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第90話

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 次の目的地は湖に囲まれた国であり、黒狐が頑張って走ってくれている。

「黒狐、休憩しなくても大丈夫? ずっと走りっぱなしだけど……」
『儂は幻獣じゃぞ? なんのこれしき。……それより、お主も大丈夫か? が激しいように見えるんじゃが……』
「え?」

 黒狐から紫色の炎で作られた鏡を渡されて顔を見てみると、いつも腕だけで収まっている金色の模様が右頬まで伸びていた。
 通常なら呼び出した後すぐに模様は消えるのだが、未だに消える気配がない。

「な、なにこれ!?」
『儂が渡した〝鍵〟じゃが、おそらくそれは。生きているということはサクたんの味方じゃと思うが、詳細はわからぬ。兎にも角にも、現実での乱用は避けることじゃぞ』
「わ、わかった! 気をつける……」

 こういう効果がこの仮想現実内で再現されてるということは、WDOは鍵のことを知っている可能性がある。試験が終わったら聞いてみるのもアリだ。

 そんなことを考えながら風を切って走り続けていると、次の国が見えてきた。
 情報通りに湖に囲まれている国だが、大砲が積まれている大きな船などが待ち構えている。

:流石に対策されてるかw
:あんだけ暴れ回ってたらねぇ……
:あんな泥舟で勝てると思ってるんかな?
:ユーたちはサクたんに勝てまセーン
:てかサクたんの模様カッケェ!
:厨二心がくすぐられるなぁ……†
:水上戦なら彼も苦戦するはず……(英語)
:↑ノーノー。サクタンなら陸海空全てを支配可能だよ(英語)

 僕が黒狐から降ると、湖に浮かんでいる船が大砲をこちらに向けて発射し始めていた。
 急いで湖の水に手を突っ込んで鍵を使おうとすると、パキパキと音を立てて侵食が進む。湖に反射する自分が見えるが、目元までソレが迫ってきていた。

「っ……! 海淵かいえんに巣食うもの――〝クラーケン・タコヤキング〟。海哭うみなき幽霊――〝海坊主・カイト〟。霞水獣《かすみじゅう》――〝水猫・シズク〟!!」

 ――バシッ!! ボゴンッ!!

 赤く巨大なクラーケンの触手が大砲を掴み、撃ってきた船に投げつけて穴を開ける。
 ちなみにクラーケンと海坊主は、見つけてくれた涼牙が名付け親だ。カイトはいいと思うが、タコヤキングという名前は若干渋って了承した。

 タコヤキングは船の下まで移動し、みるみる船を破壊して湖の底に沈め始める。

『あれ……海に私の家内がいるピマ……』
『美味しそうなジュースの海ピマね……!』
『なんで船にいるピマ?』
『みんななにしてるピマ? 早く海に飛び込むピマ~!』

 カイトはどうやら船員たちに幻覚を見せているらしく、次々と船から身投げをしているピーマンが多数いた。
 そして最後に水猫のシズクはというと、湖の水分を吸収して超肥大化しており、湖に囲まれた国を襲っている。

:シズクちゃそ!?!?
:でかいし可愛い!!(尚やってることには目を背ける)
あまみやch:思い切り抱きついて溺れたい……
:海坊主怖すぎねぇか?w
:船に乗ってるやつらを自由自在に操れたり、幻覚を見せたりできる能力だった気がする
:ってかクラーケンの名前草
:タwコwヤwキwンwグw
:食う気満々ですやん
:日本人はアレも食べているのか……(英語)
:末恐ろしいなんてものじゃないね(英語)

 鍵の侵食は目まで進んでおり、右目が金色に輝き始めていた。疼いたり激しい激痛がしたりなんてことはないが、少し不気味だ。
 黒狐は大きい狐から人間の女の子の姿に戻り、僕の頰を優しく撫で始める。

「ふむ……。みるみる上に侵食してるのう」
「ん、そうだね。もし生きてるって仮説があってるなら、どんどんと侵食し続けていずれ脳みそに……ってこともあるかもね~」
「……じ、十分ありえる話じゃな……」

 ブツブツと何かを呟きながら考え込み始まる黒狐。そんな時、遠くの方で何かがキラッと光って見えた。
 なんの光だろうと呑気に思っていたのだが、次の瞬間、僕の右腕が勝手に動く。

 ――パシッ!

「えっ? えっ!?」

 何かをキャッチし、手のひらからは摩擦で煙が上がっていた。よく見てみるとそれは弾丸だったのだが、貧弱な僕が掴めるはずがない。
 理解が追いつかないまま僕の右腕は勝手に動き続け、狙撃手がいるであろう方向に向かって弾丸を思い切り投げる。

 ――ビュンッ!!!

 弾丸は音速を超えていそうな速度で放たれた。そして数秒後、遠くの方から『ピマァァ……』という叫び声が聞こえてくる。

:ふぁっ!?
:サクたん鬼強ぇえええ!?!?
:もやし体質はどうしたんやww
:弾丸掴んでぶん投げて返しやがった……
:どうなってやがんだ
:もしかしてその模様の影響か?

 僕がこんな芸当できるはずがないので、リスナーさんの言う通り鍵の影響だろう。
 守ってくれた、ということでいいのだろうか……。

『サクたん、同じところにとどまっておると危険じゃ!!』
「う、うん、そうだね。もう移動しよっか!」

 狐の姿になった黒狐にそう言われ、背中に乗って再び移動を始める。

『それにしてもすごかったのう。あんな力を発揮できるとは……』
「鍵って実はものすごいものだったのかもね……。鍵君、さっきは守ってくれてありがとう!」

 僕が右腕に対してそう言うと、再び勝手に動いてサムズアップした。この仮想現実内では〝生きている〟ということが確定した瞬間だろう。

 移動中に鍵君との対話を試みようとしたのだが、どうやら簡単な質疑応答しか答えられなさそうだった。
 謎は深まるばかりだが、まぁ心強い仲間そうだし大丈夫だろうと楽観的に考えている。

 そしていつのまにか、最後の国である魔道具生産が盛んな国が見えてきた。

「すごい発展してておっきいね!」
『うむ。じゃが、強固な結界が張られておるらしいのう。一筋縄では入らなさそうじゃが……』

 高層ビル群が立ち並ぶ国で、全体を包み込むように半透明な膜が張られている。

「よし、じゃあそろそろ試験も終わらせよっか。星屑の終点――〝リュウセイジンベエザメ・アストラ〟!」

 紺色の鮫肌に背中で光る斑点模様のジンベエザメの幻獣、もといアストラ。この子に少し耳打ちをすると、空に向かって泳ぎ始めて準備をし始めた。
 空で警備してくれているピー助を呼び、僕と黒狐は乗って

「時に皆さん。月って巨大衝突ジャイアントインパクト説で生まれたって言われてるんですよ。火星くらい大きな天体が衝突して、破片が集まって月が形成されたって感じで」

:はぇーそうなんや
:いきなりやなぁw
:サクたんは物知りだねぇ
:でもなんでその話が出たんだ?
:いや、まさかな
:リュウセイジンベエザメの能力って……

 僕がその話をした直後、空が明るくなり始めた。夜明けまではまだまだ時間がある。なのでこれは太陽の光ではない。

「あまみやさんに結界について聞いたことがあるんですが、圧倒的質量には苦戦するとのことで――!!」

 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

 上を見上げると、空を埋め尽くすほど巨大な塊が赤く輝きながらこちらに落下していた。

:ファーーww
:えぐすぎ……
:やべぇぇえええええ!!
:これは魔王。言い逃れ出来んぞサクたんw
:もうやめましょうよぉおお!!
あまみやch:こんな脳筋な対策されるなんて思ってなかったわ……
:圧 倒 的 オ ー バ ー キ ル
:絶滅した恐竜たちの気分だぜ~
:ジンベエザメ君強すぎじゃんね……
:宇宙にも逃げ場はないのか(英語)
:試験を受けた意味がわからない。受けるまでもなく最強だろう?(英語)
:このレベルが他に五人いるのか……(英語)

 その巨大隕石はゆっくりと落下してゆき、張られている結界を容易く破って止まることを知らない。
 そして、とうとうそれは衝突をした。

 ――ドッゴォオオオオオオオオオオオンッッ!!!!

 耳を穿つほどの轟音が響き渡り、衝撃波で地に根をはる木々でさえ抜けて吹き飛ぶ。
 国は言わずもがな、何もかもが隕石の下敷きとなって滅亡しただろう。

《――……あ゛ー。大陸全部の国の滅亡が確認された。ログアウトして戻ってきていいぞー》

 頭の中で駆動さんの声が響くとともに緊張の糸が切れ、安堵のため息が漏れ出る。
 ピー助に地面に降ろしてもらい、そろそろ現実世界に戻ることにした。

「ふぅ、中々面白かったのう。では先に戻っておるぞ、サクたん」
「うん! それじゃ、配信見てるみなさんもバイバーイ!!」

:乙!
:お腹いっぱいッス……
:Xランク確定だろうなw
:次の配信も楽しみや
:彼のSNSはないのか……(英語)
:チャンネル登録して座して待つしかないよ(英語)

 配信も切り終わり、半透明のプレートからログアウトボタンを押してこの仮想現実から去ろうとする。
 こうして、僕のXランク探索者試験は無事に終わりを告げる……ことはなかった。

「あれっ、なんで……――

 そう、ログアウトボタンが消失していたのだ。
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