上 下
23 / 30
第一章 銀髪の少女

第二十三話 平和な日々にお別れを

しおりを挟む
「はぁ~……」

 宿へと帰ってきた俺は、まるで実家のような安心感を抱きつつ安堵の息を漏らした。もちろんテレサもご一緒だ。一刻も早くレナの笑顔でリフレッシュしなければ、いずれストレスで胃に穴が空いてしまう。
 俺は宿屋の天使に癒されるべく玄関の扉に手を掛ける。すると……。

「ノーラさまぁぁぁぁあ!!」

 扉が開かれたと同時に、中から勢いよくレナが飛び出してきた。

「外から何度も大きな音や叫び声が聞こえてきて、その度にノーラさんが……危険な事に巻き込まれてないか、ずっと不安で……っ」

 留守の間、レナはずっと俺の帰りを待っていてくれたらしい。恐らく外での出来事を知らないレナにとっては不安で仕方なかったのだろう、何より一人で心細かったはずだ。
 自分よりも他人を心配するなんて、本当に心優しい子だと改めて思う。

 ( ……しかし、しかしだ。レナよ、一言だけ言わせてくれ )

「レナ、私はこっちだよ」

「へ……?」

 ようやくレナは顔を上げた。そして、抱きついている人物が俺ではなく隣に居る魔族テレサだと分かると、徐々に顔を青ざめていく。

「ふぇっ……! ど、どうして魔族がここに……!?」

 声と身体を震わせつつも、恐怖でその場から動けずにいるようで、必死に訴えるような目線を俺に向けてきた。まぁ、無理もないだろう。レナには悪いが、慣れてもらう他ない。

「あらぁ! 主様行きつけの宿だと聞いて、一体どんな店主なのかと思ってたけど。まさか、こぉんなに可愛い子が店番をしてるなんてねぇ?」

「ひぇぇっ! の、ノーラさま助けてぇぇぇ!! 」

 怯えていようとも構い無しといった様子で、テレサはレナを抱き上げると、その豊満な双丘に顔を埋めさせた。じたばたと暴れて俺に助けを乞うレナだったが、がっちりと抱きしめたまま離す気配のないテレサに、俺は何も出来ずにいた。

 ( ……うん。断じて羨ましいとか、眺めてたいとか思ってないからね? 仕方なくだから、仕方なく!)

「あ~……必死な所悪いんだけど、そいつも宿に泊まるみたいだから、今日は二部屋お願いできる?」

「ぇ……? 泊まるって……魔族がうち、に……」

 俺の言葉を聞くと、レナぐったりと脱力した。あまりの衝撃にとうとう気絶してしまったらしい。それでもなお、テレサはレナを抱きしめ続けているが。

「えぇ~? 私は別に、主様と同じ部屋でもいいのに……。ねぇ、一部屋にしましょう?」

「やだ。あんたと一緒だと落ち着いて寝られない」

「そっ、そんなぁ……!」

 テレサは目を潤ませながら俺を見つめてくる。確かに少し言葉がきつかったかもしれないが、こうでも言わないと調子に乗ってしつこく迫って来るはず。これは仕方のないことだ。
 そもそも魔族とはいえ、テレサも女性である事に変わりはない。それに、体つきも理想的な大人の女性そのものだ。そんなのとひとつ屋根の下で一夜を過ごすなど、俺にはハードモードすぎる。

 ( 幸いにも俺の身体は少女だし、間違っても変な事にはならないと思うけど……俺は男だ、男なんだぞ!)

「とにかく、別々の部屋にするからね」

「……わかったわよ、主様がそう言うならぁ」

 むすっとしたテレサなど気にすること無く、俺はレナが目を覚ますのを待つことにした。もっとも、目を覚ませばもれなく魔族の腕の中だけども。
 それから数十分ほど後。目を覚ましたレナに経緯を説明しつつ、横槍を入れるテレサの誤解を解き続けるのに数時間を費やすのだった。

     ◆

「疲れた……」

 寝具の上で仰向けになり、俺はしばらく天井を見つめたまま疲れを癒していた。テレサが適当な事ばかり言うものだから、そのつど勘違いをするレナを説得し続けるのにかなり時間が掛かった。本来ならもっと早く説明し終わっているはずなのだが。

「まったく、あいつと居ると気が休まらないな……」

 今思えば、昨日まで一人で気楽に過ごしていた時間がとても懐かしく思える。人との関わりには多少慣れてきたが、ベタベタと引っ付いてくるテレサに慣れるには、まだ時間が掛かりそうだ。

「それにしても、疑問は増えるばっかだなぁ……」

 テレサが言っていた魔王様と呼ばれる存在。現世で見た漫画などの知識で考えるとするなら、やはり世界征服云々が定番だろうか。幸いにもこの街の危機をしのぐ事は出来たが、ひょっとすると他の場所は既に多くの魔物が攻め込んでいるかもしれない。
 この街に攻め込んできた魔物たちがテレサの指揮によって集められたものだとすると、テレサの他にも魔物とは比べ物にならない力を持った魔族が居るのでは。

「……ちょっと聞いてみるか」

 今の俺が考えた所で、結局は全て憶測に過ぎない。であれば、その関係者に聞くのが一番手っ取り早い。実際の所、まだテレサの事を完全に信用した訳じゃない。今は敵意が無いとはいえ、俺は一度テレサに殺されたのだから。まぁ、何かを企んでいるにせよ、今は変に刺激を与えない方が良いだろう。
 自分の部屋から出た俺は、テレサが居る部屋の扉を数回ノックした。

「ちょっと話したいんだけど、いい?」

「はぁい。今服を脱いじゃってるから、着替え終えるまでちょ~っと待っててねぇ」

 扉の奥でテレサが返答した。服を脱いで一体何をしていたのかは知らないが、とりあえず着替えの途中を目撃してしまうような展開にはならずに済みそうだ。ムフフな展開を望む世の男たちよ、俺は健全な選択肢選ばせてもらおう。どうか悪く思わないでくれ。

「もう入っていいわよぉ」

 それを聞くと、俺はゆっくりと扉を開けた。するとそこには……。

「……は?」

 生まれたままの姿を晒すテレサが居た。

「やぁだ、主様ったらエッチ~!」

 すん、と真顔になりつつ、俺はアイテムの中に入れていた夜桜を取り出した。

「そうかそうか、そんなに斬られたいのなら是非もない。次は肉片一つと残さないから覚悟しろ?」

 にっこりスマイルによる圧、ひたすらに掛ける重圧。

「ひっ……!? わわ、わかったから斬らないで……ね? ねっ? その物騒なものは置いて、一度話し合いを……」

「ノーラさま? 扉の前で一体どうし……って、な……なんで裸になってるんですかあなた!」

 たまたま近くを通りかかったレナが様子を見に来た。しかし、この地獄のような光景を目の当たりにしたあと、レナは咄嗟に俺の背後へと隠れてしまう。

「あ、あら……レナちゃんにも見られちゃったわぁ。これじゃあ私がエッチみたいねぇ?」

 ( エッチどころか痴女だよ! ド変態だよ!)

「の、ノーラさま……この状況は一体……」

「いいから早く服を着ろぉぉぉぉ!」

 その夜、俺の切なる叫びが辺りに響き渡った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

怠惰生活希望の第六王子~悪徳領主を目指してるのに、なぜか名君呼ばわりされているんですが~

服田 晃和
ファンタジー
 ブラック企業に勤めていた男──久岡達夫は、同僚の尻拭いによる三十連勤に体が耐え切れず、その短い人生を過労死という形で終えることとなった。  最悪な人生を送った彼に、神が与えてくれた二度目の人生。  今度は自由気ままな生活をしようと決意するも、彼が生まれ変わった先は一国の第六王子──アルス・ドステニアだった。当初は魔法と剣のファンタジー世界に転生した事に興奮し、何でも思い通りに出来る王子という立場も気に入っていた。 しかし年が経つにつれて、激化していく兄達の跡目争いに巻き込まれそうになる。 どうにか政戦から逃れようにも、王子という立場がそれを許さない。 また俺は辛い人生を送る羽目になるのかと頭を抱えた時、アルスの頭に一つの名案が思い浮かんだのだ。 『使えない存在になれば良いのだ。兄様達から邪魔者だと思われるようなそんな存在になろう!』 こうしてアルスは一つの存在を目指すことにした。兄達からだけではなく国民からも嫌われる存在。 『ちょい悪徳領主』になってやると。

私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル
ファンタジー
旧題:私は『聖女ではない』ですか。そうですか。帰ることも出来ませんか。じゃあ『勝手にする』ので放っといて下さい。 【 聖女?そんなもん知るか。報復?復讐?しますよ。当たり前でしょう?当然の権利です! 】 地震を知らせるアラームがなると同時に知らない世界の床に座り込んでいた。 同じ状況の少女と共に。 そして現れた『オレ様』な青年が、この国の第二王子!? 怯える少女と睨みつける私。 オレ様王子は少女を『聖女』として選び、私の存在を拒否して城から追い出した。 だったら『勝手にする』から放っておいて! 同時公開 ☆カクヨム さん ✻アルファポリスさんにて書籍化されました🎉 タイトルは【 私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください 】です。 そして番外編もはじめました。 相変わらず不定期です。 皆さんのおかげです。 本当にありがとうございます🙇💕 これからもよろしくお願いします。

処理中です...