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第1話 始まりはラーメンスタンプラリーにて
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いつも通りの時間、いつも通りの改札を抜け、いつも通りに階段を上がる。
小さな駅では、毎日同じ時間に駅を利用すれば、同じ時間に電車に乗る他の利用者の顔もすっかり見慣れたものになる。
毎日丁度階段を掃き掃除している清掃員の女性に軽く頭を下げ、ホームへと上がり、一番初めに遭遇する自販機で暖かいお茶を買う。
これが藤田 歌織の毎日のルーチンだ。
さすがに真夏になるとこれが冷たいお茶になったりするものの、変化なんてそのくらい。
学生が多いか少ないかで世間の長期休暇を知り、夏休み羨ましいなぁなんて思いながらも、完全な他人事として職場へと向かう。
歌織の今の職場での勤続年数は10年を越えて、気が付けばすっかりお局様だ。
……とは言え、漫画やドラマで見たことがあるような、やりたい放題の意地悪婆になる才能はなかったようで、誰彼構わず威張り散らすようなふてぶてしい女にはなれなかったし、アルバイトの学生にもついつい敬語で話してしまうくらいには低姿勢を貫いている。
10年も同じ場所で働けば、要領が悪くたって大抵のことは一人で出来るようになったし、入れ替わりが激しい職場ではあるが、数人は自分と同じくらい長く勤めているお局仲間はいて、居心地が悪いと言うこともない。
勿論、スタッフ同士のいざこざが無いわけではないし、その度にどちらの肩を持つかみたいな選択を迫られ、ジリジリと精神を削られたりはするのだが、そんなことで職を手放す訳にはいかないと、のらりくらりと切り抜けてきたのが今の歌織だった。
幸い今の暮らしに大きな絶望や不安はない。
世の中の情勢とか言うレベルまでスケールを広げたら勿論なくはないが、少なくとも今、自分が生きていくと言う意味では非常に安定していた。
食うに困らないだけのお金は貰える仕事があって、歌織自身引きこもりがちではあるけれど、たまに居酒屋やファミレスで外食するのも日々の楽しみだ。
今は一人で入りやすい店も増えたし、お値段の割に味だって美味しい。
だから、歌織はこんな暮らしも別に悪くないんだろう……と思っていた。
……けれど、心の何処かではもやもやとした不明瞭な不安や焦りがあったのかも知れない。
もっと夢中になれるような何かを、あるいはそのきっかけを、心の何処かで求めていたのかも知れない。
「……」
普段は前を素通りするだけのホームに壁に貼られた掲示物。
有名な誰かのコンサートだとか、美術館の企画展やら庭園のライトアップイベントだとか…。
そんな風に季節の催し物を知らせるポスターたち。
いつも目には入るけれど、特別視たりしない、何処か他人事で、景色の一部でしかなかったものたちだ。
それなのに、その日は何故か一枚のポスターにやけに目を惹きつけられて、歌織は思わず足を止めてしまった。
全体が赤く目を引く派手な色のポスターに所狭しと踊っていたのは、様々なラーメンの入った丼ぶりの写真と、ラーメンスタンプラリーの文字だった。
それを見た瞬間、歌織の胸が変にざわめいた。
背後で通り過ぎる快速電車のうるさい音も今日は気にならなかった。
少し痛んだ自分の髪が強風でバサバサと揺れるのもどうでも良かった。
それは、間違いなく非日常の入り口だった。
小さな駅では、毎日同じ時間に駅を利用すれば、同じ時間に電車に乗る他の利用者の顔もすっかり見慣れたものになる。
毎日丁度階段を掃き掃除している清掃員の女性に軽く頭を下げ、ホームへと上がり、一番初めに遭遇する自販機で暖かいお茶を買う。
これが藤田 歌織の毎日のルーチンだ。
さすがに真夏になるとこれが冷たいお茶になったりするものの、変化なんてそのくらい。
学生が多いか少ないかで世間の長期休暇を知り、夏休み羨ましいなぁなんて思いながらも、完全な他人事として職場へと向かう。
歌織の今の職場での勤続年数は10年を越えて、気が付けばすっかりお局様だ。
……とは言え、漫画やドラマで見たことがあるような、やりたい放題の意地悪婆になる才能はなかったようで、誰彼構わず威張り散らすようなふてぶてしい女にはなれなかったし、アルバイトの学生にもついつい敬語で話してしまうくらいには低姿勢を貫いている。
10年も同じ場所で働けば、要領が悪くたって大抵のことは一人で出来るようになったし、入れ替わりが激しい職場ではあるが、数人は自分と同じくらい長く勤めているお局仲間はいて、居心地が悪いと言うこともない。
勿論、スタッフ同士のいざこざが無いわけではないし、その度にどちらの肩を持つかみたいな選択を迫られ、ジリジリと精神を削られたりはするのだが、そんなことで職を手放す訳にはいかないと、のらりくらりと切り抜けてきたのが今の歌織だった。
幸い今の暮らしに大きな絶望や不安はない。
世の中の情勢とか言うレベルまでスケールを広げたら勿論なくはないが、少なくとも今、自分が生きていくと言う意味では非常に安定していた。
食うに困らないだけのお金は貰える仕事があって、歌織自身引きこもりがちではあるけれど、たまに居酒屋やファミレスで外食するのも日々の楽しみだ。
今は一人で入りやすい店も増えたし、お値段の割に味だって美味しい。
だから、歌織はこんな暮らしも別に悪くないんだろう……と思っていた。
……けれど、心の何処かではもやもやとした不明瞭な不安や焦りがあったのかも知れない。
もっと夢中になれるような何かを、あるいはそのきっかけを、心の何処かで求めていたのかも知れない。
「……」
普段は前を素通りするだけのホームに壁に貼られた掲示物。
有名な誰かのコンサートだとか、美術館の企画展やら庭園のライトアップイベントだとか…。
そんな風に季節の催し物を知らせるポスターたち。
いつも目には入るけれど、特別視たりしない、何処か他人事で、景色の一部でしかなかったものたちだ。
それなのに、その日は何故か一枚のポスターにやけに目を惹きつけられて、歌織は思わず足を止めてしまった。
全体が赤く目を引く派手な色のポスターに所狭しと踊っていたのは、様々なラーメンの入った丼ぶりの写真と、ラーメンスタンプラリーの文字だった。
それを見た瞬間、歌織の胸が変にざわめいた。
背後で通り過ぎる快速電車のうるさい音も今日は気にならなかった。
少し痛んだ自分の髪が強風でバサバサと揺れるのもどうでも良かった。
それは、間違いなく非日常の入り口だった。
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