上 下
2 / 31

芹那の話 其の壱

しおりを挟む
 頬を打つ雨に目を覚ました。
 見上げると、空を見た私を責めるように土砂降りの雨が視界を塞ぐ。
体の濡れ方からすると、ずいぶん長い間ここで雨に打たれて寝ていたらしい。
 なんで私、こんなとこで寝てたんだろ……。
 体が重くて、思うように動かせない。土の上に寝ている。雑草しか見えない。こんなにずぶ濡れなのに、なぜか気持ちは清々しい気分だ。
 雨とは言え、明るい空を見たからだ。
 どれくらいぶりだろう。
 なぜそんなことを考えるの?
「わ、私……」記憶がまだ目を覚ましてくれない。
「どこ……、ここ? ……!? か、和也……、和也!!?」私は思い出すと同時に飛び起き、和也を探した。すると和也は私のすぐ手の届く位置で丸くなって眠っていた。
「だ、大丈夫よね……」私は和也の頭を膝に乗せ、様子を観察した。息はしてるし、眠っているだけだ。私は思い出したように息を吐き出し、辺りの様子を窺った。森の中の、雑草の生い茂る開けた場所にいる。
「え……、そ、そうだ。ここ……、戻ってきたんだ」
 けど、いまはいつだろう? この暑さ、秋や冬ではない。いったいいつの時間に戻ってきたのだろう。とにかく……。私は眠る和也を抱き起し、雨のあたらない大きな木の下に移動した。
 ここどこだろう? 
 どこに行けばいいのだろう?
 私、何をすればいいのだろう?
 頭が混乱して、とめどなく疑問は頭に思い浮かぶのに、何一つ答えが見つけ出せなかった。そして太陽が無くなり、人々の死に絶えた元の世界の景色が頭をよぎった。私の膝枕で眠る和也の顔を見ていたら、なんだか泣いてしまった。
 さっきまで暑かったのに、雨に体温を奪われているのか、なんだか寒くて震えがとまらない。知らない間に、私も眠ってしまっていたようだった。

 次に目が覚めると、どこかのぼろぼろの建物の中にいた。よく見ると、暗闇の中に大きな仏像が見えた。
 お寺? なによ、私は神社の娘よ……。私はうまく働かない頭でそう考えた。外ではまだ雨の音がしている。体を起こそうとしたけど、力が入らなくてつらかった。
「よお、目が覚めたかい」男の人の声がした。
 私は驚いてそっちを向いた。
 目の前には大きな蝋燭が炎を揺らしていた。その向こうに見覚えのある顔が浮かび……、私は思わず「えっ!?」と声をあげてしまった。スサノオ!?
「なんだい、そんな驚いた顔をして。取って食ったりはしねーよ。山ん中で倒れてたからここまで連れてきた。寒いだろ、これでも飲め」そう言ってスサノオは割れた分厚い茶碗に入れられたお湯を渡した。何やら見知らぬ草が入っている。
「あ、あなた、スサノオよね!?」彼に会ったのはたった一度だけ、あの平城京の暗い牢獄の中でだけだ。それでも記憶の中にその顔は残っていた。
「どうして俺の名がわかる?」
 何から話していいかわからず、「あっ、あっ、あっ……」と言葉が出てこなかった。
「いいから落ち着け。それを飲め」そう言われて私はさっき手渡された茶碗のお湯を飲んだ。胃に流れ込む温かいお湯の温度は不思議なほど冷えた体に染みわたり、眠気にも似たけだるさが体をほぐした。その時背後でガサッと音がして、何やら巨大な者の気配を感じた。
「えっ、あ、あなた……」振り向くと、そこには七つの巨大な蛇の顔があった。あれほど見るたびに怖がっていた八岐大蛇の姿も、今はなぜか懐かしく思えた。「ああ、八岐大蛇……」私は思わず立ち上がり、八岐大蛇に近づいてその横顔を撫でた。
「お前さん、そいつが怖くないのかい? みんなたいてい腰を抜かすがな。たいしたもんだ!」そう言ってスサノオは楽しそうに笑い声をあげた。
「そういやなんで俺の名前を知ってるんだい?」
「あなたは、だって、前に会ったから……」やはり私は、どう話を進めていいかわからなかった。
「前に会った? 知らんぞ、俺は」
「前にって、その……」そ、そうか、もしかして……。「あの、その子のことも知りませんか?」
「その子?」そう言ってスサノオは、まだ眠りこけている和也の顔を見て言った。
「知らねーな」
















しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

処理中です...