飲兵衛女の令和飯タルジア

夜摘

文字の大きさ
上 下
1 / 14

第1話 始まりはラーメンスタンプラリーにて

しおりを挟む
 いつも通りの時間、いつも通りの改札を抜け、いつも通りに階段を上がる。
 小さな駅では、毎日同じ時間に駅を利用すれば、同じ時間に電車に乗る他の利用者の顔もすっかり見慣れたものになる。
 毎日丁度階段を掃き掃除している清掃員の女性に軽く頭を下げ、ホームへと上がり、一番初めに遭遇する自販機で暖かいお茶を買う。
 これが藤田 歌織ふじた かおりの毎日のルーチンだ。
 さすがに真夏になるとこれが冷たいお茶になったりするものの、変化なんてそのくらい。
 学生が多いか少ないかで世間の長期休暇を知り、夏休み羨ましいなぁなんて思いながらも、完全な他人事として職場へと向かう。

 歌織の今の職場での勤続年数は10年を越えて、気が付けばすっかりおつぼね様だ。
 ……とは言え、漫画やドラマで見たことがあるような、やりたい放題の意地悪婆になる才能はなかったようで、誰彼構わず威張り散らすようなふてぶてしい女にはなれなかったし、アルバイトの学生にもついつい敬語で話してしまうくらいには低姿勢を貫いている。
 10年も同じ場所で働けば、要領が悪くたって大抵のことは一人で出来るようになったし、入れ替わりが激しい職場ではあるが、数人は自分と同じくらい長く勤めているおつぼね仲間はいて、居心地が悪いと言うこともない。
 勿論、スタッフ同士のいざこざが無いわけではないし、その度にどちらの肩を持つかみたいな選択を迫られ、ジリジリと精神を削られたりはするのだが、そんなことで職を手放す訳にはいかないと、のらりくらりと切り抜けてきたのが今の歌織だった。
 幸い今の暮らしに大きな絶望や不安はない。
 世の中の情勢とか言うレベルまでスケールを広げたら勿論なくはないが、少なくとも今、自分が生きていくと言う意味では非常に安定していた。
 食うに困らないだけのお金は貰える仕事があって、歌織自身引きこもりがちではあるけれど、たまに居酒屋やファミレスで外食するのも日々の楽しみだ。
 今は一人で入りやすい店も増えたし、お値段の割に味だって美味しい。
 だから、歌織はこんな暮らしも別に悪くないんだろう……と思っていた。
 ……けれど、心の何処かではもやもやとした不明瞭な不安や焦りがあったのかも知れない。
 もっと夢中になれるような何かを、あるいはそのを、心の何処かで求めていたのかも知れない。

「……」

 普段は前を素通りするだけのホームに壁に貼られた掲示物。
 有名な誰かのコンサートだとか、美術館の企画展やら庭園のライトアップイベントだとか…。
 そんな風に季節の催し物を知らせるポスターたち。
 いつも目には入るけれど、特別たりしない、何処か他人事で、景色の一部でしかなかったものたちだ。
 それなのに、その日は何故か一枚のポスターにやけに目を惹きつけられて、歌織は思わず足を止めてしまった。
 全体が赤く目を引く派手な色のポスターに所狭しと踊っていたのは、様々なラーメンの入った丼ぶりの写真と、ラーメンスタンプラリーの文字だった。
 それを見た瞬間、歌織の胸が変にざわめいた。

 背後で通り過ぎる快速電車のうるさい音も今日は気にならなかった。
 少し痛んだ自分の髪が強風でバサバサと揺れるのもどうでも良かった。
 それは、間違いなく非日常の入り口だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

6年生になっても

ryo
大衆娯楽
おもらしが治らない女の子が集団生活に苦戦するお話です。

処理中です...