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第六章 出張編

出張編38話 ゴーストナンバーズ

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「すまねえ、少佐。俺の躾がなっちゃいなかった。」

鋭い、鋭すぎるナイフのような目をした男は傍らのツインテールの少女の頭を掴み、引きずるように下げさせた。

「………ごめんなさい、少佐。キカ、反省してるよぅ。」

少佐と呼ばれた男はパソコンを操作していた手を止め、椅子ごと青年と少女に向きなおる。

「ん~、やっちまったもんはしょうがなかろうよ。キカは言いつけを守れない悪い子だなぁ。」

まだ若そうなのに年寄りじみた雰囲気を醸し出す兄妹の上官は、キカの頭を拳でコツンと叩いた。

「てへっ♪」

キカはチョロっと舌を出し、はにかんだ笑顔になる。

長兄の魅猿みざるにたっぷり絞られた後だったので、てっきり少佐にも怒られると思っていたのだ。

「少佐ぁ!少佐がそうやってキカを甘やかすから、こんな事になんじゃねえか!」

ミザルの怒りの鉾先は上官にも向かった。とかく短気でキレやすい男なのだ。

キレた部下に対しても、少佐と呼ばれた男は動じない。

やる気を微塵も感じさせない死に鯖のような目で煙草を燻らせるばかり、それがミザルの怒りの沸点を引き下げる。

この男が死に鯖のような目をしているのは、部下キカの不始末によって放心しているのではない。

元から死に鯖のような目をした男なのである。

その事をこの男の一番の子分を自認しているミザルはよく知っている。

………少佐は大物なんだが無気力なのがなぁ。同盟の連中は幸運だぜ、とミザルは思う。

この男の目に光が宿る時には………同盟兵士の死体の山が積み上がるからだ。

ミザルの上官は「死神」と呼ばれる機構軍の軍人、正確には少佐待遇特殊軍属だ。

死神は死に鯖のような目をディスプレイに戻した。

背中を向けたまま、なだめるようにミザルに声をかける。

「ミザ、キカのやらかした事はもう責めんな。キカが天才頭脳を持っている事、高い身体能力を持っている事、兄が二人いる事、少佐と呼ばれる上官がいる事、バレたのはここまでだ。問題ない。」

「問題ありすぎだろ!どんだけバレまくってんだよ!ただでさえキカは超可愛いから目立ちまくるんだぞ!」

超可愛いという兄の言葉に反応して、キカは照れ照れの顔になる。

あんちゃん!キカはちょ~可愛いの?」

「キカァ!な~に嬉しそうな顔してんだぁ? おまえホントに反省してんだろうなぁ?」

「してるよ!ちょ~してるモン!」

「キカ、一応、用心の為に隣の部屋で警戒に入れ。ちゃんと反省しながらな。今度ミザの言いつけを破ったら、お尻ペンペンだぞ?」

「あいさー、ぼす!キカ、警戒任務に入ります!」

キカは可愛く敬礼すると、軽い足取りで隣の部屋に向かった。

バタンとドアが閉まった後、凶器のような目を持つ男ミザルは、死に鯖のような目を持つ上官にグチを言う。

「少佐、あんましキカを甘やかさねえでくれ。ただでさえ末っ子で甘えんぼなんだ。」

「いいじゃねえか。それにキカはミスもしたが、手柄も立ててる。俺達の事が同盟軍にバレてたのを掴んでくれた。その対応もな。それさえ分かりゃ、いくらでも打つ手がある。」

「キカの聴覚は蝙蝠どころじゃねえんだ。その程度は当然よ。」

キカこと聞猿きかざるは並外れた聴覚を専用アプリで強化した兵士である。

離れた場所にいる人間の心音すら聞き分けて個体を判別出来る程の超聴覚を持つ、殲滅部隊の耳なのだ。

そしてキカと同等の能力を持つ兵士は機構軍にも同盟軍にも存在しない。

雑踏の中から数千という雑音を拾っても、必要な情報だけ聞き分けられる天才頭脳があってこそ可能な特技だからだ。

死神は同盟軍の統合作戦本部を近くのビルからキカに盗聴させて、機密情報を入手していた。

その情報をもとに標的を決める、それがこれまでの死神の基本戦略だった。

………それも、そろそろ潮時だな。

死神は顎に手を当て考える。

殲滅部隊の所属、目的は露見した。今は嫌がらせのような手で様子をみる事にしたようだが、いずれ本格的に罠を張ってくるかもしれない。

なによりキカの顔を剣狼に見られた。リスクは跳ね上がったと考えなければならない。

「なあ少佐、聞いていいか?」

独考する死神にミザルは遠慮がちに声をかける。

「なんだ、ミザ?」

「なんで俺らの事が同盟軍にバレたんだ?」

「こないだの作戦さ。ほれ、レブロンから通信が入ったろ? アレを傍受されてたらしい。」

仲間内で瞬間湯沸器と揶揄されるミザルの顔が怒りに染まり、口は毒づきはじめる。

「あのジジィ!腰抜けの上に間抜けかよ!せっかくお膳立てしてやった勝ち戦をフイにしちまっただけじゃなく、コッチにまで飛び火させやがって!」

「そう怒んな。いつまでもバレない訳がない、いずれは露見してたさ。ちょっと早かっただけだ。」

「少佐はいっつも落ち着いてんなぁ。で、どうすんだ?」

「さて、どうしたもんかね。軍からの圧力が強まるのは確実だろうな。面倒だねえ。」

死神率いる殲滅部隊の戦闘能力は機構軍から高く評価されており、重要局面に投入したいという圧力に常に晒されていた。

今まではなんとか撥ねつけてきたが、正体が露見した以上は、さらに圧力が強まるに違いなかった。

「いい機会なんじゃねえか。正体もバレちまったんだし、派手に暴れて殺しまくって名を上げようぜ?」

好戦的で残酷な暴れん坊のミザルらしい意見だったが、死神は気が進まなかった。

「ミザ、必勝の法則を知ってるか?」

「殺される前に殺す、じゃねえのか?」

「そうするにはどうすればいい?」

「よしてくれ。考えんのは少佐の仕事、実行すんのが俺らの仕事だ。だいたい俺が頭がよくねえのは知ってるだろ?」

死神はミザルの頭が悪いなどとは思っていない。むしろ計算高いとすら評価している。

だがミザルの問題は、なのだ。

いくら冷徹な頭脳があろうと、考える前に行動に出るのでは意味がない。

そして死神は心中でため息をつく。

ミザはその欠点を自覚してやがる癖に直そうとしないのが、なお問題だ、と。

「ミザ、必勝の法則ってのはな。だ。勝ち易きに勝つ、これが理想の戦術なんだよ。」

「俺たち亡霊戦団(ゴーストナンバーズ)より強い部隊なんざいねえよ。」

機構軍では殲滅部隊と呼ばれているが、スペック社での正式名称はゴーストナンバーズ。

存在しない人間による存在しないはずの部隊、それが彼らだった。

亡霊のように表に出る事なく任務をこなしてきた彼らだったが、あまりに多大な戦果を上げてしまった事により、その存在が浮き彫りになってしまったのは皮肉というしかない。

「亡者が墓から這い出る時がきたってのか? ロクな事になりそうにないがな。」

亡者が日の当たる場所に出れば滅びるだけだろう、死神はそう思う。

最後の兵団ラストレギオン朧月ろうげつ団長に何度も誘われてんじゃねえか。のろうぜ、思いっきり暴れてえのよ、俺は!」

「………おまえらまで日陰者にしちまってんのはすまないと思ってる。」

「やめてくれ、そんな事言っちゃいねえよ!俺ぁ、いや俺もガンもキカもだ。少佐のいくところなら地獄の底だろうとついていくまでよ。」

………わかんねえかなぁ、俺は日の当たる場所に出て欲しいんだよ、ミザルは心からそう思う。

才気に相応しい評価を受けて欲しい。日の当たる場所でだ。

アンタは日陰者に甘んじちゃいけねえ男なんだよ、俺ら三兄弟が尊敬し、崇拝する生涯のボスなんだぜ?

英雄と称えられて当然の力があるのに、なんで好き好んで日陰者に身をやつしてんだよ!

どんな過去を背負ってんのか知らねえけど、ンなもん力でねじ伏せちまえばいいじゃねえか!

ミザルの心の叫びは死神に届かない。心中に留めず、言葉にしても届かなかったかもしれない。

「ミザ、掃除屋が来るのはいつだ?」

ミザルの心中を知らない、いや、知っていて知らぬフリをしているのか、死神の発した言葉は平坦で淡泊だった。

「二時間後だ。早めたほうがいいか?」

「ああ、掃除屋に今すぐ来いと伝達しろ。撤収作業は終わった。」

掃除屋とは、あらゆる痕跡を消す事を任務とする機構軍の諜報員の俗称である。

「了解だ。」

用さえ済みゃあ敵性勢力の首都なんぞに長居は無用だ、だいたいここのメシもベッドも気に入らねえ。

ガンのヤツも寂しがってるだろうしな、と弟妹思いのミザルは思い、荷造りに入った。





一時間後、ダウンタウンの安ホテルを後にする死神達の姿があった。

大衆車に乗り込み、市外へ通じる道へ車を走らせ、街を守る防護壁手前の検問所で停車する。

そして無事に検問所を抜け市外へ出た。普通の旅人はここから市外に集うトレーダー組合ギルドの世話になるのだが、彼らは普通の旅人ではない。

車は組合の停泊場から明後日の方向に走り、二時間ほどの距離にある荒野の洞窟前で停車する。

「やれやれ、やっと着いたな。なあ少佐、次はもっとグレードの高いトコに泊まろうぜ。」

ハンドルを握るミザルが助手席の死神にリクエストする。

「文句を言うな。偽造市民証で入国してんだぞ。グレードの高いホテルほどセキュリティレベルも上がる。」

「そうだよ!兄ちゃん、お仕事なんだよ!」

後部座席から身を乗り出してきたキカが会話に加わる。

「キカ、兄貴ミザの言いつけを破って勝手に外出したのは誰だ? うりうり、誰なんだぁ?」

死神はキカの脇腹をうりうりとつつく。

「や~ん、くすぐったいよ。ねえねえ、少佐。ほっぺにちゅ~していい?」

ミザルが妹のツインテールの片方をチョイチョイと引っ張りながら、妹をイジり始める。

「もう色気づきやがったか、このおませさんめ。うりうり。」

「だって!しょーさはいっつも髑髏ドクロのお面をしてるから、お顔を見るの久しぶりなんだもん!」

「そういやそうだなぁ。頬で風を感じたのは久しぶりだ。」

弟妹に関しては心配性の長兄は、末妹に言葉で釘を刺そうとする。

「キカ、言っとくがな。少佐の顔の事は………」

「わかってるよ!キカたちかんぶだけのヒミツ!死んだお魚さんみたいな目をした「いけめんさん」なのはヒ・ミ・ツ!」

「分かってりゃいい。少佐は表向きは二目ふためと見られねえご面相って事になってんだ。忘れんなよ、キカ。」

死んだお魚さんみたいな目のイケメンねえ、確かに少佐は死に鯖みてえな目をしてっけどよ、ガキってのは無邪気にヒデエ事を言いやがる、とミザルは考えながら、指2本を咥えて口笛を吹いた。

口笛が洞窟内に木霊すると、すぐに漆黒の毛並みの狼犬が洞窟から駆け出てきた。

その姿を見たキカは目を輝かせながら後部座席から飛び出し、自分より大きい狼犬に走り寄って首に抱きつく。

「太刀風!げんきしてた!」

「ガウ!(息災この上なし。)」

「なにも異常はなかった?」

「ガウ!ガウ?(平穏無事。して首尾は?)」

「こっちもうまくいったよ~♪」

「ガルル!(それは重畳の至り。)」

そこに炎素エンジンの駆動音と共に、洞窟内からステルス車両が微速前進で現れる。

そして停車した車両から、雲をつくような大男が降りてきた。

キカは巨漢の肩にピョンと飛び乗り、耳元で囁く。

岩兄ガンにい、たっだいま♪」

岩兄と呼ばれた三兄弟の次兄、岩猿いわざるは岩石のように重々しく頷いた。

「留守番ご苦労だったな、ガン。」

イワザルは滅相もないとばかりに被りを振ってから、手にした髑髏のマスクを死神に手渡す。

「あ、待って待って!」

丸太のような首に手を巻き付けたキカは、次兄イワザルより頭3つ低い死神の頬に身を伸ばして唇を寄せた。

少女の口づけを賜る栄誉に預かった死神は微かに笑った後、髑髏のマスクを装着し、命令を下した。

「リリージェンに撤収する。」

「了解だ。」 「りょ~かい♪」 「……………」 「ガウ!」

死神と三匹の猿、そして一匹の犬は機構軍首都リリージェンを目指し、帰路の行軍を開始した。

精鋭中の精鋭である彼らの中にも予知能力を持つ者はいない。故に彼らはまだ知らなかった。



死神と、彼が率いる亡霊戦団ゴーストナンバーズに転機が近づきつつある事に。



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