78 / 173
第五章 懊悩編
懊悩編18話 程々に妥協出来る世界
しおりを挟む「………そういやカナタはなんで軍に志願したんだ?」
シグレさんに間を取り持ってもらうと決めたシュリは気が楽になったのか、話題を変えてきた。
「適性テストで高い数値が出たから。他に能もなかったし。」
ホントは他に選択肢がなかったから、だけどな。イヤな気分だ。
なんでシュリにこんなウソをつかなきゃなんねえんだよ。
「安直だなぁ。」
「じゃあシュリはなんで軍に志願したんだ?」
「里長のマリカさんの役に立ちたかったから。」
「それも安直なんじゃねえか?」
「そうだね、でも里の外の世界を見れたのは良かったと思ってる。」
はぁ? この歪で狂った世界が見れて良かったですと!
「おいおい、この世界の現実なんざ見ない方が幸せってモンじゃないのか? ナツメの件みたいな悲劇がゴロゴロしてんだぞ?」
「だからだよ。だからこそ僕にもなにか出来る事があるかもしれない。今はマリカさんや司令の目的の為に戦う事しかできないけどね。」
コイツ、ホントにクソ真面目だなぁ。
「司令は世界を変えたいみたいだな。そこんとこはオレも同意するけどね。この世界の現実はあんまりだろ。」
「だね、でも如何に司令と言えど理想郷を創るのは無理だと思うけど。」
「へえ、シュリは理想郷を目指すタイプの人間だと思ってたよ。意外に現実主義者(リアリスト)だったんだな。」
「目指してるよ。」
「理想郷は流石に敷居がたか………って、目指してんのかーい!」
「ああ、目指してる。でもね、理想郷に辿り着けるとは思ってないんだ。人が人である限りね。」
………シュリの言いたいコトは分かったよ。
「業の深さも人のうち、か。決して辿り着くコトはない理想郷を目指す、その旅の過程こそが人の営みだって言いたいワケだな?」
「ああ、里を出てしばらくはなんとしてでも理想郷を創るべきだと思ってた。でも戦い続けるうちにね、考えが変わった。たどり着く事はない理想郷に、少しでも近づく努力をする事が大切なんだと思うようになったんだ。だって全時代に通ずる普遍的な正義なんてあると思うかい?」
「ないね。正義なんて時代や状況でいくらでも変わるモンだ。例えば人の命を奪うのは悪さ。でも害悪を撒き散らす悪党外道の類はどうするんだ? 信念で殺戮を行う独裁者は? 人を殺さないで済む世界は確かに究極の理想郷だろう。でもその理想郷を創る為に、やっぱり人を殺すのさ。」
「………メビウスの輪だね。どこまで行っても答えの出ない終わりのなき道筋、か。僕らはどこへ向かい、なんの為に戦うのか……」
「………そうだなぁ………シュリの言うたどり着くコトはない理想郷を目指し、終わりのない旅を続けるなんてオレには崇高すぎるね。所詮オレの器で出来るコトでもねえしな。………オレにも出来そうなコト、か。そうだなぁ………「程々に妥協の出来る世界」を創る、かな。」
「程々に妥協の出来る世界? なんだよそれ?」
「言葉通りの意味さ。世界の何処かで、たまには紛争やテロが起きてて、政治家や役人は汚職をする。社会じゃ目を逸らしたくなるような事件や事故も起きる。職場や学校では陰湿なイジメだってあるし、家庭内では不和や虐待だってある普通の世界。」
「………そんなの目指すなよ。真面目に話してるんだぞ、僕は。」
「オレもマジメさ。今みたいに世界中で殺し合い憎み合って、………ましてや子供を人体実験に使うような事がまかり通る、今の現実だけは変えたいんだ。理想郷には程遠く、不義や不和は存在してる。でも不義や不和だけじゃなくて、優しさだってちゃんとある世界。オレはそれでいいよ。それ以上は望まない。」
「………大多数の人間とって不平不満を抱えつつも、妥協してそれなりの幸せを享受出来る世界か。いいね、カナタ。そのぐらいの世界なら僕達でも実現出来るかもしれない。いささか志は低いけどね。」
「この世界の現実を考えりゃあ、十分ハードルは高いと思うぜ?」
「かもね。でも今の世界で耳にするニュースなんかヒドいもんじゃないか。どこそこの戦線が熾烈だの、テロが起きて何人死んだだの、反政府暴動が起きて武力鎮圧しただの………そんなのばっかりだ。たまに死人が出てないニュースがあるかと思ったら、戦争の英雄の顕彰式とかだもんね。」
「だろ? そんな血生臭いニュースばっかりの世界じゃなくてさ、せめて政治家の汚職や大企業の不正ぐらいがニュースになる世界なら妥協も出来るってモンだ。今は政治家や企業の不正なんざ当たり前で、ニュースにもなりゃしねえ。そんな世界はクソくらえだ。」
「ああ、クソくらえだね。………政治家の汚職疑惑のニュースの後に「次のニュースです。○×公園のカルガモに赤ちゃんが産まれました。愛らしいですね~。」みたいなニュースが流れる世界がカナタの望む世界なんだろ?」
そうさ。元の世界の日本、理想郷じゃないけど妥協できる範囲の社会。今思えば、そう悪い世界ではなかったんだ。
退屈でつまらなかったけど、それは社会が悪いんじゃない。オレ自身がつまらなくしてただけだった。
「クックック、そうそう。そんな感じの世界だ。悪代官もいるけれど……」
オレは大吟醸悪代官の冷酒が注がれたグラスを掲げる。
「成敗してくれる名奉行だってちゃんといる、そんな世界を僕らで創ろう。」
シュリは大吟醸名奉行が注がれたグラスを掲げた。
「程々に妥協出来る世界に乾杯!」
「しかしこの店って営業時間が長えな。普通はもうラストオーダーの時間なんじゃねえか?」
「前に来た時はもっと早くにラストオーダーを聞かれたような気がしたんだけど。」
「営業時間が伸びたのかもな。でもそろそろシメにしようぜ。」
「だね、どっかで蕎麦でも手繰っていく?」
「蕎麦もいいけど酒のシメはやっぱラーメンじゃないか?」
「ラーメンもいいね。醤油ラーメンのいい店を知ってるんだ。」
「おいおい、ラーメンって言えば塩だろ普通?」
「カナタ、ラーメンは醤油に決まってるじゃないか!」
「塩ラーメンこそ基本のスープの味を堪能出来る、ラーメンの中のラーメンなの!」
「その理屈だと、焼き鳥だって塩の方が素材の鶏の味を堪能出来るって事になるじゃないか!」
「う!や、焼き鳥は焼き鳥、ラーメンはラーメンだろ? 十把一絡げに論ずるのはアンフェアだぜ!」
「お客様、鳥玄には特製鶏ガラスープが自慢のラーメンがシメのメニューに御座います。是非ご賞味を。」
オレとシュリは椅子から飛び上がった。
「い、いきなり背後から現れんでよ!」 「僕に気取らせないとか、どこかで隠密接敵(ストーキング)の訓練でもしてたの!?」
「失礼致しました。鳥玄のシメのラーメンは特製鶏ガラスープに、乾燥ホタテやアサリに大地魚粉を加えて作った魚貝系スープを合わせるWスープ方式、若者からお年寄りまで楽しめる味わい深い一品となっております。塩ダレや醤油ダレで味付け致しますので、どちらのお客様のニーズにもマッチいたしますよ。もちろん味噌ダレも準備してありますので、味噌ラーメンにも対応可能です。」
「鳥玄スゲー!」 「特製鶏ガラスープに魚貝系スープを加えるWスープ方式かぁ。美味しそうだね。」
「麺は縮れ麺とストレート麺の2種、茹で加減はバリカタからヤワの間でお選び頂けます。小鉢を2つお持ちいたしますので、スープをシェアしてお楽しみになっては如何でしょう?」
「じゃあオレは塩ラーメン。縮れ麺をヤワで!」 「僕は醤油、ストレート麺をカタで!」
オレとシュリは火花が散るほど睨み合った。
とことん食いもんの嗜好は合わねえみたいだな!
「茹で加減がカタなのはまあいい。でもストレート麺より縮れ麺のがスープによく絡むんだよ!常識だろ!」
「麺が縮れ麺なのは大目に見るよ、でもカタでザックリした食感と小麦の風味を楽しむべきだろ!」
ぐぬぬ!………麺の種類と茹で加減の好みも違う上に、重視するポイントまで合わないのかよ!
「トッピングメニューも充実しております。チャーシュー、メンマ、コーンに煮玉子……」
「煮玉子で!」 「煮玉子で!」
トッピングメニューを注文する声がハモった。
どうやら最後の最後で、やっと意見の一致をみたようだ。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
俺のスキル『性行為』がセクハラ扱いで追放されたけど、実は最強の魔王対策でした
宮富タマジ
ファンタジー
アレンのスキルはたった一つ、『性行為』。職業は『愛の剣士』で、勇者パーティの中で唯一の男性だった。
聖都ラヴィリス王国から新たな魔王討伐任務を受けたパーティは、女勇者イリスを中心に数々の魔物を倒してきたが、突如アレンのスキル名が原因で不穏な空気が漂い始める。
「アレン、あなたのスキル『性行為』について、少し話したいことがあるの」
イリスが深刻な顔で切り出した。イリスはラベンダー色の髪を少し掻き上げ、他の女性メンバーに視線を向ける。彼女たちは皆、少なからず戸惑った表情を浮かべていた。
「……どうしたんだ、イリス?」
アレンのスキル『性行為』は、女性の愛の力を取り込み、戦闘中の力として変えることができるものだった。
だがその名の通り、スキル発動には女性の『愛』、それもかなりの性的な刺激が必要で、アレンのスキルをフルに発揮するためには、女性たちとの特別な愛の共有が必要だった。
そんなアレンが周りから違和感を抱かれることは、本人も薄々感じてはいた。
「あなたのスキル、なんだか、少し不快感を覚えるようになってきたのよ」
女勇者イリスが口にした言葉に、アレンの眉がぴくりと動く。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
嫌われ者の悪役令息に転生したのに、なぜか周りが放っておいてくれない
AteRa
ファンタジー
エロゲの太ったかませ役に転生した。
かませ役――クラウスには処刑される未来が待っている。
俺は死にたくないので、痩せて死亡フラグを回避する。
*書籍化に際してタイトルを変更いたしました!
【R18】異世界魔剣士のハーレム冒険譚~病弱青年は転生し、極上の冒険と性活を目指す~
泰雅
ファンタジー
病弱ひ弱な青年「青峰レオ」は、その悲惨な人生を女神に同情され、異世界に転生することに。
女神曰く、異世界で人生をしっかり楽しめということらしいが、何か裏がある予感も。
そんなことはお構いなしに才覚溢れる冒険者となり、女の子とお近づきになりまくる状況に。
冒険もエロも楽しみたい人向け、大人の異世界転生冒険活劇始まります。
・【♡(お相手の名前)】はとりあえずエロイことしています。悪しからず。
・【☆】は挿絵があります。AI生成なので細部などの再現は甘いですが、キャラクターのイメージをお楽しみください。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・思想・名称などとは一切関係ありません。
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません
※この物語のえちちなシーンがある登場人物は全員18歳以上の設定です。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる