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あなたはここにいる《中》3

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 モグラ男と会話し続けていたからか、それとも第七世界の空気にじっくり触れはじめたからか、かつて改源から言われた言葉が急に俺の中でよみがえってきた。何やら猛烈に腹の立つ内容だとは思ったが、そのときは何を言われたのかわからなかった。耳が慣れた今ならわかる。奴は
『もう関わるな。お前の手に落ちたときからあの娘は死にはじめる。それでもいいのか』
 と言ったのだ。
 どういう感情でそれを言ったのだろう。ただの脅しか? それとも脅しをこえた何かなのか? 俺に理解出来ない言葉でそれを言って、何をどうしたかったのだろう。俺が黙って考え込んでいるのでモグラ男が気を使ったのか、話題を変えた。
「そちらではエミさまってどんな感じの人でした?」
「何、急に」
「生島さまは当然エミさまをよく知っておられたんでしょう?」
「そりゃまあ。小さいときから一緒にいたからな」
「戻ってきたときずいぶん雰囲気が変わってたんで、ちょっとみんなビックリしたんですよ。だからどんなふうだったのかなと思って」
 俺は深く息をついた。
「うーん……そうだなあ……。あんまり社交的なほうじゃなかったな。口数は少ないけど、わりとはっきり物を言う子だったよ。落ち着いてて、しっかりしてて。
 ――昔はそう思ってた。でも本当はそうじゃなかったんだよな。今は人魚姫みたいな子だったと思ってる」
「誰ですかそのナントカ姫って」
「こっちじゃ有名な童話なんだ。子供向けの作り話に出てくる。
 海の中で暮らしてた人魚――下が魚で上が人間っていう架空の生き物なんだけど、それがたまたま見かけた人間の男を好きになるんだ。自分の声と引きかえに足をもらって陸に上がり、人間になったはいいが、物は言えねえわ男は別の女を好きになるわでさんざんな思いをさせられる。人魚姫の足は一歩歩くたびに剣を突き刺すような痛みを感じるんだけど、そいつの前ではいつも笑顔なんだよ」
「けなげですねえ。で、最後はその気持ちが男に通じるわけですか」
「通じないんだ。最後は人魚姫は泡になって消えてしまう」
「ひどい話ですね。何がどうなってそうなったんです?」
「要するに男のほうに自覚がなくて、女のほうは不運だったんだよ。でも不運だから不幸なわけじゃないっていうのが複雑なところだ」
「じゃ、姫が死んだあと男は何事もなく幸せに暮らしたってわけですね。みんなそれを聞いていつまでも腹を立てました、と」
「話は人魚姫が死んだところで終わってる。でも俺は、人魚姫を亡くした時点で男は自分の愚かさに気付いて、死ぬまで悔いたと思う」
「で、その人魚姫とエミさまのどこが似てるんですか?」
 俺は再び大きく息を吸い、吐き出した。何を言ってもため息にしかならない。
「……あの子も言いたいことがいろいろあったはずなんだ。でも俺の前じゃいつも平気そうな顔してた。小言とか怒りの言葉をぶつけることはあっても、弱音を聞いた記憶がない。
 本当は平気じゃなかったんだよ。俺はガキで、自分のことで精一杯だったから、あとあとになるまでそれに気付けなかった。そういうもろもろが人魚姫に似てるなと思って。
 失って初めて気付くんだよな。失いたくないって必死にしがみついてたときは、冷静にはなれなかった」
 今こうして時がたち、大人の目で昔の彼女を見てみると、もうちょっと何かやりようがあったような気がする。もっと細かなサポートや気遣いが必要だったのは明白だ。でも俺は途中から激しい恋愛感情を抱くようになってしまったため、客観的に彼女を見ることが難しくなっていた。狗と手綱の関係も事態をこじらせる要因になったことは否めない。
「あなたはエミさまをとても大事にしてらっしゃった」
 モグラ男は何故かうれしそうだった。
「だからこうして、こんな危険な道にも足を踏み入れておられる」
 その通りだ。もし彼女がいなければ、こんな別世界にまで来ることはなかったろう。力を自分だけのために使い、面白おかしく生きていくことも出来た。人の気持ちを無視し、すべてを自分の思うままにすることも出来た。そうしなかったのは、あの子と一緒にいたいがためだった。

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