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第六章 出張編
出張編41話 デイジーの花言葉、それは平和
しおりを挟むワイドショーの関心が薄れるまで一週間かかった。
その間に受けたくもない取材を何度か受ける羽目になるし、散々だった。
これならカリキュラムの実技演習を受けていた方が、よっぽどマシってもんだ。
一週間で関心が薄れたのには理由がある。
もっと大きなニュースがあって、そっちに関心が移ったからだ。
そのニュースというのは災害、リグリット周辺部の衛星都市で疫病が発生したのだ。
いや、災害ではなく人災というべきなのかもしれない。
疫病の名は「化外人の黒死病」、この世界じゃそう呼ばれている。
化外なんて侮辱的な呼び方だと思うが、この世界の人間が戦争で覇権を争っている中央領域から離れた地のコトを化外と呼んでいるのは事実だ。
化外とは要するに、40年前に起きた世界規模のバイオハザード「大暴走の日」で人間の住める領域ではなくなった場所の総称で、世界の半分近くを占める。
地理的には大雑把に言って、元の世界の北米、南米大陸やアフリカにあたる場所が化外に該当するようだ。
………だが、化外の地に人間が皆無というワケではないらしい。
僅かながらだが父祖の地の留まった人達もいて、彼らは「化外人」と呼ばれている。
マリカさんから聞いた話だけど、アスラ部隊のカーチスさんは化外人なんだそうだ。
カーチスさんの故郷、アトラス共和国は化外にある。そこで生まれ育ち、疫病で手足を失ったのだと。
「だからな、カナタ。カーチスの前で化外がどうこうって話はするな。普段は陽気でおバカなリーゼントの中年だが、化外の話にだけは人が変わる。」
そう言われた。カーチスさんにとって故郷が化外と呼ばれ蔑まされているコトは我慢ならないんだろう。
オレも離れてみて故郷の懐かしさや有難味がよく分かった。
もう一度この世界に帰ってこれるなら帰郷したい思いはある。
カーチスさんの前では言えない話だが、中心領域の人間が化外人を嫌うのにも理由がある。
その大きな理由がアウトサイダーペストだ。化外から持ち込まれる疫病で、致死性は低いが感染力は高い。
インフルエンザみたいに色んなタイプがあって、別種の疫病の場合もある。
化外からきた疫病全般をアウトサイダーペストと一括りに呼んでいるって事のようだ。
そんな疫病がリグリットの衛星都市で発生したら、テロ事件の話題なんか吹っ飛ぶよな、そりゃ。
もう一つの理由は化外に住む人間には結構な割合で、中央領域からの逃亡者がいるってコトだ。
普通、理由もなくヒトは逃げない。ましてや厳しい生存環境にある場所になら、なおのコトだ。
つまり化外人には犯罪者や脱走兵がかなりいるってコトも疎外される理由らしい。
「疫病の原因はやっぱり化外からの密入国者だったみたいね。検疫局がヘボだった可能性もあるけど。」
リリスは立体テレビで正午のニュースを見ながら、憂鬱そうな顔をしている。
せっかく昼飯にルームサービスでロブスターをとったのに、気分が台無しってトコかな?
「アウトサイダーペストって治らないのか?」
オレはロブスターの身をほぜりながら聞いてみた。
「治るわ。ワクチンさえあれば。それに3世代型以上のバイオメタルには、まず罹らない。免疫機能が高いから。」
「だったら人類全部に3世代型以上のバイオメタルアンプルを投与すりゃいいダケじゃないか。なんだってそうしない!」
「私に怒んないでよ。准尉、バイオメタルアンプルって戦車に比べれば安上がりってだけで、基本的に高価なモノよ。戦争でバカみたいに浪費を続けるこの世界で、兵士以外に回すアンプルがある訳ないでしょ。」
この世界はやっぱ狂ってやがんな。
「イスカは商売繁盛ね、グループ企業に製薬会社があるから。」
「………オレらは非難する立場にねえな。その司令の恩恵にあずかってる身だ。」
「准尉って本当に卑屈になる理由探しが好きね!よくない趣味よ、卑屈探しって。」
よかった探しをやるのはポリアンナ症候群に罹ってるヤツぐらいだよ。
………ジト目で見んなよ。わかったわかった。たまにはよかった探しでもやってやるよ!
「大元の罹患者の身柄を確保、か。大事に到りそうにないのはよかったな。」
「そーね、発見が早かったおかげで範囲も絞れてるみたいだし、2~3日で収束するんじゃないの?」
「死者も出なかったみたいだし、よかったよかった。」
「最悪の被害を出した時は10万人が死んだらしいわ。葬儀屋は大儲けね。」
………悪性のアウトサイダーペストなら死人は出るってコトか。
「葬儀屋は今でも大儲けだろ。絶えず戦死者が出てるんだから。」
「私も葬儀屋を始めようかしら。喪服の似合う女だし。」
リリスは黒の似合う女の子だけど、ゴスロリにしといてくれ。喪服は勘弁だ。
そんなコトを考えていたらハンディコムが鳴った。マリカさんからだ。
「カナタ、すぐに軍服に着替えて屋上のヘリポートに来い!」
「了解!なにがあったんです?」
オレはハンディコムをハンズフリーにしてから、クローゼットから軍服を出して着替えながら問い返す。
「衛星都市で暴動が発生した。ワクチンの奪い合いから始まった騒ぎに火がついて、封鎖区域の一部の群衆が暴徒化して暴れてるらしい。」
「でも部隊がいるワケじゃなし、オレらだけでどうすんです?」
「狼眼を極弱でかけるのはもう出来るだろ? アタイが片っ端から眠らせていく、それでも暴れる輩にゃ少々痛い目をみてもらうのさ。」
「了解!後一分でヘリポートに行きます!通信終わり!」
ハンディコムを軍服のポケットに入れて、ホルスターごと銃を手にする。
「私が行っても役に立ちそうにない作戦ねえ。」
「ああ、だからお留守番頼むな!」
「ちゃっちゃと片して帰ってきなさいよ。晩御飯にリリス特製チャーハンを作っておくから。」
多分エビチャーハン、いやロブスターチャーハンだな。リリスさんは食材を無駄にするのが嫌いだから。
「卵汁と搾菜もつけてくれ!じゃあな!」
部屋を出て最高速度でホテル内を走り、屋上に向かう。
もうスタンバイされていた小型の軍用ヘリに乗り込み、作戦予定地の地図が映ったタブレットをマリカさんから受け取った。
「テロの次は暴動ときたか。刺激的な毎日で楽しいな、同志。」
ヘリの操縦桿を握るのはもちろん同志アクセルだ。
「デイジーの花みたいに平穏で平和な生活って、どうやったら手に入りますかねえ。」
「はん、カナタの癖にデイジーの花言葉なんか知ってんのかい?」
マリカさん、のび太の癖にみたいな言い方ヤメてくださいよ。
マリーゴールドの花言葉が分かんなかったから、少し勉強したんです。
「………カナタ、花屋に行って買えば?」
「そりゃ花屋に行けばデイジーの花束ぐらい売ってるだろうけどさ。でもよナツメ、平和もセットでついてくんのか?」
「………知らない。デイジーの花束なら貰ってあげてもいい。」
「へえ、ナツメでも花束は嬉しいのか。女の子みたいでなによりだ。」
ん? ナツメの額あたりがピキッっときたような気がするけど………
「………代わりにアザミの花束をあげる。」
アザミの花言葉ってなんだったっけ? え~と、確か………
「アザミの花言葉って復讐じゃねえか!ナツメ!おまえオレになんか恨みでもあんのかよ!」
「………カナタに恨みがない人は死人だけ。」
「どんだけオレは嫌われ者なんだよ!生者全員に恨まれてんなら、オレに安息の地はねえじゃねえか!」
「………カナタに安息の地なんかある訳ないでしょ。ば~か。」
言いたいコトを言っといて、プイッって感じでソッポ向きやがった。
ぐぬぬ、可愛いだけに余計に腹立つわぁ!
「同志が悪い。ナツメに女の子みたいなんて言うからだろ。機微ってモンを理解しような?」
「だね。カナタは下水管を這いずり回るドブネズミの排泄物を食ってる糞虫以下の最低野郎だねえ。」
「………マリカさん、そこまで言います?」
「控え目に言ったつもりなんだけどね。お遊びはここまでだ。作戦説明を始めんよ!まず………」
ヘリの中で作戦説明を受けたオレとナツメは、衛星都市市街地域の暴徒が暴れる商店街にロープで降り立ち、着陸の安全を確保する。
もう略奪が始まってるか。軍人であるオレ達に投石してくる輩もいる。
顔の近くに飛んできた石をサイコキネシスで弾いて、オレとナツメは暴徒の群れと対峙した。
着陸したヘリから悠々と降りてきたマリカさんからの命令が下る。
「ナツメは商店に侵入した暴徒を黙らせろ。少々痛い目に合わせて構わん。アタイとカナタはバカ騒ぎしてる連中の教育にいく。」
そう言ったマリカさんの緋眼が真紅の輝きを放ち、暴徒の最前列の連中は糸の切れた人形のように倒れていく。
一般人なら邪眼に抵抗の余地はないからなあ。緋眼はいいよな、狼眼と違って眠らせて無力化も可能だ。
結局、衛星都市の正規軍との共同作戦で、三時間ほどかかりはしたが暴動は鎮圧出来た。
大変だったのはむしろ後始末だった。
再度の暴動が起きないよう手配し、暴動の元になったワクチンを警護しなきゃならなかったからだ。
おかげでオレがスーペリアに帰ってきたのは、カボチャの馬車が迎えにくる時間になってしまっていた。
待ちくたびれたリリスはテーブルに突っ伏して眠っていた。
オレはそっとリリスを抱えてベットに寝かし、遅い晩メシにありつく。
小鍋の卵汁を電磁調理器で温めながら、搾菜をつまみ食いする。
リリス特製ロブスターチャーハンを炒め直したら、リリスが起きちゃうよな。
眠ってる時は天使のようだと評判の高いリリスさんだ、天使のままでいてもらおう。
オレは冷めたチャーハンをレンゲで口にし、思い出した。
出来のいいチャーハンって冷めてても美味しいんだったよ。ありがとな、リリス。
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