私の愛する夫たちへ

エトカ

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第一部

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 「見上げた忠誠心だね、セバス。お前の命を張るほどの値打ちがある主人ってことか。でも、お前だって知っているだろう? 女性の拉致監禁は重罪だって。高位貴族といえども犯罪は犯罪だ」


 なにやら会話の雲行きが怪しくなってきた。そう感じた真希は慌てて口を挟んだ。


 「わ、私は拉致も監禁もされていません。それに、アル以外のところにはどこにも行きませんから!」


 自分の我儘のせいで、アルマロスの立場が危うくなってしまった。このままでは、彼は罪に問われてしまうだろう。真希はそれだけは避けたかった。殿下と呼ばれた人物は、真希の勢いに驚いたのか目をぱちくりさせている。


 「これは驚いた、あいつは君にアルと呼ばせているのか。今までどんな女性にも許さなかったというのに……」


 そう言って、彼は親指と人差し指を顎に当てると、考える仕草を見せた。真希がこの世界に来て、アルマロスとセバス以外の人と話すのはこの時が初めてだった。スラリとした体躯をした彼は、見事な金髪を軽く横に流して、澄んだ青い目で真希をジッと見つめている。背丈はアルマロスと同じくらいの長身で、神秘的な風貌が彼を中性的に見せていた。


 「それで、君の夫たちは?」


 やはりというか、問われたのは真希の夫についてだった。夫はアルマロス以外いないと言うと目を見開いていた。真希はこれ以上アルマロスを巻き込まないためにも、今までのことを包み隠さず彼に話すことにした。


 「異世界から?」

 「はい。そこでアル……、アルマロス様に保護されたんです」


 彼は自らを レラージェ・ハスデヤと名乗った。ハスデヤ王国の第一王子で、アルマロスとは同年の幼馴染だそうだ。

 一夫一妻制の世界から来た真希には、一妻多夫の制度はなかなか受け入れるのが難しく、アルマロスはそんな彼女をおもんばかって、結婚をし居場所を作ってくれたのだと説明した。


 「この世界で生きて行くためには、夫を最低三人選ばなくちゃいけないのは理解しているつもりです。いつまでもここに隠れているわけにもいきませんし。それでも行動に移せなかったのは私の弱さのせいなんです」


 真希はレラージェに頭を下げて赦しを乞うた。だがその直後、正面玄関が荒々しく開けられて、何者かが階段を駆け上がって来る音がした。そして、乱れた髪のアルマロスが、勢いよく部屋の中に飛び込んで来た。彼は真希を見つけると、駆け寄って包み込むようにして抱き寄せる。


 「マキ、遅くなってすまない。もう大丈夫だ。君は何も心配しなくていい」

 「私は大丈夫です。それよりも、レラージェ殿下がお見えになっていまして……」


 その言葉に、アルマロスは抱擁を解くとレラージェに顔を向けた。彼の広い背に守られるように隠されて、真希はようやく胸を撫で下ろした。


 「レラージェ、これはどういうことだ」

 「それはこっちのセリフだよ、アル。異世界人とはいえ、女性を未登録のまま閉じ込めるみたいに屋敷に住まわせて。そんなことが露見されたら、爵位返上どころの話じゃないぞ」


 レラージェもアルマロスも、険しい表情で睨みあっていた。この場合、法に抵触する事をしているアルマロスに非があると思われても仕方がないだろう。
 幼馴染でもある二人が、自分のせいで仲違なかたがいしてしまった。真希は、自分のせいで取り返しのつかない事態になってしまったと顔を青ざめた。


 「ごめんなさい! 全部私が悪いんです。私が我儘を言ったから……。あの、今すぐ王都に行って市民権を貰いに行ってきます。だから、だからこの件はお赦し頂けませんか」


 真希はアルマロスの背から飛び出ると、涙声でレラージュに訴えた。それを見た彼は、大きなため息を吐くと困り顔で二人を見た。


 「あーあ、分かったよ。経緯を聞くからに情状酌量の余地はあると判断できるし。はぁ、これじゃあ女性を泣かせてる僕が悪者みたいじゃないか」


 レラージェの口調が柔らかくなったことで、王子としてではなく友人として話を進めようとしているのだと察せられた。


 「す、すびばぜんっ」


 鼻が詰まって上手く話せない真希を見てレラージェはクスッと笑った。アルマロスはポケットからハンカチを出して涙を拭ってくれた。


 「でも、この件を認めるに当たっていくつか条件がある」


 レラージェは人差し指を上に向けて二人を見た。


 「まずひとつ目に、マキは王宮で僕と暮らすこと」

 「……はい?」

 「そしてふたつ目は、城には僕の妻として入ること」

 「……はい?」


 突拍子のない内容に、真希の目は点になった。ふと横から不穏な空気を感じて振り向くと、アルマロスが般若のような形相でレラージェを睨みつけていた。



 *



 「面白い冗談だ、レラージェ。だがマキは俺の妻なのだからここで暮らす」


 そう言うと、アルマロスは真希を抱き寄せた。一方、真希は急な展開に頭の中が真っ白になってしまって何も言えないでいる。そんな二人を前に、レラージェは人畜無害そうな笑顔で話を続けた。


 「やだなぁ、冗談でこんな事言わないって。全員の要望に応えるには、これが一番だと思ったまでだよ」


 レラージェが言うには、真希とレラージェが結婚すれば、警備の固い城で真希を守ることが出来る。レラージェは王族で、しかも王位継承権二位だ。そのため、真希の夫の選抜は慎重にならざるを得ず、市民権を取得する際に、三人目の夫の選定を強制されることは無いだろう、というものだった。


 「もちろんアルはマキの夫になるのだから、王宮の出入りは自由だ。どうかな、みんなにメリットがある案だと思うんだけど」 


 確かに彼の言う通りだ。いつまでもアルの屋敷に居続けても、打開策がなければいつかは破綻する。それなら彼の提案に乗るべきだろう。アルも何か考えているようだった。彼は考え事をする時、腕を組んで人差し指で腕をトントンする癖がある。


 「……まだ重大な問題が残っているぞ。王位継承権はどうするつもりだ。もし王女が身罷みまかられた場合、お前が王位につく事になる」


 この国では、男性の王のみ一夫多妻が許されている。王族の血を絶やさないためだ。もし、レラージェが国王になった場合、アルマロスは強制的に真希と離縁させられることになる。


 「それについては考えがあるから大丈夫。万が一の時は、継承権を放棄すればいいだけの話だし」

 「簡単に言ってのけるが、そう容易く放棄できるわけがないだろう」


 アルマロスは呆れ顔でレラージェを見た。そもそも、どの様な考えなのか。問いただしてみたが、今はまだ言えないとかわされてしまった。


 「マキはどうしたい?」


 アルマロスに問いかけられ、真希は率直な気持ちを述べることにした。


 「正直不安です。私はこの世界のことをほとんど知りませんから。でも殿下の仰った案の他に打開策はなさそうですし、それに従うのが一番なのかもしれません」


 アルマロスは一拍置いてから、渋々とした感じでそれに合意した。

 こうして、真希はコカビエル家の屋敷を出て王城で暮らすことになった。
 引っ越しは二週間後。真希を住まわせるにあたっていろいろ根回しが必要ならしい。レラージェはこれから忙しくなるようで、次に会うのは真希が城に引っ越して来た時になると言って去って行った。

 その日の晩、二人はこれからについて話しあった。


 「こんなことになって非常に口惜しいが、城の方が警備が整っているのは確かだ。だからマキが危険に晒されるようなことは起きないだろう。だが、それでもどうか用心してほしい。貴方のような魅力溢れる女性を世の男どもが見つけてしまったら、夫の地位を懸けて争いが起きるだろう」

 「い、いや、それはちょっと大袈裟じゃないですかね」


 別に自らを卑下するつもりはないが、真希は至って普通のアラサー女子だと思っている。ブスではないが、美人というわけでもない。
 彼の言う魅力が内面的なものを指すのなら、一体自分のどこに魅力を感じたのか皆目見当もつかなかった。

 隣に座っているアルマロスが、真希に手を差し伸べる。彼がそうする時は、真希を膝の上に座らせたい時だ。真希は立ち上がると、伸ばされた彼の腕に身を委ねた。


 「毎日マキに会いに行くよ。何かあった時は必ずレラージェに言うようにしてくれ。……はぁ、屋敷に帰っても君がいないと思うと憂鬱だ」

 「私も同じ気持ちです。……この世界に来るまで、寂しさを埋めるように一心不乱に働いてたんです。けれど孤独には勝てなくて。そんな時アルと出会ったんです。ここでの日々はとても穏やかで心地良いものでした。アルには心から感謝しているんですよ。貴方と出会わなかったら、今の私はいなかったと思うから……」

 服越しに伝わるアルマロスの体温が、真希の心に安らぎを与えた。彼の肩口に頭を預けると、首筋からほろ甘いムスクの香りがした。
 大きな手が、マキの顎に触れて優しく上向かせる。至近距離で見る彼の瞳には、情熱の炎が揺らめいていた。
 どちらからともなく距離は縮まっていき、真希が目を閉じると同時に唇に柔らかいものが押し当てられた。


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