私の愛する夫たちへ

エトカ

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第一部

告白

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 ふと顔を上げると、日が傾きかけていることに気がついた。すっかり時間を忘れて周りが見えなくなっていたようだ。


 「いけない! 昼食の約束をしてたんだった!」


 真希はスケッチブックを閉じると慌てて部屋を後にした。アルマロスを訪ねると、彼はまだ執務室で仕事をしていた。


 「せっかく誘ってくださったのにすみませんでした」

 「ノックをしたんだが、返事なかったので休んでいると思ったんだ。具合が悪いわけではなさそうで良かった」


 趣味で絵を描いていると話すと、彼は興味を示したので今度見せる約束をした。まだ少し早い時間だったが、ちょうど仕事に一区切りついたので、二人は夕食を共にとった。その後居間に移動し、葡萄酒を嗜みながらいろんな話をした。

 三年前、アルマロスは二十二歳の若さでコカビエル家を継いだ。それを聞いて、まさか年下だと思わなかった真希はとても驚いた。アルマロスに自分は二十七歳だと言うと、彼も大変驚いていた。

 彼には歳の離れた弟がいて、今は王都の騎士学校で寮生活をしているそうだ。父親は、妻と五人の夫たちと共に夫の一人が治める領地で暮らしている。


 「弟が一人と言ったのは同じ父親の子という意味で、別の父親から生まれた義兄弟は七人いる」


 アルマロスの母親には九人の子供がいた。十人目に産んだ赤ん坊は待望の女児であったが、五歳の誕生日を迎えることなく亡くなってしまった。

 多くの女児を死に至らしめる病は、三十年経った今も治療薬がなく原因も掴めていない。一部の者たちは神による罰だと語り、また別の者たちは悪魔の呪いであると恐れている。

 現在、男女の比率は約七:三。人口の七割が男性で、三割が女性である。どの国も人口の減少に歯止めが利かず、それを食い止めるために裏では拉致・監禁が横行し、年頃の娘を攫って人身売買をする組織まであった。

 その話を聞いて、真希はようやく重婚の必要性に気がついた。最低でも夫を三人とは、家族を養う夫とは別に、妻を守るための夫が必要であるからだった。その事実を知って、真希は申し訳ない気持ちになった。


 「保護していただいた挙句に、いろいろ我儘を言って本当にすみません。あの、踏ん切りがついたら出て行きますので、もう少しだけここにいさせて下さい」


 元の世界に帰れないのなら、この世界のルールに従うしかない。頭では理解している。それでも、愛のない結婚や複数の夫を持つのは、真希にとって負担が大き過ぎた。


 「マキ、どうか頭を上げてくれ。貴方を迷惑だなんて思っていないし、いつまでもここに居てくれて構わない。もし今の状況が不安なら、私と形だけの婚姻を結ぶという手もある。そうすれば貴方を守る理由が出来るしお互い対等になれる」

 「でも、それじゃあアルマロスさんを利用することに……」

 「貴方になら利用されてもいいと思っている。受け入れ難い気持ちは理解しているつもりだ。まして一夫一妻の世界から来たのだから尚更この状況は辛いだろう」


 確かに、彼と結婚すればここに居る理由が出来る。けれど、そうすることで彼にメリットはあるのだろうか。


 「時間を……考える時間を下さい。本当にすみません」

 「いや、こちらこそすまなかった。急かすつもりは毛頭ないから、何も気にせずゆっくり考えてくれ」


 この時、アルマロスの眼差しには欲望の炎が揺らめいていた。しかし、俯いたままの真希には知るよしもなかった。



 *



 屋敷での生活は穏やかなものだった。

 敷地しきちの外には出られないが、庭も屋敷もとても広いので窮屈に感じることもなく、絵を描いたり散歩をしたりして過ごした。

 必要なものはアルマロスが全て揃えてくれたので不足する物は何もない。特に着るものに関してはアルマロスが大量にドレスを購入したので、クローゼットが大変なことになっている。

 唯一、こちらの世界に来て困ったのは字が読めないことだった。日本語が通じる時点でおかしいのだから、なきにしもあらず。それほど驚きはしなかった。

 それでも図書室で本を手に取った時は衝撃的だった。アルファベットとヘブライ語を合体させたような文字は、元の世界では見たことのないものだったからだ。その事実が、異世界に転移したことを改めて真希に知らしめた。


 「ただいま、マキ。今日はどんなことをして過ごしたんだ?」

 「アルマロスさん、おかえりなさい。今日は読み書きの練習と、午後はセバスさんから美味しいお茶の淹れ方を教わりました」


 コカビエル家の屋敷で暮らし始めて一月。

 ここでの生活にも慣れ、家主であるアルマロスや執事のセバスともすっかり打ち解けられた。アルマロスは仕事で定期的に家を空けるので、その間真希はセバスの世話になっている。

 そのため安全を強化して門前や屋敷周辺には、警護の者を二十四時間体制で置いて敷地を守っている。そのため、三日に一度の頻度で掃除に来るメイドたち以外、屋敷を出入りする者は誰もいなかった。

 そんなある日、アルマロスの帰宅を待って共に食事をしていると、彼から来訪者の知らせがあった。


 「明日の午後、人が来ることになった。その間マキは部屋から出ないように」

 「お掃除担当のメイドさん達ですか? 昨日来たばかりですけど」


 真希は、メイドたちが掃除をしに来る日は部屋から出ないようにと言われている。市民権を取得していない真希を、人に会わせるわけにはいかないからだ。


 「いや、メイドではなく知り合いだ。腐れ縁で少々ややこしい立場の人物なんだ。真希に会わせたら絶対面倒なことになるから接触は避けたい」

 「わかりました。明日の午後は大人しく部屋にいますね」

 「すまない。なるべく早く帰らせるから、そうしたら明日は私が読み書きの練習を手伝おう」


 食事を済ませた二人は、いつものように居間に移動するとグラスを傾けながらくつろいでいた。


 「ところでマキ。ここで暮らし始めて一月が過ぎたが、これからについてどう考えているのか聞いても良いだろうか」

 「……正直、まだ混乱しています。アルマロスさんの申し出はとてもありがたいんですけど……私は貴族ではないですし、もっと他にふさわしい方がいらっしゃるのではないかと思うんです」


 貴族で見目も良い彼はきっとモテるだろう。もしそういう話があるのなら、その女性を押しやってまでここに居るつもりはなかった。


 「そのような女性はいない。私は貴方と会う前までは独身を貫く気でいたんだ。貴族であることがかせになるのなら、家督は弟に譲れば何も問題はない」

 「……そう、なんですね。でもやっぱり、どうしても気持が追いつかないんです。恋愛感情抜きで形だけの結婚なんて……、アルマロスさんは本当にそれで構わないんですか?」


 真希の問いかけに、アルマロスは立ち上がると目の前まで来て跪いた。突然の行動に驚く真希の手を下から掬い取ると、指先に唇をあてる。


 「正直に言う。貴方を一目見て恋におちた。まさか一目惚れするなんて自分でも信じられないでいる。それでも、どうしても貴方が欲しい。今は形だけの結婚で構わない。どうか貴方の隣にいる権利を私にくれないだろうか」


 突然の告白に、真希の頭の中は真っ白になった。そして一呼吸置いて理解が追いつくと、カーッと耳の付け根まで顔を真っ赤にした。そんな真希の様子を、アルマロスは真剣な表情で見つめている。


 「あ……のっ、そう言ってもらえて、すごく光栄です。ほ、本当に……本当に形だけの結婚で良いのなら、お願い……し……マス」


 最後の方は声が尻込みしてほとんど音にならなかった。それでもアルマロスにはちゃんと届いたようで、立ち上がるとガバッと真希を抱きしめた。


 「もちろんだ! 全身全霊で貴方を守ると誓おう。ああ、マキ……今日はなんて素晴らしい日なんだろう。受け入れてくれてありがとう」


 熱烈な愛の告白に真希は慌てふためいた。今まで見てきたアルマロスは、常に冷静沈着で合理的な人柄が滲み出ていた。そんな彼から情熱的に求められて、嬉しくないわけがない。けれど、彼を利用していることに変わりないので、罪悪感は消えそうになかった。


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