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第一章 出逢い

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「お久しぶりです、学園長」
ユクシーは王立学園へとやってきていた。
学園でのリオネルがどんな様子か聞くためだ。
「ファンダー君、よくおいで下さいました」
応接室で挨拶した学園長とリオネルの担任教師のホーブスはこちらを見て青褪めている。
ユクシーが王太子を介して訪問の打診をしたからだろう。
「リオネル殿下について、と伺っておりますが‥」
冷や汗を流す学園長に、ユクシーは苦笑する。
「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。王太子殿下は学園を責めるつもりはないようですので」
今日訪問したのは、リオネルの学園の様子をユクシーが知りたかっただけなので、王太子の意向は入ってあない。
自分達が咎められないと知り、二人がホッと息をつあた。

「リオネル殿下の成績を心配された王太子殿下から、私が夏季休暇の間に勉強を見るようにと仰せつかっておりまして。この学園での殿下の様子を教えていただけますか?」
「その…殿下はあまり熱心に座学は出席されておらず…」
「なるほど。それで成績が奮わないと」
ホーブスがコクコクと頭を振る。
「それでも一年生の間は良かったのですが…」
二年生になっての試験が散々だったということらしい。
その成績を見た王太子が頭を悩ませ、ユクシーのところに依頼が来たとそういう流れなのだろう。
リオネルが成績が悪ければ王族としての体面も悪いし、教師達も困る。
ただでさえ色々と言われているリオネルにとって、今の現状は良くないだろう。
「ところで、殿下に親しいご友人はおられますか?」
ユクシーとは入れ違いでリオネルが入学したので、あまり彼のことは知らない。
「殿下は騎士課程の方では親しくされたる方がおりますが、友人と言える程ではないと…」
それは教師としては心配だろう。
平民の母親を持つ王子が同世代の貴族から孤立しては、後々彼の立場に響いてくる。
何を思いリオネルがこの現状を作り出しているのか、実際に会って話してみるしかない。
「リオネル殿下にお会いしたいのですが。今の時間は?」
そう聞けば、二人が顔を見合わせる。
サボっているのか。
「僕が学園内を自由に歩いても?」
「ファンダー君なら、何も問題はありません」
こういう時に、成績が優秀であったことが効く。
「リオネル殿下のことをよろしくお願いします」
ホーブスが頭を下げた。
ユクシーが在学中も生徒思いの良い教師だった彼の心痛を思う。

「さて、と…」
3年ぶりの学園。
何か特に変わるわけではない。
勝手知ったる場所なので、ユクシーは迷うことなく裏にある庭園に向かう。
学生時代、友人のワーグス公爵令息セシルがよく授業をサボっていた。
それを見つけて教室に連れて帰るのがユクシーの役目だった。
尤もセシルは成績優秀で、授業で習うことは公爵家の教育でほとんど知っていたのでサボっていたのだが。
「いた…」
なるべく足音をたてないように、芝生の上を進む。
低木に隠れるように、背を屈めて近寄っていく。
木々な間から、リオネルと思われる黒髪が見える。
どうやら大きな木に寄りかかっているようだ。
眠っているのかもしれない。

ちょっとしたいたずら心が出てしまう。
そっと距離を詰める。
とりあえず声をかけるか、肩を叩くか。
迷ったが肩を叩くために腕を伸ばした。
「うわっ!!??」
急に腕を引っ張られ、気付いた時にはユクシーは芝生の上に転がっていた。
「いたっ…」
うつ伏せで腕をひねり上げられ、体の上にはリオネルが乗ってユクシーを押さえつけている。
「貴様、何者だ?」
低く鋭い声が耳元でする。
「いたいって…」
ギリッとさらに力を入れられ、ユクシーの体が軋む。
「すみません、不審者じゃないです!」
だから離してくれと言っても、力は緩まない。
「僕はここの卒業生のユクシー・ファンダーっていうんです」
「ファンダー?」
「ファンダー侯爵家の次男です」
流石に王太子付の副官の名前くらいは知っていたか。
ようやく納得してくれたのか、ひねり上げていた腕を離してくれる。
「いててて…」
ユクシーはまだ上に跨って臨戦態勢を敷いているリオネルを体の向きを変えて見上げる。
「突然申し訳ありません、リオネル殿下」
リオネルが動かないのを見て、ユクシーはズリズリとリオネルの下から這い出る。
そして、リオネルと少し距離をとって座り直した。
「驚かせてすいません。ちょっと懐かしくて…」
この場所は高貴なるサボり場と呼ばれ、代々高貴な身分を持った人間が息抜きにやってくるのだ。
セシルもよくここに息抜きにきていた。

「ここは変わらないですね」
まずはリオネルの警戒を解かねばならない。
「僕はサボった友人を捕まえに来る側でしたが、よくここには来たんですよ。ここは高貴なる方専用みたいになってますので、人が近寄らないんです」
「なるほど…」
ここでサボっていても他の生徒には会わない訳だと、リオネルは納得する。
「それで、ファンダー殿はどうしてここに?」
リオネルは怪訝そうにユクシーを見る。
「簡単に言えば、あなたの兄君のお使いですかね」
「兄上の?」
リオネルの眉間に皺が寄る。
「あなたの学園生活を心配しておいでです」
「………ほっといてくれ」
ケイセルから兄弟仲は良いと聞いていたのだが、リオネルを見るとそこまでではないらしい。
年も離れており、母親も違えば立場も違いすぎる。 
しょうがないかとユクシーは苦笑する。

リオネルは不貞腐れたように、ユクシーに背を向けてゴロリと地面に寝転ぶ。
「僕、ここを主席卒業してるんです。ですから、あなたの成績を上げるようにとのご用命です」
反応がないリオネルに、独り言のように話しかける。
「ただ王太子殿下の御心は、僕にあなたのお側で世話役になって欲しいようなんです」
これはあの後にケイセルから聞いた話だ。
同年代の友人を作っていないリオネルに、誰でもいいから側にいる人間が必要だと。
ユクシーが正式に側仕えとならなくていいから、人材を見つけて橋渡しをして欲しいらしい。
隔離されてきた貴族社会にいきなり一人で放り込まれたのだ。
貴族というものを拒絶してしまっているのかもしれない。
「ということで、しばらくあなたのお側に置いて下さい」
そうユクシーが言えば、リオネルか舌打ちが聞こえる。
「僕だって、自分の仕事をほっぽって来てるんですよ」
やりかけの研究は中断を余儀なくされているし、現在の寮の部屋はこれからしばらくは帰れないだろう。
少しくらいは同情してもらおうという魂胆だが、リオネルには通じるのか。
「寮にもどなたも世話役を置いておられないようなので、僕がやりますね」
「はあっ!?」
ガバリと起きて、リオネルがユクシーの方を向く。
「まずはお互いよく知るところからです、殿下」
多分、普通に勉強を見てもリオネルの成績は改善されない。
だから、ユクシーはリオネルの寮の世話役をすることにした。
「それでは放課後、寮のお部屋にてお待ちしております。授業にはちゃんと出て下さいね」
ユクシーは呆然としているリオネルに微笑むと、お尻の汚れをはたいて立ち上がった。
恭しく礼をして立ち去るユクシーを、リオネルはただ見上げていた。
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