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20 足音

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「そろそろ戻ろうか」と芹那が言った時には、僕らは登山道をもうすでに軽く一時間は歩いていた。
 そのことを芹那に言うと、「えええ!? そんなに歩いてた!?」と予想通りの反応をした。
「二人とも向こうの世界でさんざん歩くことに慣れちゃってたからね、こういう時、どれくらい歩いてたかわからなくなっちゃうわよね」と言って芹那は笑った。
 それはいいとして、ここから戻るのに一時間、早く戻らないとヤバい……。
「どうしたの? 和也、難しい顔して」
「え? バスが一日四便しかなかったから、早めに戻らないと帰りのバスに間に合わないなと思って」
「そだよね。けどさあ、なんか私たち、道に迷ってない?」
 えっ!? それ軽く言う!? そう思いながら僕は周りを見回した。見回した。見回した……、んだけど、霧が出ていてどこを見ても同じ景色だった。
「ね? さっきから歩いてるの、私たちだけだよ?」
 それと犬……。僕は後ろを付いてくる犬を見て思った。
「なんだろね、この犬」そう言って芹那はしゃがんで犬を撫で始めた。この余裕は天性の天然だなと思いつつ、僕はなんだかさっきからこの犬に違和感があった。見た目が普通の犬じゃない、ってのもあるんだけど……。僕はそう思って犬を観察した。色は茶色で、雑種のように見えるが、やけに目付きが鋭い。年老いているのか? 犬の見た目の年齢なんかわからなかった。ただ目がちゃんと見えているようには見えない。一見痩せているけど、よく見ると思いのほか筋肉質だ。そんな風に考えながら見ていると、僕はだんだんこいつが犬に見えなくなってきた。
「犬とはなんだ!」と突然犬がしゃべった。
 間近で犬を撫でていた芹那はあまりに驚いて「ふゃはあぁっ!?」と変な声を出して尻もちをついた。
「な、なん、なに!? 犬にゃやべった!?」芹那は何を言っているかわからない。
「犬とはなんだ。我は狼の子孫なるぞ」
「お、狼!?」僕は聞き返した。
「その通り。ここでそなたたちのような者が現れるのを待っておった」
「しょ、しょ、しょななない?」
 芹那はちょっと黙って。そう思いながら僕は芹那を抱き起して立たせようとしたが、完全に腰を抜かしていて脚に力が入らない。仕方ないので僕の持っていた水を飲ませ、背中をさすって深呼吸をさせた。
「僕たちのような者って、どう言うこと?」
「助けていただきたい。須佐乃袁尊(スサノオノミコト)、そして月読尊(ツクヨミノミコト)」
「僕たちのこと、わかるの?」
「古(いにしえ)より神の遣いとしてこの山で人々を送り、守り続けてきた故、初見参(ういげんざん)なるも其方達のことは存じておる」
「でも、でも、初めて会ったのにわかるの? 私のことツクヨミとか」
「わかる!」と突然狼が声をあげたものだから、せっかく復活しかけていた芹那はまた「ふゃ!」と言って尻もちをついた。
「ここで多くの者を見送ってきた。悪しき心の者、善き心の者、目を閉じ、その本性を見るのが我が営みゆえ」
「そ、そ、その悪しきって人がきたらどうするの?」
「通さぬ!」
「ふゃ!」
 芹那もいい加減慣れろよ……。僕はそう思いながらまた水を飲ませる。
「で、で、でも、そ、そのあと、追い返しちゃうの?」
「食う!」
「ふゃ!」
 僕はだんだんどちらもわざとやっているんじゃないかと思えてきた。
「それよりさっき、助けていただきたいって言ったけど、どう言うこと?」
「話を聞いていただけるか……」
「うん、まあ、力になれるかわからないけど……」
「実を申すと……」それから狼の話は長かった。寒さと空腹に耐える僕らを前に、たっぷり二時間は話し込んできた。
「つまり、こういう事だね、富士山のふもとにある顛倒結界の中に閉じ込められた、豊玉姫(トヨタマヒメ)と言う人を助ければいいんだね?」
「やっていただけるか。ありがたい……」狼は肩を震わせながら頭を垂れた。
 いや、まだやるとか言ってない……。
「でも、顛倒結界の中にあると言うことは、化け物たちもいるってことだよね」
「化け物とは、怪異のことか」
「そう、それだよ」呼び方が違うみたいだ。
「それ故、豊玉姫は竜宮洞穴から出るのを恐れておられる」
「そうか。じゃあ化け物……、怪異たちを倒せば、豊玉姫も外に出てこれるんだね?」
「やっていただけるか。ありがたい……」
 ちょっと待ってよ……。
「でも僕たち今、剣も何も持っていないんだ。さすがにちょっと武器も無しに怪異と戦うのは……」
「剣があればよいと? ありがたい……」
「あ、あるの?」
「ある!」
「ふゃ!」
「どこにある?」僕は芹那の背中をさすった。
「ご案内申そう」
「え、今から? そこに行くの?」
「さよう。お待ちいただきたい」そう言い残すと、狼はふっと煙でも吹き消すようにいなくなった。
 辺りはもう暗かった。人の気配もない。まあ、道に迷った時点で、人とはまったく会わなかったのだけれど。それになにより寒かった。もうこの寒さから解放されるなら、化け物退治でも何でもマシだった。芹那ももう動けないほどガタガタと震えている。僕はその背中を抱きしめた。その背中ももう冷え切っている。戻る道もわからない。「ご案内申そう」などと言われながら、ただ置き去りにされただけのような気がした。
 と、芹那の体の震えが止まっていることに気が付いた。
「せ、芹那?」僕は芹那の肩を揺さぶった。と、がくりと頭を後ろに垂れてきた。顔が真っ白だ。唇にも色がない。「芹那! 芹那!?」呼びかけにも応えない。
 どうしよ、どうしよ、どうしよ……。
 そんなことを考えていると、どこか遠くの方からズシーーーン……、ズシーーーン……、ズシーーーン……と巨大な足音のようなものが聞こえてきた。









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