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第一部
お願い事
しおりを挟む翌朝、真希が目を覚ますと、両サイドから美しい顔に見つめられていた。
(そうだ、昨夜はアルと……しかもレラージェに見られながら!!)
「「おはようマキ」」
爽やかな笑顔で挨拶されたと同時に、両頬にチュッとキスをされた。
「ぅぅ~」
真希は昨夜の情事を思いだしてしまい、羞恥に悶えた。両手で顔を隠すと、二人にクスクス笑われた。レラージェに見られながらのセックスは、凄く気持ちよくて興奮した。もしかしたら、新しい扉を開いてしまったかもしれないと、真希は内心焦った。
結局、昨夜レラージェとはセックスにまで至らなかった。雰囲気に流されてキスは許してしまったが、最後の一線を超えなかったのは、心が通い合うまで待つと約束してくれた彼の配慮だろう。
すぐ目の前で行われた情事を、ただ見ているだけというのは、男性としてさぞ辛かったと思われた。それでも真希の気持ちを尊重してくれた事には感謝しかない。
輝くような美貌を持ち、そのうえこの国の王子である。どう考えても自分とは釣り合いがつかない。彼にはもっと相応しい女性がいるだろうに、なぜ自分なのか。真希には検討もつかなかった。
三人は、甘い雰囲気のなか朝の時間を共に過ごした。特に真希とアルは、肉体関係を結んだことで二人の距離が一気に縮まったように感じる。
チュ、チュ、チュ
アルは真希の顔中にキスをした。やがてその唇が首筋に移動し、頸にたどり着くと深く息を吸う。
「良い香りがする。……あー、このままずっとマキと共に居たい。今日ぐらい俺が仕事に行かずとも問題ないだろう」
「ちょっ、匂い嗅がないでください! それと仕事にもちゃんと行かなきゃダメですよ」
真希は諌めながら彼の顔を胸元から引っ剥がした。いつも落ち着いて動揺しない印象の彼が、ガラリと変わって甘えん坊になってしまった。
(アルにこんな一面があったなんてちょっとビックリ。でも、こんな彼も可愛いと思っちゃうんだから、私もかなり重症だわ)
「さっきから何を言っているんだお前は。結婚早々、騎士団長が無断欠勤なんぞしたら、他の者に示しがつかないだろう。さっさと仕事に行け」
愚図るアルを、レラージェがぶった斬った。アルは渋々といった調子で真希から離れると、「くれぐれもマキを頼んだぞ」とレラージェに言って出て行った。
「さて、邪魔者がいなくなったことだし、これからについて話をしようか」
レラージェは、上品な手つきで紅茶に角砂糖を入れていった。一、二、三、四……え、えぇ? 真希が目を剥く前で、なんと十個の角砂糖を入れてしまった。そして、それを美味しそうに飲んでいる。
人の健康にあれこれ口を挟みたくはないが、砂糖十個はどう考えてもよろしくないのでは……。などと真希が考えていると、レラージェが口を開いた。
「今日はマキに僕の妹を紹介したいと思っているんだ。それで、マキさえ良ければ友達になってやってほしい」
そういえば、彼には四歳になる妹がいると以前話で聞ていた。確か異父兄妹で、王位継承権一位の王女様だ。なぜ会わせたいのか分からなかったが、真希は子供が好きなので快諾した。
朝食後、身支度を済ませた真希は、妹の部屋へと案内された。ドアの前に立つ護衛の人が、真希とレラージェを見てドアを開けてくれた。部屋に入ると、膝を曲げて小さくカーテシーをする。
「はじめまして。マキと申します」
「このかたが、おはなししてくださった、おにいさまのおともだち?」
可愛らしい声が耳をくすぐった。クスクス笑いながら、レラージェは真希に顔を上げるよう言う。
すると、目の前には見事な金色の髪をした、それはそれは美しい少女がいた。キラキラ輝くグリーンの瞳が、興味津々といった様子で真希を見ている。
「マキ、この子が妹のソフィアだ。ソフィ、彼女は僕の妻で、ソフィの義理姉さんだ」
「そうなのね! マキおねえさまっ」
まるで命を吹き込まれたフランス人形の様な少女が、トコトコやって来て真希に抱きついた。
(か、可愛い!!)
髪はレラージェと同じサラサラの黄金色、しかし目の色は明るいブルーのレラージェとは異なり、新緑の葉を連想させるグリーンだった。桃のようなふっくらした頬に、さくらんぼの様な唇。幼児特有のぽっちゃり感が愛らしさを増幅させていた。
真希はしゃがんで目の高さを同じにすると、丸くてクリクリした少女の目を覗き込んだ。
「ソフィア様、改めまして、真希と申します。よろしければ少しお話をしませんか?」
するとソフィアは目を輝かせて、好きな色や食べ物、お気に入りの人形や玩具など、様々なことを話をしてくれた。途中からレラージェも加わって、三人で楽しい時間を過ごした。
やがてソフィアの昼寝の時間になったので、また会う約束をしてこの日は別れた。
部屋を出た二人は、ソフィアについて話をするためレラージェの部屋へと向かった。
「僕が生まれた後、母上は三度の流産を繰り返した。そして、四度目の妊娠でようやくソフィを授かったんだ。半年前、ソフィアは四歳を迎えた。……僕が何を言おうとしてるか分かるよね?」
真希はコクンと頷いた。年齢的にいつ病に罹ってもおかしくない。特に女児の致死率はとても高く、生き残る確率は約三割。王族としては、女王になるべくして生まれた彼女を失うわけにはいかなかった。
「そこで僕はマキに賭けてみることにした。実は閲覧禁止に指定されている古記録があるんだ。それによると、数百年に一度、稀人と呼ばれる異世界の人間がこちらの世界に迷い込んで来ると書かれてある。僕は、君じゃないかと思うんだ」
記録によると、ある時代では干ばつによって痩せた土地を蘇らせたとあり、また別の時代では、この国で最高峰の山の噴火を鎮めたとも書かれていた。
「ちょ、ちょっと待ってください。先に言っておきますけど、私にそんな力はありませんよ?」
レラージェの語る記録が偽りとは思わない。けれど何の変哲のない自分に奇跡を起こす力があるなど、真希には到底思えなかった。
「特別なことは何もしなくていいんだ。五歳の誕生日を迎えるまでの間、ソフィの遊び相手になってくれないだろうか。たとえ結果として病に罹ったとしても、君が責めを負うことはないと約束する」
王子なのだから命令することも出来ただろうに、あくまで真希本人が決められるよう“お願い”するあたりに、彼の優しさを感じずにはいられなかった。これでは否と言えないじゃないか。
「……分かりました。そのお話、謹んでお受けします。でも、本当に私はただの人間ですからね?」
返事を聞いたレラージェは、見惚れてしまうような笑顔を見せると、ぎゅーッと真希を抱きしめてキスをした。
こうして、真希の日課にソフィアと過ごす時間が加わった。二人は、ちょうど読み書きのレベルが同じくらいだったので、座学も一緒に行うことになる。
昼になるとレラージェも加わり、昼食に華を咲かせた。甘いマスクに気を取られてしまいがちだが、レラージェは博識で、巧みな話術で人をの心を開く才能があった。
午後はソフィアの希望でスケッチの仕方を教えた。とは言っても四歳児なので、好きなものを描きたいように描かせるスタンスでやっている。
「マキ、できたわ!」
「まぁ!可愛く描けましたね」
「これがおかあさまで、こっちはおとーさまたちよ」
ソフィアが描いた絵には、ドレス姿の女性と、夫と思われる複数の人物が描かれていた。自由な表現で描かれた絵には、子供が感じている世界や、絵の中に込められた物語を垣間見ることができる。
一妻多夫の世界で生まれ育ったソフィアにとって、これが普通であり家族の形なのだ。
この世界で生きていくためには、植え付けられた固定観念を捨てる勇気を持たなくてはならない。真希はそんな風に思った。
お昼寝の時間が来ると、真希の役目は終了となる。迎えにきてくれたレラージェと一緒にソフィアの部屋を後にした。
レラージェは、毎回部屋の前まで送ってくれていた。それがいつからか、彼も部屋の中に入って来るようになっていた。バタンとドアが閉まると同時に、抱き寄せられて唇が塞がれる。
「ん、ぁ、まっ……て」
レラージェは頬に触れていた手で真希の顎をクイっともちあげ、更に深く舌を絡めてくる。彼の唇を感じ、思わず目を閉じる。ささやかな抵抗を見せると、股の間に片足をねじ込まれて逃げ道を塞がれた。
「わかってる、最後まではしないから……少しだけマキを味あわせて」
「ん……ぁ……」
確かにこれはセックスじゃない。でもこのキスはーーーー口をこじ開けられ、そこに肉厚な舌を差し込まれる。それは女の身体に男のものを突き立てられるあの感覚に近いものがあった。
「好きだ」
唇が離れそうで離れない。薄く触れ合ったまま囁かれ、角度を変えて再び深く重なる。唇が離れる頃には息も絶え絶えで、グッタリと彼の胸にもたれかかている状態になってしまう。
レラージェは黒髪に指を通しながら、頭のてっぺんにキスを落とす。そして重く深い溜め息をつくと、「また明日」と言って俯いたままの真希の頬にそっと触れ、部屋を出ていくのだった。
正直、彼とのキスは嫌いではない。同じ時間を過ごすうちに彼の人となりを知り、惹かれている自分が確かにいた。現に求められても大した抵抗をしないのだから、既に陥落してしまったも同然だった。
*
「あっ、あぁ……アル、きもち……っ、あっ、アルぅ」
奥を突き上げられて、真希は盛大に喘いだ。隙間なく埋められて、自然と呼吸が荒くなる。カリ部分の引っかかりがすごい。その快感が下腹部に蓄積されていき、大きく弾けた。
「あぁーーーーっ!」
押し上げられて味わう浮遊感に、目の前に火花が散った。直後に射精された白濁を、真希の胎はピクピクと痙攣しながら飲み干す。
「愛してる」
「うん、私も……」
最後にチュッとキスをして繋がりを解かれた。
息が整い、事後の雰囲気に酔いしれていると、アルマロスが静かな声で問いかけた。
「マキ、ソフィア様と過ごす時間にレラージェも頻繁に訪れていると聞いた。……マキはレラージェをどう思っている?」
何と応えれば良いのか分からなくて、すぐには言葉が出なかった。それを感じ取ったアルマロスが、フッと微笑んで真希の目を覗き込んだ。
「後ろめたさを感じる必要はまったくない。マキには彼の後ろ盾が必要だ。それにこの世界では、俺だけじゃマキを守りきれない。きっとあいつは良い夫になるだろう。長い付き合いだから断言できる」
真剣な眼差しで見つめられ、彼が何を伝えんとしているのかを理解した。
レラージェの好意はたくさん伝わって来ているし、そんな彼に惹かれている自分がいた。もうそれで充分なのではないか。
「アル、大好き」
「俺もだよ」
「レラージェも好き、……なんだと思う」
「そうか」
そっと抱き寄せられて額に唇が押し当てられた。見上げれば、彼の表情に非難や軽蔑の色は見られなかった。
アルを愛するように、レラージェも愛して良いのだ。
真希が長いこと抱えていた重荷が、スッと軽くなった瞬間だった。
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