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芹那の話 其の拾

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 正人の言う通り、私は和也が目を覚ましている間に移動し、和也が眠っている間は私も休みながら先に進んだ。
 和也は一日のうちに二度も三度も眠ったり起きたりを繰り返した。その時間も一時間だったり半日だったりしたので、移動の時間も昼だったり夜だったり不規則なものになった。
 和也は時々私のことを「スサノオ!」と呼び、振り返ってそこにいるのが私であることを知ると不思議そうな顔をすることがあった。心を病んでいるのは明らかで、様々な記憶、様々な和也が心の中で入れ替わっているようだった。
 月を呼び寄せ、その光の下にいると、化け物たちが寄ってこないことに気が付いた。おかげで私たちは暗くなっても安心して眠ることができた。
 正人たちと別れて五日目の朝、私たちは海にたどり着いた。
 道があるのかないのかわからないような山の中をさ迷うようにして東に進んできたので、海が見えただけでも私はほっとした。出雲に行くなら、ただひたすら海沿いに東に進めばいい。
「うわあ、海だあ!」と和也は無邪気に砂浜に走り出した。
 辺りはもう明るかったが、山があるせいか、東の空にまだ太陽は見えない。
「気を付けてよ!」私のそんな言葉など和也の耳には届かないようで、和也は靴を脱ぎすてずぶずぶと海の中に入って行った。「まったく、子供よね」と私は独りごとを言いながら、和也くらいの年頃の男の子なら、みんなあれくらいが普通なのだろうかと考えたりもした。背負った天叢雲剣が、海ではしゃぐ和也の背中にそぐわなかった。
 それにしても、けっこう波が荒い。
 あんまり海に入って遊べるような雰囲気ではなさそうだ。
「和也! 戻って!」私は脱ぎ捨てられた和也の靴を拾うと、少し怖くなってそう叫んだ。けれど私の声は波の音にかき消された。
 和也は膝くらいまでの浅い場所にいた。海の中に魚でも見つけたのか、和也はじっと水の中に目を凝らしている。
「ちょっと、聞こえてるのー!?」私はもう一度叫んだ。
 和也は顔を上げ、何かを言いたそうに微笑みながら私の方を見た。私は和也がそのままこちらに戻ってきてくれるものと思った。けれど和也は再び水に目を戻し、数歩歩くと突然すとんっ、と穴にでも落ちるように腰くらいまで水にはまり、ほんの瞬きをする間に波に飲まれて見えなくなった。
「え? 和也、なにやってるの? う、嘘でしょ!? か、和也!!!」私は和也の名前を叫びながら波打ち際まで走った。目の前で起きたことが信じられなかった。
「和也!? 和也!? 和也!!!」そう叫びながら海に入ろうとする私を、まるで「近づくな!!!」とでも言わんばかりに波が打ち付け、音を立てる。
「和也、どこ!? どこよ、ねえ!!!」
 私は必死に和也が沈んだ辺りの水面にその姿を探した。
「何やってるのよ、和也。ねえ、何が起こったの? どこ……、どこよ? ねえ、和也……。え、うそ……、嘘よね……」私は呆然と立ち尽くし、和也が消えた辺りの水面をじっと見つめた。
 いつのまにか太陽は真上に昇り、痛いほどの陽の光がじりじりと肌を焼いた。
 海は何事も無かったかのようにきらきらと光っていた。
 まるで無人島のようだ。
 私は辺りを見回した。
 遠く続く砂浜には、右にも左にも誰もいない。
 私はここにきて初めて、救いようのない心細さに襲われた。
 恐怖を感じるほどの孤独だった。
 それは化け物に感じる物とはまた違った恐怖だった。
「怖い……。怖いよ、ねえ和也。こんなところに独りにしないでよ」
 静かに波の音が返すばかりで、誰の声も、なんの気配もしなかった。
 私は自分の中の何かに飲み込まれてしまうような感覚に陥った。
「戻ってきてよ、和也……。あれだけ化け物と戦って、命がけでここまで生き残ってきたのに、こんなことで死んじゃうの? 嘘でしょ? ないよね、そんなこと……。ねえ、ねえ、和也!!!!!」
 私は頭が真っ白になり、全身から力が抜け、へなへなとその場に崩れ落ちてしまった。













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