私の愛する夫たちへ

エトカ

文字の大きさ
上 下
4 / 10
第一部

来訪者

しおりを挟む



 次の日。

 真希はアルマロスの言いつけを守って部屋で大人しく過ごしていた。レースのカーテンが風に吹かれてヒラヒラと揺れている。今は春なのだろうか、柔らかい日差しがとても心地よい。

 最近の真希は、もっぱら絵を描いて過ごしていた。仕事一色だったかつての生活から、まるで逆転したような心安らぐ毎日。

 そんな彼女に、アルマロスは画用紙とチャコールペンをプレゼントしてくれた。この世界には鉛筆というものが存在せず、チャコールという木炭で作られた棒状のペンシルを使っている。

 今日は花瓶にいけた薔薇を描くことにした。窓辺に置いて角度を調整したら、深呼吸をして神経を研ぎ澄ます。雑念を取り払えば真希の世界には何も存在しなくなる。苦しみも悲しみも孤独な心も、束の間忘れてひたすら被写体に心を傾けた。





 誰もいない静寂の部屋。そよ風が音もなく真希のこれまでの作品を散らした。そのうちの一枚が宙を舞って窓の向こうへと消えていく。だが絵の世界に没頭している真希がそれに気づくことはなかった。



 *



 一方その頃、アルマロスは客間で来訪者の応対をしていた。


 「久しぶりに顔を見に来てやったっていうのに何だよその仏頂面は」


 黄金色の髪を軽く横に流した美男子が、優雅な手つきで紅茶の入ったカップを傾ける。オフホワイトのトラウザーズに、上は華やかな織り柄のトップス。レースのクラヴァットが彼をより一層美しく見せていた。


 「城で嫌ってほど顔を合わせているだろう。それよりレラージェ、ここに来た用件は何だ」

 「用件というか……まぁ、最近付き合いが悪いから何かあったんじゃないかと思って様子を見に来たんだよ。あれだけ仕事人間だったお前が、最近は定時にさっさと仕事を切り上げて帰宅するそうじゃないか。他の奴らも何かあったんじゃないかと心配していたぞ」


 アルマロスは心の中で舌打ちした。マキを外界から守るために細やかな心配りをしていたつもりだったのに、自らの至らなさのせいで厄介ごとを呼び寄せてしまった。


 (今はまだ真希の存在を知られるわけにはいかない。形だけとはいえ、ようやく俺との結婚を受け入れてくれたんだ。波風を立てることは避けたい)


 今アルマロスの向かいにいるレラージェという男は、この国の王子だ。
 とはいえ、長子でありながら王位継承権は二位。なぜなら王族は代々女系だからだ。
 女性の継承者がいない場合に限り、男子が王位につくことが認められている。王女には現在四歳になる娘がいるのだが、ちょうど病にかかる危険な年齢を迎えていた。
 そのため彼の行く末は、この女児の生死によって大きく左右されるのだった。


 「別にこれといってない。ちゃんと毎日業務にあたってるんだ、文句を言われる筋合いはない」

 「まあまあ、そう刺々しく当たるなよ。何もないのならそれに越したことはないんだから」


 二人は、幼い頃に両家の親たちによって引き会わされた。
 公爵家の嫡男であるアルマロスが、将来レラージェを支える存在になることを望んでのことだった。寄宿学校では学友として切磋琢磨し絆を深めていった。十二歳になるとアルマロスは騎士の道を、レラージェは帝王学を学ぶため、それぞれ別の道を歩むことになる。

 今ではアルマロスは騎士団長として、レラージェは第二王位継承者としてこの国を支えていた。


 「それよりも、隣国に放った諜者ちょうしゃがきな臭い情報を入手してきたんだ」


 レラージェの話によると、ここ最近幅を聞かせている窃盗団が、攫った女性を他国に売り飛ばしているというものだった。足取りを追ったところ、どうやら向こうの王族が絡んでいる可能性が出てきたのだと言う。


 「それが事実だとすると厄介だな。大ごとになる前に鎮火させないと国際問題になりかねない。これについて陛下は何と?」

 「今の段階では何とも。尻尾を掴んで現場を捕らえるのが一番なんだが……」


 (相手が相手なだけに大っぴらに動けないか……)


 話を終えたレラージェは、いとまを告げてコカビエル家の屋敷を後にした。ところが迎えの馬車がまだ玄関先に到着していないようだった。そこで彼は息抜きに庭を見てまわることにした。

 束の間くつろぎの時間を楽しんでいると、一枚の紙がひらひらとレラージェの足もとに落ちてきた。拾って見ると、それは見事な風景画だった。


 「一体誰が……」


 飛んできた方向に目を向けると、開かれた窓の向こうに黒髪の女性の姿が見えたような気がした。



 *



 「……ほ、本当にそうなんですか?」

 「ああ、本当だ。私たちは結婚するのだからね」

 「でもアルマロス様、ちょっとこれは恥ずかし過ぎます」

 「アルだ。結婚するのだから様もつけなくていいと言ったはずだよ」


 ここ数日、アルマロスと真希は似たような会話を繰り返していた。まだ市民権を取得していない真希とはまだ形だけの結婚だ。ところが、彼の中では違うようだった。

 二人は今、いつもの様に朝食を共にしている。以前は向かい合う形で席についていたのが、結婚を決めた途端、彼の膝の上に座ることになった。極めつけには、アルマロスが食事を口まで運んで食べさせるという、真希にとっては羞恥プレーと言えるような事になってしまっている。


 「せめて自分で食べますからっ」

 「駄目だ。私たちは結婚するのだから、食事は毎回こうしてとるものなんだ」

 「うぅ……」


 アルマロスは事あるごとに “結婚するのだから” と言って世話を焼こうとした。そう言われてしまうと、真希は逆らえなくなってしまう。けれども、これでは羞恥のあまり食事どころではない。真希は何度も交渉をこころみた。けれども彼が是とすることはないまま真希が折れる形で決着がついた。

 結婚を承諾してからというもの、アルマロスとの物理的な距離が目に見えて近くなった。食事の件をはじめ、朝の見送りと帰宅の際の出迎えは頬にキスをしている。今までは、エスコートの際は差し出された彼の腕に手を添えるだけだったが、結婚の申し込みを受けてからは指を絡めたいわゆる恋人繋ぎに変わった。


 (こんなの恥ずかしすぎる!! これからどうなっちゃうのぉ)


 羞恥に悶える真希をよそに、アルマロスは上機嫌な様子で真希を構いまくった。とりあえず今のところキスは頬にだけだし、寝る時はそれぞれ別の部屋なので一線は超えていない。







 そんなある日、真希が自室にいると、突然下の階が騒がしくなった。何やらセバスと何者かが揉めているようだった。家主であるアルマロスは朝から仕事でいない。セバスの声とは別に響く声は、男性の様だ。そして、騒がしい声はどんどん真希の部屋の方に近づいて来ているようだった。


 (どうしよう、誰か分かんないけど見つかったらヤバいよね……)


 真希は隠れるところがないか部屋の中をぐるりと見渡した。浴室、クローゼットの中、ベッドの下、カーテンの裏など、ベタな場所しか思いつかない。いよいよ音がすぐそこにまで迫って来た。真希は咄嗟とっさにベッドの下に潜り込んだ。それと同時に部屋のドアが勢いよく開けられる。


 「…………」


 しーんと沈黙が落ちた。真希は口に手を当てて声を潜めた。やがてコツコツと誰かが部屋の中に入って来る足音がした。


 「……見間違えるはずがない。確かにこの部屋だった」

 「殿下、どうか落ち着いて下さいませ。すぐにご主人様をお呼び致しますゆえ、どうぞ客間の方へ」


 セバスの声を無視してガチャリとクローゼットの扉が開けられる音がした。


 「女性もののドレス……。セバス、これはどういう事だ。アルからは何も聞いていないぞ」

 (殿下!? 今殿下って言ったよね? ってことは王族の人!?)


 先ほどから、声の主は部屋の中を見て回っているようだ。真希は緊張で胸がドキドキした。ジッと息をひそめて隠れていると、殿下と呼ばれた人物がベッドに近づいて来たようだった。立派な靴が真希の目の前まで迫り、ピタリと止まった。そして次の瞬間、金髪の若い男性がベッドの下を覗き込んだ。


 「っ……!!」

 「やあ、こんにちは。かくれんぼはもうおしまいだよ。いい子だから出ておいで」


 美しいかんばせがニコッと笑って手を差し伸べた。こうなった以上は出て行くしかない。真希は観念してベッドの下から這い出た。
 着ていた薄緑色のドレスをはたいて皺をなおし、目の前にいる殿下と呼ばれた男性に目を向ける。


 「漆黒の目と髪とは珍しい……それにこの国の者じゃなさそうだ。セバス、どういうことか説明をしろ」


 彼は真希から目を離さないまま、後ろにいるセバスに問いかけた。しかし、セバスは一言「私からは何も申し上げることは出来ません」と言って、深く頭を下げた。
 その状況に、真希はなすすべもなくただ立ち尽くすことしか出来なかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

二度目の人生は異世界で溺愛されています

ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。 ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。 加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。 おまけに女性が少ない世界のため 夫をたくさん持つことになりー…… 周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

男女比がおかしい世界にオタクが放り込まれました

かたつむり
恋愛
主人公の本条 まつりはある日目覚めたら男女比が40:1の世界に転生してしまっていた。 「日本」とは似てるようで違う世界。なんてったって私の推しキャラが存在してない。生きていけるのか????私。無理じゃね? 周りの溺愛具合にちょっぴり引きつつ、なんだかんだで楽しく過ごしたが、高校に入学するとそこには前世の推しキャラそっくりの男の子。まじかよやったぜ。 ※この作品の人物および設定は完全フィクションです ※特に内容に影響が無ければサイレント編集しています。 ※一応短編にはしていますがノープランなのでどうなるかわかりません。(2021/8/16 長編に変更しました。) ※処女作ですのでご指摘等頂けると幸いです。 ※作者の好みで出来ておりますのでご都合展開しかないと思われます。ご了承下さい。

王宮の片隅で、醜い王子と引きこもりライフ始めました(私にとってはイケメン)。

花野はる
恋愛
平凡で地味な暮らしをしている介護福祉士の鈴木美紅(20歳)は休日外出先で西洋風異世界へ転移した。 フィッティングルームから転移してしまったため、裸足だった美紅は、街中で親切そうなおばあさんに助けられる。しかしおばあさんの家でおじいさんに襲われそうになり、おばあさんに騙され王宮に売られてしまった。 王宮では乱暴な感じの宰相とゲスな王様にドン引き。 王妃様も優しそうなことを言っているが信用できない。 そんな中、奴隷同様な扱いで、誰もやりたがらない醜い第1王子の世話係をさせられる羽目に。 そして王宮の離れに連れて来られた。 そこにはコテージのような可愛らしい建物と専用の庭があり、美しい王子様がいた。 私はその専用スペースから出てはいけないと言われたが、元々仕事以外は引きこもりだったので、ゲスな人たちばかりの外よりここが断然良い! そうして醜い王子と異世界からきた乙女の楽しい引きこもりライフが始まった。 ふたりのタイプが違う引きこもりが、一緒に暮らして傷を癒し、外に出て行く話にするつもりです。

異世界転移した心細さで買ったワンコインの奴隷が信じられない程好みドストライクって、恵まれすぎじゃないですか?

sorato
恋愛
休日出勤に向かう途中であった筈の高橋 菫は、気付けば草原のど真ん中に放置されていた。 わけも分からないまま、偶々出会った奴隷商人から一人の男を購入する。 ※タイトル通りのお話。ご都合主義で細かいことはあまり考えていません。 あっさり日本人顔が最も美しいとされる美醜逆転っぽい世界観です。 ストーリー上、人を安値で売り買いする場面等がありますのでご不快に感じる方は読まないことをお勧めします。 小説家になろうさんでも投稿しています。ゆっくり更新です。

つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福

ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨読んで下さる皆様のおかげです🧡 〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。 完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話。加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は、是非ご一読下さい🤗 ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン🩷 ※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。 ◇稚拙な私の作品📝にお付き合い頂き、本当にありがとうございます🧡

処理中です...