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第六章 出張編

出張編7話 フォックストロット

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中将とオレは華やかなパーティー会場に戻ってきた。

スローテンポの曲がかかっており、会場の中央あたりでは踊る男女の輪が出来ている。

チークタイムってダンスパーティーじゃなくてもあるのね。

元の世界でもパーティーなんかにゃ縁がなかったから知らんかったけどさ。

運命ってヤツには散々踊らされてるオレだが、本物の踊りなんか盆踊りですら無理だ。

こりゃ隅っこで大人しくしてるしかねえな。

ボーイからシャンパンをもらって隅っこの柱に背中を預けて飲んでみる。

旨い!いいシャンパンだ、お高いんだろうな、コレ。

なにかいいコトがあった時に………シュリと飲もう。後でボーイに銘柄を教えてもらうか。

そのいいコトってのが、シュリとホタルが昔みたいな関係に戻ったってコトならいうことないんだけど。

ホタルが………自分で二年前のコトをシュリに話してくれるのが一番いい。

シュリならきっと………いや絶対に共に乗り越えようって考える。アイツはそういうヤツなんだ。

それが無理なら………オレがホタルと話すしかないな。

他言しないとシグレさんと約束した以上は、ホタル以外にあのコトを話しちゃいけないんだから。

でもその場合………オレはガーデンから離れないといけなくなるかもしれない。

オレが普通の人間だったら転属はそう難しい話じゃないかも知れないんだけど………いや、難しい話か。

オレはガーデンを離れたくないんだから。

………気が付けばまた納豆菌と踊ってるぜ、オレは。どんだけ思考の迷路で遊ぶのが好きなんだよ。

「どうした、辛気臭い顔して? リリスがいなくて寂しいのかい?」

柱の陰からオレに囁いてきたのはルビーの瞳を持つ女、マリカさんだった。

「マリカさん!急に背後から囁かないで下さいよ!」

もう!なんだって司令もマリカさんも背後から忍び寄ってくんのさ!

いちいち飛び上がるオレがバカみたいでしょー!

憤慨するオレに構わず、マリカさんはオレの手を取りダンスの輪へと引っ張っていく。

「ちょ、ちょっと待って下さい!オレはダンスなんて踊ったコトないんで!」

「ならいい機会だ、踊ってみな。それともアタイがパートナーじゃ不満かい?」

「不満なワケないですけど、こんな所で恥をかきたくないんです。マリカさんだって恥ずかしいでしょ、踊れないヤツと下手なダンスを踊るなんて!」

細くしなやかな指にはめられたルビーリングより鮮やかに輝く真紅の瞳でマリカさんはウィンクする。

その魅力ときたら………ルビーの瞳じゃねえな、ルビー以上に魅惑的な瞳だ。

「カナタ、おまえは何事につけ恰好をつけすぎだ。」

「恰好なんかつけてないです。オレの泥臭さはマリカさんだってよく知ってるじゃないですか!」

「だったら問題ないだろう。リリスの爺さん曰く「人生は楽しんだ者の勝ち。」らしいぞ。偏屈な爺さんだったって話だが、なかなかいい哲学じゃないか。こんなイイ女と踊るチャンスをフイにして、人生を楽しんでるって言えるのかい?」

観念した。………だよな、人生は楽しんだ者の勝ち。単純で明快なルールだ。

リリスの爺ちゃんって世界的数学者だったらしいけど、哲学者もやれたんじゃないのかね。

「観念しました、踊りましょう。「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々。」って言葉もありますからね。」

「どこの言葉だよ、それ。」

たぶん……阿波踊りだったと思います。

「ま、その気になったなら何よりだ。スローダンスは体幹が出来てりゃ難しくない。アタイがリードしてやるから合わせな。戦場と同じだ、呼吸を合わせて……踊ればいいのさ。」

オレの手をとったマリカさんはそう言って踊りの輪に加わった。

最初は戸惑ってぎこちない動きしか出来なかったけど、名リーダーのマリカさんのおかげで少しはマシになってきた……と思う。

「よしよし、ボディの芯が出来てるから恰好はついてる。」

「不格好が恰好のウチに入れば、ですけどね。」

「心配すんな、もうじきカナタより下手っぴが輪に加わる。アッチを見てみな。」

視線を移すと、困り顔のシノノメ中将の手を笑顔で引っ張る司令の姿が見えた。

………中将もダンスは苦手なのか………いや苦手そうな感じのお人ではあったけど。

そんなコトぐらい知ってるだろうに引っ張りだそうってんだから、司令も人が悪いよ。

とうとう中将は抗いきれずに引っ張り出され、コッチに引きずられてきた。

オレと中将、哀れな男二人は顔を合わせて苦笑いするしかない。

「………お気の毒です、中将。」

「………君もな。」

確信犯の司令が意地悪っぽく微笑みながら、中将を苛めにかかる。

「叔父上、私と踊るのはご不満か?」

「そ、そういう訳ではないが………私はパーティーも苦手だがダンスはもっと苦手でね……」

実直、誠実、不器用と三拍子揃った中将らしい返答に、

「いけませんな、苦手分野は克服せねば。私が叔父上に指南して差し上げましょう。」

狡猾、ワガママ、器用の三拍子が揃った司令が応じる。

うん、マリカさんの言う通りだ。中将はおっかなびっくりって感じでオレより下手っぴです。

「振り回されるように女二人に踊らされる男二人、まるで人生の縮図ですね、中将。」

「悟ったような顔で情けない事を言わんでくれるかね。君と違って私は四半世紀も踊らされ続けているのだよ。」

司令の後見人なんか引き受けるからですよ。ん? 四半世紀ねえ。ってコトは………

「つまり司令は最低でも二十五歳以上………」

「………カナタ、死にたくなったか?」

ヤベエ、司令の歳は最高軍事機密だった。

「ま、まさか。オレは何も聞いてませ………わあぁ!」

オレは強引に体を引き寄せられた。当然、マリカさんに密着する態勢になる。

「コラ、カナタ。パートナーそっちのけでお喋りするヤツがあるか。」

はい、ごめんなさい。で……でも、密着し過ぎて胸があたってます!あたってますよぉ!

「マ、マリカさん。そのぉ~………お胸の方がですね………」

「あててやってんだよ。深刻面して何やら考え込んでたけど、ちったぁ元気になったみたいじゃないか。」

オレはそんなに分かりやすい顔をしてましたか。マリカさんには面倒と心配ばっかかけてんよなあ。

でもお蔭様で元気になりましたよ…………色んな意味でね。




楽しいチークタイムも終わり、夜風にあたりたくなったオレはバルコニーに出てみた。

だだっ広いバルコニーには誰もいなくて、贅沢な空間をオレは独り占めだ。

手摺に両腕をのせて、漆黒のビロードに色とりどりの宝石を散りばめたような夜景を堪能する。

オレは景色を眺めるのは断然夜景が好きだ。

親父は東京でこんな夜景を眺めてるのかね。………いや、眺めるんじゃなくて見下ろしてるんだろうな。

そんなラチもないコトを考えていると、トンと手摺にシャンパングラスが置かれる。

「司令、さっきマリカさんにもやられましたけど、背後から忍び寄るのいい加減ヤメません?」

「隙を見せる方が悪い。カナタ、戦場でそんなだとあっという間に二階級特進だぞ。」

シャンパングラスを優雅に傾けながら縁起でもないコトを仰いますね。

せっかく持ってきてもらったんで有難くシャンパンは頂きますけどね。

………シャンパンじゃなくてマティーニだったか。どっちも好きだからいいけど。

「ナツメが来ないのは分かりますけど、リリスはお仕事ですか?」

「ああ、私がやるよりリリスがやる方が早いからな。スィートルームに監禁してある。」

………不憫な。今頃、己が有能さを呪ってそうだ。

「リリスも災難ですね、なまじ有能だったばかりにここぞとばかりに使い倒される。」

「カナタが言うな。リリスを一番使い倒しているクセしおって。聞いたぞ、タチの悪いカンニングを考えたみたいじゃないか。どうすればそこまで狡っ辛い脳味噌が出来上がるんだ?」

「脳味噌で納豆菌を発酵させればこうなります。児童虐待が問題にならない間に法や数字に強い人間を補充した方がよかないですか? ガーデンって武闘派ばっかりなような気が………」

「そのようだな。特に軍法に強い人間をスカウトしたい。とかく軍法スレスレの所業をやらかすゴロツキが多過ぎる。困ったモノだ。」

………そのゴロツキ達をスカウトしてきたのは司令でしょうに。

「スレスレで済んでますかねえ。限りなくクロに近いような気がしますが………」

「クロをグレーゾーンにまで持ってこれる軍法のプロが必要か。カナタもよく問題を起こすしな。」

返す言葉もございません。

「試験をカンニングで乗り切ろうとしている問題軍人ですからね。試験日だけでもリリスと頭脳を入れ換えたいですよ。」

「リリスの魂を霊媒でもしてみたらどうだ?」

恐山のイタコじゃあるまいし霊媒なんか出来ませんよ。

霊媒師の真似が出来るんなら、手のかかるカンニングなんかしませんって。

「出来るワケないですよ。霊媒師じゃあるまいし。」

「カナタがいくら盛りすぎキャラでも霊媒までは出来んか。ミコト姫なら可能かもしれんが。」

は? ミコト姫って霊媒も出来んの?

「ミコト姫ってそんなコトも出来るんですか!?」

「御門一族は元々、巫女の家系だ。御門一族初代の真龍という巫女は神を降ろせたとかいう逸話、いや神話がある。神を降ろせるなら人間ぐらい降ろせるだろう?」

「あ~、俗に言う巫女王ってヤツですか。昔は神の子で神子みこって書いたんでしたっけ?」

「らしいな。ま、霊媒師や巫女なんて古代にはよくいただろうが、龍眼持ちの御門一族なら本物の奇跡に見えただろうよ。」

「実際、本物の奇跡じゃないですかね。表層意識とはいえヒトの心が読めるってんだから。」

「外人の霊を憑依させといて、イズルハ語で喋るインチキ霊媒師なんぞと違うのは確かだな。」

あるある。元の世界でもそんなテレビ番組があったよ。

どんだけ日本語の上手い外人さんなんだよってスタジオからツッコまれまくってた。

「司令、そろそろ会場に戻りましょう。主催者が席を外したまんまだと恰好がつかないでしょう。」

「先に戻ってろ。私は一服してから戻る。」

そう言って司令は細長い煙草に火を点けた。



夜景をバックに紫煙を燻らす司令は絵になるな。映画のワンシーンみたいだ。




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