50 / 52
37 佐美良比売命
しおりを挟む
羅城門の左右には、大きな松明に火がともされ、時折バチバチと松の爆ぜる音が響いた。
僕はその匂いを鼻腔に満たしながら、平城京の羅城門をくぐった。前にここを通った時には、スサノオも一緒だった。自分を信じろと言うスサノオの言葉の意味もわからず、ろくに化け物を倒す力すらなかった。二千年も経とうと言うのに、時を止めたかのようなこの場所に、ノスタルジックな思いに耽る暇もなく、目の前には化け物どもが蠢いていた。僕は天叢雲剣を構えた。黒い靄は炎のように体から吹き出し、僕の体を覆った。陽の光が闇を追いやるの同じように、僕の纏った黒い靄は松明の灯りに照らされた場所から光を追いやって行った。
「とやあああ!!!」っと僕は天叢雲剣で目の前にいる化け物を薙ぎ払った。数十匹、いや、数百匹の化け物どもが、一瞬で塵と消えた。あの時の僕にこの強さがあれば、スサノオを失わずに済んだかもしれないのに……。そんな想いが募れば募るほど、それは強烈な戦いへの渇望へと変わり、僕の心を支配した。
何者をも、僕を止めることはできない。
天叢雲剣の一振りは、纏った黒い炎によってその何十倍もの長さとなり、その先にある化け物だけでなく、家々や地面を狂ったようにえぐりとった。
「待ちなさい!」そんな声が平城京のはるか先から聞こえた。「そんな雑魚ども相手にしても興が覚めるだけですよ。そのまままっすぐ、私のところにおいでなさい」まるでその声に恐れをなすかのように、街に溢れかえっていた化け物どもが静まり返り、僕の前に道を作った。
「誰だ?」
「おわかりでしょう、須佐之男命」
「天逆毎だな?」
「二千年の時を経て、あなたをお待ち申しておりました」
「どんなわけがあって僕のことを待っていたかは知らないが、僕の目的はただ一つ、スサノオの敵、お前を倒すことだ!」
「それでいいのです。さあいらっしゃい、須佐之男命」
あの時は、自分の力を信じられず、こんなところまで来て迷って迷って、何もできなかった。
スサノオ、これでいいのかい? 尋ねてみたかったけど、僕の横にはスサノオはいない。
いや違う。スサノオは僕だ。僕の中にスサノオは居る。いまはそれを信じられる。僕はスサノオだ。須佐之男命だ。何者をも恐れない、天叢雲剣を操る神だ。
朱雀大路は広く長かった。
僕は徐々にその姿を現す平城宮の門を見据え、その先にいるまだ見えぬ声の主の元へ歩いた。
「やっと現れましたね」
僕はその声の主の姿を見て心臓が止まりそうになった。
「ス、スサノオ……」平城宮の前の広場、松明の灯りに照らされ、真ん中に胡坐(あぐら)をかいて座るその姿は、二千年前に僕の目の前で牛鬼の角に刺し貫かれて死んだスサノオ、その人だった。
「おやおや、どうしてそんな驚いた顔をしているのです?」
「スサノオ、どうして……」
「おや? これはこれは、困ったもんですねえ。何も聞いていないのですか? 私のことについて」
「私のことにって、何のことを言ってるんだい?」僕は何かにすがるような思いでそう聞いた。
「私は天逆毎、そして私は須佐之男命、あなたの中から生まれたもう一人の須佐之男命です」
「スサノオの中から生まれた、スサノオ……」
「そうです。忘れてしまったのかも知れませんが、あなたはクシナダヒメに出会い、八岐大蛇の退治と引き換えに、その親であるアシナヅチとテナヅチにクシナダヒメとの婚姻を懇願しました。ですが二人はあなたの荒れ狂う心を危ぶみ、己の中の荒ぶる魂を捨て去ることを約束させられた。そして八岐大蛇を倒すと同時に、あなたは自らの中にクシナダヒメに対する愛と優しさを残し、怒りや欲望、荒れ狂う魂の強さの源となる全てを吐き出してしまったのです。そしてそこから生まれたのが私、天逆毎なのですよ?」
そんな話、初めて聞いた……。
「これがどういうことかわかりますか?」
「なんだ、何が言いたい?」
「あなたは私に勝つことはできないのです。なんせ私は須佐之男命の強さ、あなたは須佐之男命の脆(もろ)さを受け継いだ身なのですから」
「僕に……、僕に勝てないものなどない!」
「いいですねえ! いいですねえ! やってごらんなさい! 強い者は好きですよ? この二千年もの間、私は強き者と出会ったことすらありません。みな私の脚元にひれ伏すばかり。つまらぬ時間を過ごしてまいりました。ぜひ見せてみなさい。あなたの中の、その強さとやらを」
「んあああああああああ!!!!!」僕は天叢雲剣を天に向け、ありったけの戦いへの欲望をそこに込めた。欲望は怒りとなり、怒りは黒い炎となって天を貫いた。天叢雲剣の切先に、ひやりと冷たいものを感じた。空を突き抜け、地球の大気の外側に到達したのだ。そのあまりの冷たさは天叢雲剣を通し、僕の手の平に届いた。手の平が凍り付き、握る力にメリメリと音を立てた。
「ぐわああああああ!!!!!」僕はありったけの力を込め、天逆毎に向け天叢雲剣を振り下ろした。
ギイイインッ!!! と言って天叢雲剣が跳ね返される。
天逆毎は立ち上がるそぶりすら見せず、ただにこにこと笑いながら僕を見ている。
「こっのおおお!!!」と言って僕は今度は左下から斜め上に向かって天叢雲剣を振り上げた。天叢雲剣は大地を削り、空に一筋の眩い光の線を描いた。
「効きませんねえ」天逆毎は、やはりその場に座ってにこにこと笑っている。
「ぬおおおおお!!!」僕は地面を蹴り、天逆毎の懐に飛び込みざま、今度はその横っ腹に切り込む形で天叢雲剣を振りぬいた。
だがしかし、天逆毎はわざとらしくあくびをすると、胡坐をかいたその足に腕を乗せ、つまらなさそうに頬杖をついた。
「やはり、あなたでも駄目なのですかねえ。楽しむことすらできません。二千年も待ってあげたと言うのに」
そんなはずはない、そんなはずはない、信じろ、自分を信じるんだ……、僕は自分にそう言い聞かせ、何度も何度も天逆毎に切りかかって行った。
「そろそろ終わりにしますか? 須佐之男命」天逆毎が退屈そうな顔でそう言った時だった。
「おや?」と言って天逆毎は横を見た。そして晴れやかなほどに顔をほころばせると、「この宴に花を添えてくれる客人が参られたようです。二人で歓迎いたしましょう」と言ってゆっくりと手を叩いた。
「何をふざけたことを言っている!」
「牛鬼、さあ、客人をこちらへ」そこに現れたのはまさに、あの時僕の目の前でスサノオを突き殺した牛鬼だった。けれど天逆毎に「客人」と呼ばれたのは牛鬼のことではなかった。その口に咥えられていたのは……。
「和也!!!」
「か、香奈子……、どうしてここに!? 香奈子!!!」そう言って僕は香奈子の体を咥えた牛鬼の首を落とすべく、天叢雲剣を構え、地面を蹴って一直線に宙を飛んだ。
「困りますねえ」そう言って天逆毎は手の平を前に差し出すと、見えない壁でも作るように僕の体をはじき返した。
「せっかくの余興です。客人に対してそのように振舞うのは、少しばかり失礼ですよ?」
「な、何だこれは! 何だこれは!」僕はそう言って目の前にできた見えない壁に何度も天叢雲剣を叩きつけた。
「どうです? 私の作った顛倒結界は」
「顛倒結界?」
「そうですよ。それも知らないと言うのですか? この国にある顛倒結界は、すべて私が二千年前に造り上げたもの。化け物たちが外に出て、私どもの食となる人を食いつくさないよう、壁を作って閉じ込めた物です」
「そんな。顛倒結界は、人を守るために……」
「その考えは間違ってはいませんよ? 確かに人を守っていますからね。あなたたち人間が、食料となる鶏をイタチやキツネから守るように」そう言って天逆毎は笑った。
「このおおおおお!!!」そう言って僕はまた何度も天叢雲剣に黒い炎を纏わせ、天逆毎に切りかかって行った。
けれど……、けれど何度やっても……、スサノオ、スサノオ、やっぱり僕には無理だと言うのかい?
「和也、なにしてるの? 頑張って! 頑張って! 思い切り戦うって約束したじゃない!」
「まあ、何と素晴らしき姫君でありましょうぞ。感動で胸が熱くなります」
「和也、あなたは負けないわ。誰よりも強く、どんな化け物にも勝って見せると約束したわ。信じて! 私との約束を、自分自身を信じて戦って!」
「ああ、ああ、思い出しました。姫君、あなたは佐美良比売命ですね? 何ということでしょう。光栄です。こんなところであなたにお会いできるのは!」
香奈子は笑顔で僕を見つめていた。僕を信じ、何も恐れず、眉を開き、一心に僕を見つめていた。
「ぬおおおおおお!!!!!」
出会った頃から香奈子は勇敢だった。どんな強い化け物にも背を向けず立ち向かっていった。そんな香奈子を僕は尊び、心から愛した。
「ぐああああああ!!!!!」
こんな弱い僕を、何一つ守れない僕を、香奈子は強いと信じ、愛してくれた。
「負けてなるものかあああああ!!!!!」
「なんと美しき姿でしょう。私は生まれて初めて涙を流しています。たとえあなた方が私に勝てずとも、これほどまでに大きな感動を与えてくれたのならば、これは感謝に値するものです」
「でやあああああ!!!!!」
「佐美良比売命、ぜひ私はあなたにお礼をしたい。これほどまで私の心を揺さぶり、熱くしてくれたお礼に、須佐之男命にさらなる強さを与えましょう」そう言うと天逆毎は立ち上がり天を仰ぐように深呼吸をすると、目の前に跪く香奈子の髪の毛を左手でつかみ、その顔を僕に見せつけるように宙にぶら下げた。
「何をする!!!!!」
天逆毎は慈しむような目で僕を見た。
香奈子は苦し気な表情一つせず、僕をじっと見つめにこりと笑っていた。
「香奈子……、香奈子香奈子香奈子……、香奈子!!!」
「和也……、愛してる……」その言葉は声になっていなかった。けれど確かに聞こえた。この胸の中に、香奈子はそっと両手で大切なものを置くように、僕の胸の中に、僕の胸の中に、その言葉を置いた。
そして天逆毎は、右手に持った短刀を香奈子の首元に押し付けると、一気に……。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
「ごとり」と言う音を最後に、僕は記憶を失った。
僕はその匂いを鼻腔に満たしながら、平城京の羅城門をくぐった。前にここを通った時には、スサノオも一緒だった。自分を信じろと言うスサノオの言葉の意味もわからず、ろくに化け物を倒す力すらなかった。二千年も経とうと言うのに、時を止めたかのようなこの場所に、ノスタルジックな思いに耽る暇もなく、目の前には化け物どもが蠢いていた。僕は天叢雲剣を構えた。黒い靄は炎のように体から吹き出し、僕の体を覆った。陽の光が闇を追いやるの同じように、僕の纏った黒い靄は松明の灯りに照らされた場所から光を追いやって行った。
「とやあああ!!!」っと僕は天叢雲剣で目の前にいる化け物を薙ぎ払った。数十匹、いや、数百匹の化け物どもが、一瞬で塵と消えた。あの時の僕にこの強さがあれば、スサノオを失わずに済んだかもしれないのに……。そんな想いが募れば募るほど、それは強烈な戦いへの渇望へと変わり、僕の心を支配した。
何者をも、僕を止めることはできない。
天叢雲剣の一振りは、纏った黒い炎によってその何十倍もの長さとなり、その先にある化け物だけでなく、家々や地面を狂ったようにえぐりとった。
「待ちなさい!」そんな声が平城京のはるか先から聞こえた。「そんな雑魚ども相手にしても興が覚めるだけですよ。そのまままっすぐ、私のところにおいでなさい」まるでその声に恐れをなすかのように、街に溢れかえっていた化け物どもが静まり返り、僕の前に道を作った。
「誰だ?」
「おわかりでしょう、須佐之男命」
「天逆毎だな?」
「二千年の時を経て、あなたをお待ち申しておりました」
「どんなわけがあって僕のことを待っていたかは知らないが、僕の目的はただ一つ、スサノオの敵、お前を倒すことだ!」
「それでいいのです。さあいらっしゃい、須佐之男命」
あの時は、自分の力を信じられず、こんなところまで来て迷って迷って、何もできなかった。
スサノオ、これでいいのかい? 尋ねてみたかったけど、僕の横にはスサノオはいない。
いや違う。スサノオは僕だ。僕の中にスサノオは居る。いまはそれを信じられる。僕はスサノオだ。須佐之男命だ。何者をも恐れない、天叢雲剣を操る神だ。
朱雀大路は広く長かった。
僕は徐々にその姿を現す平城宮の門を見据え、その先にいるまだ見えぬ声の主の元へ歩いた。
「やっと現れましたね」
僕はその声の主の姿を見て心臓が止まりそうになった。
「ス、スサノオ……」平城宮の前の広場、松明の灯りに照らされ、真ん中に胡坐(あぐら)をかいて座るその姿は、二千年前に僕の目の前で牛鬼の角に刺し貫かれて死んだスサノオ、その人だった。
「おやおや、どうしてそんな驚いた顔をしているのです?」
「スサノオ、どうして……」
「おや? これはこれは、困ったもんですねえ。何も聞いていないのですか? 私のことについて」
「私のことにって、何のことを言ってるんだい?」僕は何かにすがるような思いでそう聞いた。
「私は天逆毎、そして私は須佐之男命、あなたの中から生まれたもう一人の須佐之男命です」
「スサノオの中から生まれた、スサノオ……」
「そうです。忘れてしまったのかも知れませんが、あなたはクシナダヒメに出会い、八岐大蛇の退治と引き換えに、その親であるアシナヅチとテナヅチにクシナダヒメとの婚姻を懇願しました。ですが二人はあなたの荒れ狂う心を危ぶみ、己の中の荒ぶる魂を捨て去ることを約束させられた。そして八岐大蛇を倒すと同時に、あなたは自らの中にクシナダヒメに対する愛と優しさを残し、怒りや欲望、荒れ狂う魂の強さの源となる全てを吐き出してしまったのです。そしてそこから生まれたのが私、天逆毎なのですよ?」
そんな話、初めて聞いた……。
「これがどういうことかわかりますか?」
「なんだ、何が言いたい?」
「あなたは私に勝つことはできないのです。なんせ私は須佐之男命の強さ、あなたは須佐之男命の脆(もろ)さを受け継いだ身なのですから」
「僕に……、僕に勝てないものなどない!」
「いいですねえ! いいですねえ! やってごらんなさい! 強い者は好きですよ? この二千年もの間、私は強き者と出会ったことすらありません。みな私の脚元にひれ伏すばかり。つまらぬ時間を過ごしてまいりました。ぜひ見せてみなさい。あなたの中の、その強さとやらを」
「んあああああああああ!!!!!」僕は天叢雲剣を天に向け、ありったけの戦いへの欲望をそこに込めた。欲望は怒りとなり、怒りは黒い炎となって天を貫いた。天叢雲剣の切先に、ひやりと冷たいものを感じた。空を突き抜け、地球の大気の外側に到達したのだ。そのあまりの冷たさは天叢雲剣を通し、僕の手の平に届いた。手の平が凍り付き、握る力にメリメリと音を立てた。
「ぐわああああああ!!!!!」僕はありったけの力を込め、天逆毎に向け天叢雲剣を振り下ろした。
ギイイインッ!!! と言って天叢雲剣が跳ね返される。
天逆毎は立ち上がるそぶりすら見せず、ただにこにこと笑いながら僕を見ている。
「こっのおおお!!!」と言って僕は今度は左下から斜め上に向かって天叢雲剣を振り上げた。天叢雲剣は大地を削り、空に一筋の眩い光の線を描いた。
「効きませんねえ」天逆毎は、やはりその場に座ってにこにこと笑っている。
「ぬおおおおお!!!」僕は地面を蹴り、天逆毎の懐に飛び込みざま、今度はその横っ腹に切り込む形で天叢雲剣を振りぬいた。
だがしかし、天逆毎はわざとらしくあくびをすると、胡坐をかいたその足に腕を乗せ、つまらなさそうに頬杖をついた。
「やはり、あなたでも駄目なのですかねえ。楽しむことすらできません。二千年も待ってあげたと言うのに」
そんなはずはない、そんなはずはない、信じろ、自分を信じるんだ……、僕は自分にそう言い聞かせ、何度も何度も天逆毎に切りかかって行った。
「そろそろ終わりにしますか? 須佐之男命」天逆毎が退屈そうな顔でそう言った時だった。
「おや?」と言って天逆毎は横を見た。そして晴れやかなほどに顔をほころばせると、「この宴に花を添えてくれる客人が参られたようです。二人で歓迎いたしましょう」と言ってゆっくりと手を叩いた。
「何をふざけたことを言っている!」
「牛鬼、さあ、客人をこちらへ」そこに現れたのはまさに、あの時僕の目の前でスサノオを突き殺した牛鬼だった。けれど天逆毎に「客人」と呼ばれたのは牛鬼のことではなかった。その口に咥えられていたのは……。
「和也!!!」
「か、香奈子……、どうしてここに!? 香奈子!!!」そう言って僕は香奈子の体を咥えた牛鬼の首を落とすべく、天叢雲剣を構え、地面を蹴って一直線に宙を飛んだ。
「困りますねえ」そう言って天逆毎は手の平を前に差し出すと、見えない壁でも作るように僕の体をはじき返した。
「せっかくの余興です。客人に対してそのように振舞うのは、少しばかり失礼ですよ?」
「な、何だこれは! 何だこれは!」僕はそう言って目の前にできた見えない壁に何度も天叢雲剣を叩きつけた。
「どうです? 私の作った顛倒結界は」
「顛倒結界?」
「そうですよ。それも知らないと言うのですか? この国にある顛倒結界は、すべて私が二千年前に造り上げたもの。化け物たちが外に出て、私どもの食となる人を食いつくさないよう、壁を作って閉じ込めた物です」
「そんな。顛倒結界は、人を守るために……」
「その考えは間違ってはいませんよ? 確かに人を守っていますからね。あなたたち人間が、食料となる鶏をイタチやキツネから守るように」そう言って天逆毎は笑った。
「このおおおおお!!!」そう言って僕はまた何度も天叢雲剣に黒い炎を纏わせ、天逆毎に切りかかって行った。
けれど……、けれど何度やっても……、スサノオ、スサノオ、やっぱり僕には無理だと言うのかい?
「和也、なにしてるの? 頑張って! 頑張って! 思い切り戦うって約束したじゃない!」
「まあ、何と素晴らしき姫君でありましょうぞ。感動で胸が熱くなります」
「和也、あなたは負けないわ。誰よりも強く、どんな化け物にも勝って見せると約束したわ。信じて! 私との約束を、自分自身を信じて戦って!」
「ああ、ああ、思い出しました。姫君、あなたは佐美良比売命ですね? 何ということでしょう。光栄です。こんなところであなたにお会いできるのは!」
香奈子は笑顔で僕を見つめていた。僕を信じ、何も恐れず、眉を開き、一心に僕を見つめていた。
「ぬおおおおおお!!!!!」
出会った頃から香奈子は勇敢だった。どんな強い化け物にも背を向けず立ち向かっていった。そんな香奈子を僕は尊び、心から愛した。
「ぐああああああ!!!!!」
こんな弱い僕を、何一つ守れない僕を、香奈子は強いと信じ、愛してくれた。
「負けてなるものかあああああ!!!!!」
「なんと美しき姿でしょう。私は生まれて初めて涙を流しています。たとえあなた方が私に勝てずとも、これほどまでに大きな感動を与えてくれたのならば、これは感謝に値するものです」
「でやあああああ!!!!!」
「佐美良比売命、ぜひ私はあなたにお礼をしたい。これほどまで私の心を揺さぶり、熱くしてくれたお礼に、須佐之男命にさらなる強さを与えましょう」そう言うと天逆毎は立ち上がり天を仰ぐように深呼吸をすると、目の前に跪く香奈子の髪の毛を左手でつかみ、その顔を僕に見せつけるように宙にぶら下げた。
「何をする!!!!!」
天逆毎は慈しむような目で僕を見た。
香奈子は苦し気な表情一つせず、僕をじっと見つめにこりと笑っていた。
「香奈子……、香奈子香奈子香奈子……、香奈子!!!」
「和也……、愛してる……」その言葉は声になっていなかった。けれど確かに聞こえた。この胸の中に、香奈子はそっと両手で大切なものを置くように、僕の胸の中に、僕の胸の中に、その言葉を置いた。
そして天逆毎は、右手に持った短刀を香奈子の首元に押し付けると、一気に……。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
「ごとり」と言う音を最後に、僕は記憶を失った。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる