのですか!酷い!ロウゲツ団長が機構軍の為にどれほど貢献しているかぐらい私でも知っています!」

「我らの手で朧京を奪い返していれば、話も違ったかもしれませんが………機構軍上層部はまだ朧京をセツナ様に返還するには功績が足りない、と考えているのでしょう。」

最後の兵団は機構軍最強の部隊だ。ロウゲツ団長はそこまで兵団を育て上げたというのに………まだ足りないって言うの!

「その上層部の中には私の父で機構軍元帥のゴッドハルトもいます。申し訳ない思いです。」

「皇帝陛下は兵団に様々な便宜を図ってくださいます。アシェス殿やクエスター殿も皇帝陛下の意向で兵団に派遣されている。ローゼ様がお気になさる必要はありません。セツナ様も私達も皇帝陛下のご厚情に感謝しています。」

ちょっとホッとした。父上は厳格な人だが不公正な人ではないみたいだ。

わ、綺麗な中庭だ。芝生が敷き詰めてあって、噴水があって、植樹も見事、………それに犬がいて…………ちっちゃな女の子が………いる。

ここって軍事基地なのに………ちっちゃな女の子!? 一体どうして?

ボク達に気付いた女の子はテテテッって感じであっという間に駆け寄って来る。足はやーい!

「こんにちは!キカだよ!」

ぺこりと頭を下げた後にクリッとした目でボクを見上げてくる。

………このコ可愛い!ツインテールが超似合ってる!

「ボクはスティン………私はスティンローゼ・リングヴォルト。元気がよいのですね?」

アマラさん、含み笑いが漏れてきてるよ?………とうとうボロが出ちゃったか。

「うん。キカはいつでも元気!」

「キカちゃん、この方はリングヴォルト帝国の皇女様なのよ? お行儀よくしてね?」

「そうなんだ!キカ、皇女様を見るの初めてだよ!」

元気印◎を上げたいなあ。キカちゃんの隣では大きな黒狼犬が尻尾を振ってアピールしてる。

「このコは太刀風っていうの!」

「ガウガウ!(お初にお目にかかる!)」

「はじめまして、太刀風。いいお名前ね。」

「ガウ!ガウガウ!(お褒めに預り恐悦至極!)」

こ、古武士みたいな犬だよ、このコ!

「ひょっとしてローゼ様はアニマルエンパシーをお持ちですか?」

「はい、一応は。」

希少能力アニマルエンパシーはボクの数少ない取り柄だ。

「ねえねえ、ローゼ様!キカと遊ぼうよ!」

「ガウ!(是非にも!)」

「ローゼ様、キカちゃんと遊んであげて下さいますか? 私は噴水のところで見守っておりますから。」

アマラさんにそう言ってもらえれば遠慮しなくていいよね!



いつも周りは年上ばっかりだもん。ボクだってたまにはお姉さんっぽい事をしてみたい!



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