上 下
1 / 44

第1話

しおりを挟む
 僕ことアッシュは、辺境の田舎からリーヴェ王国の王都に移り住んでいる平凡な人間だ。
 そんな僕は月に一度この王都で開催される『リーヴェ王国最強決定大会』の選手として働いている。具体的に何をしているかというと、試合に出てわざと負け、場を盛り上げるというものだ。
 いわゆる八百長試合と呼ばれるものなのだろうが、給料はもらえるし、地下室に住まわせてもらって魔術の研究もできるから嫌ではない。

 約一ヶ月間の地下室生活をしていると、ドンドンとドアが叩かれる音が聞こえた。

「ん? はいはい」
『いつまで引きこもってんだ芋野郎! さっさと出てこい!!』

 ドアの外から突然怒号が浴びせられる。何事かと思いドアを開けるとそこにはザムアという男がいた。
 この男は大会の運営の一人で、僕を八百長試合をしないかと誘った張本人である。キレ症で酒臭く、風俗通いをよくする男と聞いている。

「いつまで引きこもってんだテメェ!」
「お久しぶりですね、でもここ使っていいって言ったのはザムアさんじゃないですか。給料で一ヶ月分の食料買ってたから大丈夫ですよ」

 僕が暮らしているこの地下室は机・トイレ・人一人分のスペースのみだ。とても人が長い間暮らせる空間ではないが、そこんとこは魔術で補っている。
 そんなことはさておき、もう一ヶ月経っていたのか。でも結構魔術を開拓できたし、なかなか有意義な時間を過ごせた。

「仕事ですか? 張り切って負けてきますね」
「そのことだがなァ……。お前はクビだ」
「そうですか! ……え? クビ??」

 ザムアさんが放った言葉に対し、僕は鸚鵡返しをして首を傾げた。

「あぁそうだ。テメェはクビだアッシュ! ロクに働かずに金だけもらって地下に引きこもるゴミムシみてぇなやつは俺様の大会にはいらねぇんだよ!」
「そんな……」
「だいたいこんな紙切れにお絵描きなんかしやがってよォ」
「あ、それは――」

 僕の部屋に入り、机の上に置いてある魔術の構築例が描かれた紙を手に取り始める。そしてそれをビリビリと破り捨て、足で踏んだ。

「俺様は金をたやすく横領できるようになって金が大量に手に入るようになったッ! 女も金も腐るほど手に入る勝ち組になったのさ! コネで王室に入って、姫様と結婚するのも近い! だからアッシュ、テメェみたいな寄生虫には消えてもらうんだよ」
「……そうですか、わかりました。今までお世話に――」
「おおっと待てよ。最後に大会に出てもらうんだよ。本気を出しても惨めに負ける姿を観客に見せてやるのさ! ガッハッハ!!」

 約一年前から続けているのでルールはよく知っている。出場が決定している選手は絶対に出場しなけらばいけなく、できない場合は罰金。払えない場合は短期奴隷となる。一ヶ月前に金を使い果たした僕が棄権しようものなら奴隷になってしまう。
 これをザムアさんは狙っていたというわけなのだろう。

「……出れば、いいんですね」
「そうだ。本気出してもいいんだぞアッシュ、出したところで負けるのは確定だがな!」

 高笑いをしてこの場を立ち去るザムアさん。床に落ちた紙を拾い上げ、息を吐く。

「わかりましたよ。出せば、いいんですね。

 もう八百長試合はおしまいだ。誰が相手だろうと絶対負けやしない。


###


 2日後。
 来たるリーヴェ王国最強決定大会の当日だ。月一のイベントというこで街は盛り上がっており、出店も繁盛している様子だった。
 なんせ今回はとんでもない選手が出ているとの噂だ。盛り上がらないわけがない。

 僕は選手の控え室で自分の出番を待っていた。すると、僕の第1試合の対戦相手が話しかけてくる。

「おやおやおやおや。君がこの俺の相手かい? 随分見窄らしく哀れで弱々しくゴミのような相手じゃあないか」

 罵倒をつらつらと並べて僕に吐くこの男こそが対戦相手のヒューク・セントだ。隣国の貴族が旅行に来ているらしく、全身に宝石をまとわりつけて自分の財力を誇示している。
 剣が得意らしいが、その実力やいかに。

「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「ふぉやふぉや、俺の言葉が効かないなんてねぇ……。まぁいいよ、戦いで君をコテンパンにしてあげるからね☆」
「さいで。お互い楽しみましょう」

 こいつは一応件のとんでもない選手らしい。剣術はかなり上のランクになるらしいが、僕からしたらただのナルシスト貴族(笑)である。

 出番までボーっと天井のシミの数を数えていると、いよいろ僕の名前が呼ばれた。どうやら出番のようだ。
 控え室の外からアナウンスの声が響いてくる。

『さー続いての試合は初出場の選手です! 身なりの派手さは国一番ッ! 纏う宝石のように美しく勝利を決めれるか~!? ヒューク・セント選手です!!』

 会場がワッと盛り上がり、歓声がここまで聞こえてきた。さて、アナウンスで呼ばれたらいよいよ僕も出場だ。

『その対戦相手はもはやこの大会でおなじみッ! いつもは引き立て役として敗北してしまっているが、今回は果たして勝てるのか!? アッシュ選手です!!』

 先ほどよりは歓声が上がっていない。理由はまぁ、普通だからだ。
 表舞台まで歩き、巨大な円のフィールドまで向かう。周りには何万もの観客がおり、王様も見にきている。

「君は踏み台になるんだよ☆」
「ふわぁ……」

 いつもだったらとにかく接戦を演出し、攻撃を食らった時には派手な演出(魔術)を出していた。いつだって相手を思っていた。
 けどもう違う。僕はもう無職だ。金がもらえないならもう敬う必要もない。

『ではレディ~~? ファイッッ!!!』
「先手必勝さっ!」

 腰に携えていた剣を引き抜いて俺に一直線で向かってくるヒューク。僕もゆったりと腰にあった木剣を取り出し、たった一言だけ呟いてそれを薙ぐ。

「〝无式むしき空折くうせつ〟」
「ゴパァアアアアアアアアアーーッッ!?!?」

 ヒュークはカエルが踏み潰されたような悲鳴をあげて後方に吹っ飛ぶ。そして場外まで飛ばされ、気絶してしまったようだ。剣は当たっていなくて、風圧だけだのに。
 シーンと会場が静寂に包まれるが、アナウンスが慌てた様子で状況を説明する。

『あ、アッシュ選手、ヒューク選手を一撃で吹き飛ばしましたぁあ!? とてつもない威力でした! 場の盛り上がりなど一切考えない一撃ッ! 今までのアッシュではない! 進化を遂げて帰ってきたッ! アッシュ選手の勝利で~~す!!!』
「ふぅ」

 随分とあっさりしたものだったが、会場はどよめきが起こっていた。

「え、い、一撃!?」
「あいつ弱いんじゃなかったっけ……」
「剣の動き見えなかったぞ!?」
「賭けた金がーー!」

 踵を返して控え室に戻り、椅子に座った。
 剣術は昔、剣の師匠に教えてもらったからそこそこ得意だ。でも、魔術の方が得意。
 ぐるぐると腕を回してストレッチをし、再び時間を潰した。

 とりあえず初戦は勝利だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

全ての悪評を押し付けられた僕は人が怖くなった。それなのに、僕を嫌っているはずの王子が迫ってくる。溺愛ってなんですか?! 僕には無理です!

迷路を跳ぶ狐
BL
 森の中の小さな領地の弱小貴族の僕は、領主の息子として生まれた。だけど両親は可愛い兄弟たちに夢中で、いつも邪魔者扱いされていた。  なんとか認められたくて、魔法や剣技、領地経営なんかも学んだけど、何が起これば全て僕が悪いと言われて、激しい折檻を受けた。  そんな家族は領地で好き放題に搾取して、領民を襲う魔物は放置。そんなことをしているうちに、悪事がバレそうになって、全ての悪評を僕に押し付けて逃げた。  それどころか、家族を逃す交換条件として領主の代わりになった男たちに、僕は毎日奴隷として働かされる日々……  暗い地下に閉じ込められては鞭で打たれ、拷問され、仕事を押し付けられる毎日を送っていたある日、僕の前に、竜が現れる。それはかつて僕が、悪事を働く竜と間違えて、背後から襲いかかった竜の王子だった。  あの時のことを思い出して、跪いて謝る僕の手を、王子は握って立たせる。そして、僕にずっと会いたかったと言い出した。え…………? なんで? 二話目まで胸糞注意。R18は保険です。

悪意か、善意か、破滅か

野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。 婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、 悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。 その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

家族に無能と追放された冒険者、実は街に出たら【万能チート】すぎた、理由は家族がチート集団だったから

ハーーナ殿下
ファンタジー
 冒険者を夢見る少年ハリトは、幼い時から『無能』と言われながら厳しい家族に鍛えられてきた。無能な自分は、このままではダメになってしまう。一人前の冒険者なるために、思い切って家出。辺境の都市国家に向かう。  だが少年は自覚していなかった。家族は【天才魔道具士】の父、【聖女】の母、【剣聖】の姉、【大魔導士】の兄、【元勇者】の祖父、【元魔王】の祖母で、自分が彼らの万能の才能を受け継いでいたことを。  これは自分が無能だと勘違いしていた少年が、滅亡寸前の小国を冒険者として助け、今までの努力が実り、市民や冒険者仲間、騎士、大商人や貴族、王女たちに認められ、大活躍していく逆転劇である。

地球の知識で外れスキルと言われたスキルツリーはチートでした。

あに
ファンタジー
人との関係に疲れ果てた主人公(31歳)が死んでしまうと輪廻の輪から外れると言われ、別の世界の別の人物に乗り替わると言う。 乗り替わった相手は公爵の息子、ルシェール(18歳)。外れスキルと言うことで弟に殺されたばかりの身体に乗り移った。まぁ、死んだことにして俺は自由に生きてみようと思う。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

転生貴族可愛い弟妹連れて開墾します!~弟妹は俺が育てる!~

桜月雪兎
ファンタジー
祖父に勘当された叔父の襲撃を受け、カイト・ランドール伯爵令息は幼い弟妹と幾人かの使用人たちを連れて領地の奥にある魔の森の隠れ家に逃げ込んだ。 両親は殺され、屋敷と人の住まう領地を乗っ取られてしまった。 しかし、カイトには前世の記憶が残っており、それを活用して魔の森の開墾をすることにした。 幼い弟妹をしっかりと育て、ランドール伯爵家を取り戻すために。

いやいやながら女にされて

ミスター愛妻
ファンタジー
 ある日ある時、男、いや、元男は荒野のど真ん中に立っていた。  ただ慌ててはいない、神に出会い、色々と交渉して納得の状況だったからだ。  転生について、代わりに『お取り寄せ』という能力を授かった。  が、くだらない理由のために、次の様な事になってしまった。  彼女?は、生理周期の黄体期に母乳が出て、それから沈香(じんこう)の薫りがする『霊薬』を精製する……  そんな神との契約を結んでの転生……  その上、神様のお仕事も引き受け?させられ、お給料をいただくことにもなった。  お仕事とはこの世界に充満する、瘴気を浄化すること、更には時々『神託』を遂行すること……  最低限のお仕事をこなし、のんびりと過ごそうと……だがそうはうまくいくはずもない……  **********  カクヨムでも公開しております。  表紙はゲルダ・ヴィークナー作 若者のためのダンスドレス です。  パブリックドメインのものです。  多分R18とまではいかないと思いますが、チョットばかりエッチなので、とりあえずR18とさせていただきます。  拙作、『エーリュシオンでお取りよせ?』と同じく『お取り寄せ能力』をメインにした『さえない男シリーズ』の作品です。

処理中です...