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第四章 昇進編

昇進編14話 臨機応変という名の弥縫策

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情勢の変化は行軍4日目に起こった。

マリカさんが作戦室に幹部を召集したのだ。

オレとリリスは幹部ではないが、召集されたので作戦室に向かう。

作戦室では生真面目シュリと潔癖ホタルが仲良く並んで座っていた。

この几帳面コンビがどんな時でも一番早く集合している。

ホタルがオレの顔を見てイヤ~な顔をする。

潔癖症じゃなきゃ地面にツバでも吐きそうだな。

シュリがホタルを視線でたしなめるが、ホタルはソッポを向いた。

ソッポを向いたのをいいコトにホタルに向かってリリスが中指を立てる。

オレはリリスの立てた中指をゆっくり曲げてグーに戻す。

オレとシュリは顔を見合わせ、互いに生暖かい笑みを交わした後で同時にため息をつく。

うん、困ったモンだね、お互いに。

ぞんなやりとりをやっていると、幹部メンバーがゾロゾロと作戦室に入ってくる。

マリカさんが煙草に火を付けようとするが、オイルライターのオイルが切れたらしく火が付かない。

マリカさんは脇差しを抜いてパイロキネシスで刀身を燃やして火を付けた。

パイロキネシスって煙草に火をつけるのにも使えるんだぁ。

もちろん、オレの隣に座っている小型猛毒製造機が毒を吐く。

「便利ね、バーベキューの時に重宝するんじゃない?」

「バーベキューの後のキャンプファイヤーで焼かれたいか、リリス?」

「古今東西、聖女は火炙りになるのが定番だからって、私にまで適用しなくていいわ。」

「聖女? 性女だろ、おまえは。」

「だらしないおっぱいしてるマリカに言われてもねえ。」

おい、乳神様になんたる暴言だ!

オレが乳神教の司祭としての責務を果たそうとする前に、1番隊の調停人枠のゲンさんが発言する。

「ほっほっほ、微笑ましい言葉遊びはそのぐらいにして、本題に入って頂けますかのぅ。」

「ゲンさん、今のやりとりのどこに微笑ましさがあったってんだい? まあいい。本題に入るよ。情勢不利な第5師団が攻勢に出たらしい。そして現在、返り討ちに合いつつある。」

幹部+2人+1匹はため息をついた。

1匹は言うまでもなく雪風である。

苦労人枠と見せかけた、しれっと枠のラセンさんがしれっと言う。

「世の中で一番迷惑なのは無能な勤勉家とはよく言ったものですな。」

ゲンさんが長く伸ばした白い顎髭をさすりながら、

「せめて儂らが到着するまで待てんかったものかのぅ。若人はせっかちでいかんわい。」

偏頭痛を起こした我が友がコメカミを摘まみながらイラついた声で、

「ヒンクリー少将が敗走するところまでは織り込み済みにせよ、早すぎますね。」

最後にホタルが冷静極まった声で、

「いくら不知火が陸上戦艦としては快速でも間に合いますか? そもそも無能者を救出する為に私達がリスクを負う必要があるとも思えませんが。」

マリカさんは珍しく深刻で難しい顔をしたまま答える。

「ヒンクリーが無能だと一蹴する訳にはいかない。第5師団の苦戦の原因が判明した。死神が出てきてたらしい。例によって他の部隊とは連携せずに単独行動らしいがな。」

死神? なんだよそれ。いかにもヤバそうな相手っぽいけど。

どんなヤツなのか聞いてみるか。

「死神ってどんなヤツなんですか?」

ホタルが呆れ顔で答える。

「そんなコトも知らなかったの?」

そこを我が友がフォローしてくれる。

「カナタ、死神ってのは謎の男なんだよ。存在だけは確認されてるんだけどね。どんなヤツでどんな部隊を率いているかも一切不明。完全適合者ハンドレッドじゃないかってもっぱらの噂なんだけど。」

出やがったか。機構軍の推定完全適合者!

だけどこっちには正真正銘の完全適合者のマリカさんがいるんだ。

こ、怖くないぞ。怖くなんかないからな。

リリスが怪訝そうな顔で質問する。

「いくら完全適合者といえど何もかも不明っておかしくない? そもそもそれじゃ男か女かもわかんないじゃない。」

ラセンさんが苦い表情で答える。

「ああ、実は男か女なのかも不明だ。………死神とヤツの部隊の正体が謎に包まれているのには明確で単純な理由がある。………いないんだよ。生存者が一人としてな。」

はいぃ? なにそれ?

ゲンさんが補足してくれる。

「つまり、死神と交戦した連中は全員死んでおるのじゃ。捕虜になった者もおるのかもしれんが、とにかく死神の姿を見て生きて帰還した兵士がゼロ、という話なんじゃよ。」

「マジですか!」

その姿を見た者は生きては帰れないってのかよ。まさに死神だ。

「うむ、じゃから死神の率いる部隊は殲滅部隊アニヒレーターと呼ばれておるんじゃ。」

ラセンさんが憮然とした表情で意見を述べる。

「マリカ様、これは当初の予定通りとはいきそうにありませんな。」

「いつものコトだろ。だが、面白くなってきたとも言えるねえ。死神のツラを拝んで、ついでに首でも取ってやろうか。」

頼もしいね、ホント。一生付いていきます。

マリカさんがそんなコバンザメなオレに話しかけてくる。

「カナタ、おまえはこの状況をどう考える? オツムの中に詰まってるのがおっぱいだけじゃないと証明してみせろ。」

そうきましたか、さてシンキングタイムだ。

……………今の状況なら、答えは。

「臨機応変という名の弥縫策びほうさくを取りたいですね。」

「詳しく聞かせな。」

「まず、第5師団が予想より早く崩された。このまま予定通り不知火で進軍しても、いい結果は出ないでしょう。なので足の速い車で先乗りする必要が出てきました。その為にオレ達を集めたんですよね?」

マリカさんは深く頷いた。

「それで問題ないと思います。先乗りして撤退支援の準備をやりましょう。」

慎重屋のシュリが発言する。

「僕達も撤退するという選択もあるぞ。第5師団の為に仲間を危険に晒す必然性があるかな。」

「このまま撤退はない、マリカさんはアスラ部隊のエースで、アスラ部隊は同盟軍の顔だ。なにもせずに尻尾を巻いて逃げ出したとなったら、同盟軍全体の士気に関わる。」

「カナタ、死神と殲滅部隊の情報がなさすぎる。虎穴にいらずんば虎児を得ず、は危険すぎないか?」

「虎児を得るどころか墓地を得る羽目にもなりかねないってシュリの懸念は分かる。だから弥縫策なんだよ。死神と殲滅部隊には謎がある。」

ホタルがイラついた声で詰問してくる。

「謎だらけでなにも分かってないコトぐらいみんな知ってるのよ!」

「いや、オレが言いたいのは別の謎なんだよ。それだけ強い死神と殲滅部隊を何故機構軍は大々的に宣伝戦略に利用しないんだ? 派手に戦果を吹聴して士気高揚に利用するのが普通だろ?」

ラセンさんが細い目をさらに細めながら、

「宣伝戦略には最後の兵団ラストレギオンがいるから十分という話なんじゃないか。」

最後の兵団はオレも知っている。いや同盟軍兵士でラストレギオンを知らない者はいない。

リュウがいればケンがいる。赤いキツネには緑のタヌキ、バルサにはレアルと宿命のライバルは必ずと言っていいほど存在する。

同盟軍にアスラ部隊あらば機構軍には最後の兵団あり、ようするに機構軍の最強部隊だ。

「兵団とは別に未知の脅威を煽っている可能性はあるかもしれんぞい。」

ゲンさんの言うコトももっともだ。だけど………

「でも兵団は所属部隊をアスラ部隊にぶつけてきたコトがあるんですよね。でも殲滅部隊と交戦したコトって1番隊だけじゃなく他の部隊でもありますか?」

マリカさんが答えてくれる。

「ないね、死神とアスラ部隊は交戦したコトはない。」

「機構軍にとって一番潰したいアスラ部隊とは交戦させない。機構軍の最精鋭部隊である最後の兵団はぶつけてきたのにです。つまり殲滅部隊は撃滅可能な部隊としか交戦したことがない部隊という謎があります。そこまで強いなら兵団に組み込んで戦果を上げてもいい。殲滅は無理でもアスラ部隊の誰かを撃破してくれれば、そこらの部隊を全滅させるより余程効果的なのにそうしない。しかも今までずっと単独で動いているんでしょ? そこらあたりも謎です。」

イラつきのあまりに親指の爪を噛んでいたホタルが口を挟む。

「確かにそうだけど、そこに何の意味があるのよ?」

「分からない。」

「はぁ!? ふざけないでよ!こんな時に!」

珍しく大人しく話を聞いていたリリスがついに毒を吐いた。

「軍曹はふざけてないわよ人形女ダッチワイフ!それを分析させろって話をしてんじゃない!」

マリカさんが何か言おうとしたホタルを手で制しながら、

「そういう話か、カナタ?」

「はい。先行して行軍している間にリリスと二人で、殲滅部隊のデータを分析してみたいんです。」

「しかし碌なデータはないんだよ? だから謎なんだ。」

「どこに現れて、どの部隊を全滅させたかは分かるはずです。犯罪捜査で言えば地理的プロファイリングってヤツですかね。」

「わかった。やってみな。みんな、不知火を降りて足の速いのに乗り換えて先行する。ゲンさんは不知火に残ってくれ。この艦はまかせる。」

「おまかせくだされ。」

「シュリ、不知火のデータベースから死神関連のファイルを全部指揮車両にダウンロードしておけ。それにどのぐらいかかる?」

「30分もらえれば。」

「15分でやんな。シュリなら出来るはずだ。ゲンさんの中隊以外は全員10分で準備して車両に乗り込め!」

「イエス、マム!」

そこで解散となった。



作戦室を出たオレとリリスは格納庫に向かう。

「リリス、一緒に指揮車両に乗るぞ。おまえのデータ解析能力に懸かってる。」

「任せといてよ、ハニー。いい仕事しちゃうから。」



誰がハニーだよ。しかし今回の件はリリスの天才頭脳が頼りなんだ、頼むぜ相棒。




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