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第二章 募る厄災
第二十六話 不吉な予感
しおりを挟む地上より遥か上空にある浮島。そこに聳え立つ城のさらに奥、広やかな一室にて二人の魔族が跪いていた。
その先には玉座に腰掛け、跪く二人の魔族を一望する一つの影がある。厳かな雰囲気をまとい、重々しいほどの威圧感を放っていた。
「……それで、外の状況は」
「現在、大陸南部にある街は一部を除き全て壊滅。テレサからの報告があり次第、北部の制圧に取り掛かれそうです」
どうやら声色からして玉座の人物は女性のようだ。その女性からの問いに、ローブを身にまとった細身の男が顔を上げて答える。
「ですが、その……非常に申し上げにくいのですが……」
「なんかね、テレサってば人間側に寝返ったらしいんだよね~」
細身の男が言葉を濁らせている中、同じく隣で跪いていた小柄な少年が割って入るように呟いた。
「……なんだと?」
「も、申し訳ございません……。貴様、魔王様に対して言葉を慎めと何度言ったら分かる」
細身の男が注意を促すものの、少年は悪びれる様子もなくそっぽを向いた。
「その事ではない、詳しく事情を話せ」
魔王様と呼ばれる女性は、頬杖をつきながら説明を迫る。すると、細身の男は一度咳払いをしてから言葉を続けた。
「テレサは今、例の召喚者と行動を共にしている様です。騙し討ちの可能性も考えましたが、彼女の性格上、そういった行動を取るとは考えられず……」
内容を聞き終えると、魔王は大きくため息をついた。その様子に細身の男はゆっくりと視線を落としていく。
「ねぇねぇ、魔王様! やっぱり僕があの街を潰して来よっか? 召喚者ってのにも会ってみたいしっ!」
「貴様は少し黙ってろ。……魔王様、直ぐにテレサを連れ戻して来ますゆえ、しばしお待ちくださ……」
「構わぬ、放っておけ」
言葉を遮るようにして、魔王は一言呟いた。沈黙の間が続いたあと、ようやく細身の男が口を開いた。
「よ、宜しいのですか……?」
「元より想定していた事だ。それに小規模な国が一つ残ったところで状況は変わらぬ。むしろ、見せしめに丁度いい。徐々に人類が滅んでいく様に、残された人間は死という恐怖に怯え続けることだろう」
「おぉぉっ! さっすが魔王様!」
魔王の言葉に少年が目を輝かせながら共感を口にする。もはや少年の行動に気を留めなくなった細身の男は、僅かと不満の残る表情を浮かべつつも同意した。
「では……テレサの件について、どう致しましょう」
細身の男の問いに、魔王は少し間を開けてから答える。
「泳がせておけばいい。だが、万が一我らの邪魔立てをするようであれば───構わず始末しろ」
「───御意」
「おっけ~い!」
魔王の告げる言葉に対し、細身の男と少年は、テレサに対する同情などなく聞き入れた。
「それじゃあ、別の街をぶっ壊しに行こ~! 今から楽しみだなぁ……よぉし、暴れるぞぉ!」
「おい待て、向かう前に先ず計画を立ててから……」
そうして二人は大陸北部へと向かうべく、部屋を後にするのだった。
「召喚者……口にするのも忌まわしい存在だが、いつまで抗い続けられるのか見ものだな」
二人の後を目で追いつつ、魔王は小さく呟いた。
◆
あれから数時間が過ぎた。
時刻は昼を回り、レナが昼食の準備を始めていた。
「もう、大丈夫そう?」
食卓用のテーブル席に座り、先程から大人しくしているテレサに向けて問いかけた。すると、俺の言葉に小さく首を縦に振りつつテレサは口を開く。
「えぇ、恥ずかしい所を見せたわね」
「気にしてないよ。むしろ……そういう一面が見れて、ちょっと安心した」
種族は違えど、感情が無いという訳では無い。当初、テレサに対する印象はあまり良いものでは無かったが、彼女の内面が見れたようで今は少しほっとしている。
例え魔族でも、泣く時は泣くし、怖いものもある。そういう所は俺たち人間とあまり変わらないのかもしれない。
「落ち着いたみたいで良かったですっ。 何があったのかは分かりませんけど、嫌なことはご飯を食べて忘れちゃいましょう!」
そう言って、レナはお盆に乗せた皿をテーブルに並べていく。主食となるパンに加えて、肉類、サラダ、スープなど。飲食店の料理と引けを取らないほどの完成度だ。それに見た目だけではなく、もちろん美味い。
家事もできて料理もできる女の子、全国の主婦も顔負けだろう。こんな子がお嫁に居たら、どれだけ充実した日々を送れることか。
「の、ノーラさま? どうしたんです……? そんなに見つめられると、その……恥ずかしいんですけどっ」
「え、あぁ……ごめんごめん」
無意識にも凝視してしまっていたらしい。レナは少し照れたようにお盆で顔を隠していた。可愛い。
「レナちゃんも、ごめんなさいねぇ……」
「いえ! ちょっとびっくりしましたけど……泣いてる人を放ってはおけませんからっ」
そう言って微笑み合う二人。レナの優しさは、種族による差別の無い純粋なものだ。だからこそ、テレサもレナに心を許しているのかもしれない。
「あの、良ければ名前をお聞きしてもいいですか? せっかくですから、知っておきたくて」
「私? 私はテレサよ。……もっとも、主様は既に知っていると思うけれどぉ?」
「えっ、い……いやぁ、初耳ですよ~」
テレサからの視線を感じ、俺はそっと目を逸らしながら答えた。ひょっとして、ステータスを開いたことがバレてる……?
「では、テレサさまとお呼びしますねっ」
「呼び捨てでいいわ、様なんて私に合わないもの」
「よ、呼び捨てなんてそんな! えっと……では、せめてテレサさんと呼ばせてください!」
そんなレナの言葉に困惑の表情を浮かべるテレサだったが、やがて諦めたかのようにため息をついた。
「……分かったわ、好きに呼んでちょうだい」
「えへへっ、ありがとうございます、テレサさん!」
笑顔を浮かべるレナに対し、テレサは少し困ったように笑って見せた。
「レナ、私も呼び捨てで呼んで欲し……」
「ノーラさまは "ノーラさま" です! それ以外ないです! 変えるつもりは絶対にないですっ!!」
「えぇ~……」
即答されてしまった、絶対にないと。ドウシテ…… 。
「慕われてていいじゃない、ノーラ様?」
「……あんたに名前呼ばれるのは、なんか落ち着かない」
「なんでよぉ……!」
テレサはむすっとした様子で俺を見つめてくる。別に俺自身は気にならないと思うのだが、何故か妙に不快感を感じる。
( そう言えば、ノーラはテレサの事を毛嫌いしてたな。胸の大きさか何かで恨んでたっけ。ノーラのそういう憎悪的な何かが、今の俺に伝わってきてたり? いや、まさかな )
「お二人とも、料理冷めちゃいますよ……?」
席に着いたレナが、俺とテレサが食べ始めるまで待っていてくれている。
「ん……それじゃあ、食べよっか」
そうして、俺たちは昼食にありつこうとした。……その時、玄関口の方から数回ノックの音が響く。
「誰でしょう……。もしかして、お客さんでしょうか?」
こんな場所を訪れる人が俺以外に居るとは。偶然で来られるような所でもないが、相手は本当にただの客なのだろうか?
「私が見てくるよ、客だったら呼びに来るから」
玄関へ向かおうとするレナを呼び止め、俺は席を立った。
「え? で、でも……」
「大丈夫、ここで待ってて」
そう告げたあと、俺は玄関へと向かった。
レナの事はテレサに任せておこう。その方が、万が一の事があっても何とか守ってくれるだろう。
警戒しつつ、俺はゆっくりと玄関の扉を開いた。
「……む? なんだ、まさか君が直々に出てくるとは」
そこに居たのは、以前にも会ったことのある女兵士だった。後ろには数人の兵士を束ねているようだ。
「女王様から、召喚者殿と魔族の二人を連れてくるよう言われている。城まで同行してもらいたいのだが、構わないか?」
「えっ……え? えぇ~……」
その時俺は、いきなり尋ねてきた兵士たちと、女王様からの呼び出しに驚きつつ、昼食がお預けになった事に落胆するのだった。
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