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第三章 出撃編

出撃編11話 私を退屈させないで

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※今回のお話は視点がカナタではなくリリスになっています。


監禁されるかと思っていたが、軟禁で済んだ。

いや、かなりの自由が許されているこの状態は軟禁ですらない。

凶悪な武器である単分子鞭を搭載している人間兵器の扱いとは思えない。

…………だけど理由は分かっている。この基地の連中には自信があるのだ。

私がどんな凶悪な人間兵器であろうが、どうにかする自信が。



この基地に来てすぐに司令と呼ばれているいけ好かない女とその副官から尋問を受けた。

あの丁寧な聞き方では尋問じゃないか。いくつかの質問をされた。

隠す気はないので正直に答えておいたけど。

その後はお定まりのIQテストだ。面倒くさくなったから途中で卑猥な絵を描いてやった。

大人がIQにこだわる理由が分かんない。

8桁の割り算が瞬時に出来るからって、それに何の意味があるというのだろう。

そんなの安物の電卓があれば誰にだって出来る事だ。

くだらない、本当にくだらない。

人生は退屈だ。死ぬだけの気力があれば私は死ぬべきなのだろう。

どうせ誰も私の死に興味もないのだし。



………興味、か。今、私はちょっと興味を抱いている。

変な伍長、それが今の私の興味の対象だ。

私と同じように親とは上手くいかなかった過去がある。

そこまでならよくある話なのだが、あの伍長はなにか変だ。

お人好しに見えるが闇も抱えていると感じた。

お人好しだが闇も抱える二律背反、矛盾した人物。

これはカンだけど、何かは分からない葛藤も抱えているようにも思える、誰にも言えない葛藤を。

私が伍長を同類だと言ったら、伍長は同意した。

確かに同類なのには違いない。だけど私にはコインの表裏なのではないかとも思う。

コインというカテゴリーは同一、でも実態は表裏。

その答えは分からない。お祖父様曰く、

「分からないに勝る快楽はない。分からないからこそ答えを探す楽しみがある。とりわけ人間の心は数式では解けん。ワシは数式で解けるものにしか興味がなかったが、この歳になって思うんだよ。ワシはただ数式の通用せん事から逃げていただけなのではないか、とな。だからリリス、おまえは暇つぶしにやってみるといい。人生とはくたばるまでの暇つぶしの連鎖さ。楽しんだ者が勝ちだ。」

死んだお祖父様はガルムの貴族で世界的な数学者だった。

そして予言者だった。私の辿る運命を正確に言い当てた。

「ワシが死んだらおまえは碌でもない事になるだろうよ。娘はワシの血を引くとは思えんほど愚かだ。あんな爵位と財産目当てが見え見えの男に引っ掛かるとはな。じきに捨てられ、酒浸りか男漁りか、その両方か、そんな生活を送るだろうよ。あの男はおまえの母親の弱い所を見抜いている。最後までいいように利用されるだろう。信頼出来る誰かにおまえを預けるのが一番良いのだが、ワシには一人の友すらおらん。だがリリス、おまえはちゃんとワシの血を引いて聡い。じきにくたばる老いぼれが心配する事は聡明なおまえへの侮辱かな。」

今にして思えばお祖父様も相当な奇人変人だ。

7歳の子供に言うような話ではない。

そして予言通りに、お祖父様の死後、父はママを大事にはしないが利用はするという生活になった。

父にすっかり依存していたママは不安定になり酒と男に溺れた。

私への態度も変わった。昔のように私を大事にするかと思えば、突然、憎悪の篭もった目で睨んだり叫んだり、まさに不安定の極地だった。

気持ちは少し分かる。ママは天才数学者だったお祖父様とは違い凡庸だった。

なにかと比較されて育ったのだろう、そして娘の私はお祖父様の才能を引き継いでいた。

依存していた父に構って貰えなくなったママは、私へのねたましさが募っていったのだろう。

そして体の強くなかったママは暴飲の挙げ句、男に抱かれている最中に死んだ。

別に悲しくはなかった、そうなる事は分かっていたから。

そして、爵位も財産も手にした父は、最後の望み、軍での地位を得るために、もはや邪魔でしかない私を研究所に送ったという訳だ。

なにこれ、笑っちゃう。どこの喜劇のヒロインよ、私。

おっと、興味の事を考えていたのだった。

私に食事と本を差し入れてくれる眼鏡が言うには、私の目下の興味の対象であるあの伍長は、私を同盟軍の研究所に引き渡さない為に司令に掛け合ってるのだという。

本当に大きなお世話だ。

だけどどんな話を私に持ってくるんだろう。そこには興味がある。

私の期待を裏切らないでよ伍長さん。アンタが只のお人好しでしたなんて話なら興醒めもいい所なんだから。

私は退屈しているの、私を退屈させないで。

そう思った時にノックの音がした。

「リリス、カナタだけどちょっといいかな?」

「入んなさいよ、お茶ぐらいは振る舞うわ。」

伍長は部屋に入ってくるなり、椅子に腰掛けた。

「レディに対する礼儀がなってないわね。掛けていい?ぐらいは聞くものよ。」

「そりゃどうも、育ちが悪いんでね。」

「悪いのは育ちだけじゃないようだけど?」

「そこは否定しない。本題に入ろうか。」

「お茶ぐらい入れます事よ、伍長?」

「後でいい。話ってのはリリスの今後の事だ。二つの道がある。」

「一つは同盟軍の研究所送りね、もう一つは?」

「ローズガーデン、この基地に残って働く道。」

「10歳の私を働かせようっていうの? この基地、どんだけ人手不足な訳?」

「リリスが頭脳労働なら100人力なのは分かってる。アスラ部隊は常に優秀な人材を求めてるからね。君よ、来たれ!我々と一緒に正義の為に戦おう!」

「よしなさいよ、伍長。アンタは正義なんて信じるタイプの人間じゃない。」

「まーね、だけどこの基地に残る道もあるのは本当だ。」

「いいことした気分になってるとこ悪いけれどね、全然、私を救ってる事にはなってないわよ。ここは最前線じゃないけど軍事基地よね。つまり命の危険はある訳よ。開発部の研究所は同盟軍の本拠地リグリットにあるんじゃない? 少なくとも研究所はここより安全よね。私の言ってる事の意味分かる?」

「前提が間違ってる。オレがキミを救いたいなんて、いつ言った? そんな事は言ってない。オレは選べって言ってるだけだよ。危険だけど幾ばくかの自由がある生活か、安全だけど不自由な生活か。それだけさ。」

「銃殺か絞殺か選べって言われてもね。安全で自由な生活って道はないの?」

伍長は星付きレストランの給仕係のように仰々しくお辞儀をしながら、

「あいにくお嬢様、当店のメニューはこれだけで御座います。」

「そう、品揃えの悪い店ね。そんなんじゃ流行んないわよ。」

会話のセンスはまあまあ評価してやってもいい。

そして10歳の私に平気で人生の選択を強いるこの伍長は只のお人好しでは決してない。

うん、いいわよ、いい。そうでないといけない。

ここまでは及第点よ、伍長さん。

でももう少し試させてね。

たいした価値がある訳じゃないけど、私の全てを賭ける楽しみが伍長にあるかどうか。

退屈から逃れる為にはそれなりの資質ってモノがあるから。

10年の人生経験しかないけれど、他人に期待したのは初めてだ。



退屈に人生を終えるつもりだったけど、少し楽しくなってきたわね。



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