Dark Night Princess

べるんご

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嘲笑う紅道化

力への欲求

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 吸血鬼となってからの毎日は、決して常に安全とは限らない。
そんなことは、体の変調に気付いてから既に知っていたことだ。
だがルナはここ最近、己の弱さに打ちひしがれることが増えてきた。


「クラリスのように……とまでは行かなくても、もう少し強くなるには……どうしたら、いいの?」


 ついにその口から、懸念していた質問が零れ出す。
クラリスは分かっていた、近いうちにそのように尋ねられることを。
だが彼女は未だに迷っていたのだ、その残酷さを伝えることを。

 ルナにもそれが非道な行いであるということは、ぼんやりとぼかされ続けてきたクラリスの説明からでも、ある程度は理解できていたうえに、覚悟もあった。
クラリスの行動を見ていても良く分かる、例えば口裂け女へのトドメの方法などは、思わず意識を手放してしまうほどであった。


「手っ取り早いのは……沢山の命を奪う。吸血鬼の強さは、他者から奪えば奪うだけ強くなる。逆に言えば、何も奪わずに強くなれる吸血鬼なんて、居やしないわ」


「……相手を殺さなきゃ……ダメ、なのかな?」


 これまでのルナは、全て輸血パックから血液を補充していた。
当然、どこかの誰かから採取されたもので、特殊な薬液などではない。
だがクラリスは以前説明したのだ、これは死体から吸っているのと変わらない最低限度の手段であり、やはり生き血を口にしなければ能力は高まらない、いつまでたっても半端者なのだと。


「ダメ……ということは無いわ。殺さなくとも、生きた人間から吸い続ければ、いずれは……。特にルナは、イタズラに吸血鬼を増やしてしまうようなこともないし」


 吸血鬼の仲間が増えるまでのプロセスは、その個体ごとにそれぞれ異なっている。
例えばクラリスは、吸血行為によって命を奪い、尚且つ吸血鬼当人の意思によって同族にするか否かを決める必要がある。
命を奪わずとも吸血鬼化させてしまうもの、一噛みすれば理性までも奪って吸血鬼ですらない屍者にしてしまうもの、一度吸血した相手が時間を置いて死んだ後に吸血鬼となるもの、その他にもいくらか種類があり、個体ごとの差が大きい現象であるのだ。
なお、これは吸血鬼から吸血鬼へと遺伝していくものであり、ルナもクラリスと全く同じプロセスで吸血鬼化させることが可能だ。
もっとも、彼女のか弱い能力では同族を増やすなどまだ不可能であり、吸い尽くしたところで死に至るだけなのだが。


「ちょっと献血してもらうくらいの気持ちで、ガブッと行きなさい。まず吸血に慣れない事には、どうにもならないわ。それにそろそろ、賞味期限切れのドリンクから卒業する頃合いだしね」


「人がいつも飲んでるものを賞味期限切れとか言わないで……」


 吸血鬼の燃費は、クラリスのように大暴れしない限りは非常に良好らしい。
よく考えてみれば、確かにクラリスはそれほど吸血をしていない。
ルナの見ている前では避ける傾向があるのかもしれないが、人の首筋に食らいついている姿は見たことがない。
あの遊園地での一件以外、では。


「……そういえば今日、運送のバイトよね?ユカリ達は、私よりもずっと人間寄りの吸血鬼よ。あの子たちの方が参考になる意見をくれるんじゃないかしら?」


「うん……。ちょっと、相談してみるね」


 口裂け女との交戦から一週間が経ったが、彼らはギュンターのホテルにまだ泊まっていた。
寒さの厳しい北欧よりも、幾分過ごしやすいからである。
だがその真意には、ルナに少しでも母国の風土を感じていてほしいという想いもある。

 ルナのアルバイトというのは、ムーンライト海運の運んできた物資の仕分けだ。
言われた通りに物を運ぶだけの完全な肉体労働で、とても普通の女子高生に向いている仕事とは言えないが、すでに膂力が常人の平均より上回っているルナは、本人が想像していたよりもずっと楽に、ずっと楽しく働けている。
無論、ユカリ達の面倒見がよく、基本的にはクラリスの息がかかっている者で構成されているというのもあるだろう。


「……私、人の血なんて吸えるんでしょうか?」


「おや?毎日飲まれているのでは?」


「そ、そうじゃなくてですね?ほら、直接噛みついて、ちゅーっと出来るかってことなんですよ」


 バイトの休憩中、ルナは共にバイトに勤しんでいるオーギュストに問う。
彼は興味さえ持てられれば何でも手を出す性格らしく、下っ端としての仕事もいつものように楽しくこなしている。

 今この場にはユカリを含めた三人が座っており、彼女の吸っているたばこの煙がゆっくりと昇っている。
彼女は吸血鬼となってからまだそれほど年月が経っていないらしいが、どうにかこうにか人を殺めずに生活できているらしい。


「あーしの場合は、あーしらみたいなのに理解のある奴がいたから、普通より楽させてもらってっかなぁ……。実はそんなに困ったとか、あーしはないんっすよ」


「それって、この前一緒にお話ししてくれた、小太りの男の人ですか?」


「そ。でも、直接首根っこ噛み付いたらアイツもなっちゃいそーじゃん?だからアイツは……その、わざと手を切って、それを飲ませてくれたんすよ」


 直接噛みつかれるよりはよほどマシかもしれないが、それは強い痛みと大きな危険を伴う行為だ。
ユカリは感謝とともに、強い申し訳なさを抱いているようだ。


「後から分かったんすけど、あーしが噛みついても吸血鬼にならないんすわ。あーしが殺っちゃったらなっちゃうらしいけど、殺らない限りはいつまでたっても人間のまんま!そんなわけで、時々噛みつかせてもらってるっすよ」


「ユカリ様も吸血鬼ではありますが、能力の行使をしないのです。だから、口にする頻度も少ないそうですよ」


「でも肉体労働じゃないっすか?やっぱりすぐ腹減っちゃって……それでも三日に一度かなぁ。今は、便利なものも手に入るし?」


 輸血パックのことを言っているのだろう。
こんな輸送船にいくつも置いてあれば目立ちそうなものだが、理解者や吸血鬼が複数人乗っているため、それに違和感を持人間には知られていないのだそうだ。


「でもこーゆーのも、本当に死にそうで必要としてるって人が居んのに、あーしらが飲んじゃっていいのかなぁ……とか、思うときはあるっすよ。極力、古いやつを見繕って持ってきてるらしいけど、それでも……ねぇ」


 吸血鬼ならではの悩みに触れ、ルナはまた少し考え込む。
強力すぎるが故に、クラリスはそう言った悩みを持っていないようだが、彼女も自分たちのように悩んだことがあったのだろうか。
ちなみに、城の輸血パックを調達しているのはオーギュストだが、彼も極力使用できなくなったものを集めるようにしているようだ。


「ルナちゃんがさ、どんな吸血鬼になるのかわかんないっすけど……心はさ、人でいてよね……ずっと、さ」


「分かりました……ユカリさん、ありがとうございます」


「じゃ、あーしの休憩は終わり。また現場で~」


 ユカリは手を振りながら、休憩室を後にする。
そのあとに入ってきたのは、話に上がった小太りな協力者、ケイタであった。
ルナは彼に、人間の側から見た吸血鬼について質問してみた。


「そりゃあ、僕も最初は怖かったよ。でもユカリさんはちゃんと人間だったんだよ、考え方とか行動が。僕のことも、困ったときに助けてくれたりしてるしね。だから最初は、ちょっとした恩返しのつもりだったなぁ……痛くて夜中に泣いたけどね」


 いかにも穏やかそうな彼は少し笑い、煙草を咥える。
今一つ似合っていないが、とても美味しそうに吸っている。


「噛みつかれたときに、たまに言われるんだけどね。血が脂っぽいとか、ヤニくさいとか。ひっどいよねぇ、自分もタバコ吸ってんのに!」


「それ、もう病気なんじゃ……」


「それがねぇ、生活を改善しましょうとは言われたけど、すぐに危なくなるような病気はなかったよ。吸血鬼になって時間が経つと、味の違いみたいなのが分かってくるみたいだね。それも、かなり鋭く」


 他愛のない話をしながら、ルナは自分の身の変調について少し考える。
味覚はまるで変わっておらず、輸血パックの血液はいつまで経っても美味しいとは思えないが、視覚、聴覚、嗅覚は依然と大きく変わっている。
オーギュストによる簡易的検査では視力は2.0、元の倍近くにまで上昇しており、暗がりでも物を見ることにまったく苦労しなくなっていた。
以前より音もハッキリと聞こえるようになっており、10m以内で聞こえた足音ならば、正確にその位置を当てることが出来た。
嗅覚に至っては、数十m先の血液の匂いが分かるようになっており、考えれば考えるほど変調が思いついてしまう。


「ユカリさんもルナちゃんも、すごいよね。家族も友達も、誰も自分のことを知らない。体はもう普通の人間とは違っている。それでもしっかり前を向いて生きられる。きっと僕には……真似できないよ」


「そ、そんなことないですよ……。よく私、暗くなっちゃいますし、皆さんほど強くなんて……」


「でも君は今、確かに未来のことを考えているよね?沈んでばかりいちゃダメだって、前を向こうって決められてるじゃないか。大丈夫だよ、君もちゃんと強いし、頑張り屋だよ」


 温かい言葉が心に沁みる。
休憩を終えて帰ってきたルナは、雰囲気がそれまでよりも少しだけ、明るかったという。
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