上 下
10 / 30
第一章 銀髪の少女

第十話 娘と母

しおりを挟む
「……はぁ」

 重いため息を零しつつ、私は城の中へと入る。
 ノーラさんと別れたあと、帰宅した私を門の前で待っていたのは一人の女兵士。そう、ダネアだった。
 城を抜け出した日は、こうして私を出迎えてくれるのは何時ものこと。だが今日は、出迎えとともに伝えられた内容によって、私は気を重くしていた。その内容とは、女王じょうおうさまが私に話があるとのこと。

 つまり、お母様が私を呼んでいるらしい。

「お母様、きっと怒ってるよね……」

 今までは遅くても夕方には必ず帰宅していたため、何とか誤魔化ごまかす事が出来ていたのだが……。
 長い廊下を真っ直ぐに歩いた先の一室、巨大な扉をゆっくりと開けば、玉座ぎょくざに腰掛けたお母様が見えた。

「セレシア……!」

 私の名前を呼び、お母様が側まで駆け寄ってくる。頬を叩かれるのを覚悟した私は、きゅっと目を閉じた。しかし、私が感じたのは痛みではなく、包み込むような暖かさだった。

「心配しましたよ、セレシア」

 ゆっくりと目を開くと、お母様は優しく私を抱きしめていた。

「怒らない、のですか……?」

「当然怒っています。……ですが、それ以上に心配だったのですよ。無事で何よりです」

 そう言って、お母様は私の頭を撫でてくれる。

「……ごめんなさい、お母様」

 深い罪悪感を覚え、私は深く反省した。一方的に叱ることもなく、お母様は第一に私の身を案じてくれていたのだ。

「まったく……。次からは気を付けるのですよ?」

 そう言って柔らかな笑顔を浮かべるお母様に、私も口元を緩ませる。昔からずっと、お母様の笑った顔はとても安心できる。暖かくて、優しいお母様の笑顔は今でも大好きだ。

「それにしても、こんなに遅くなるなんて。一体どこへ行っていたのですか?」

「それは、その……友達と……」

 私の言葉に、お母様は目を丸くさせた。

「まぁ! お友達ができたのですねっ」

「はいっ。ノーラさんと言って、恐らく私よりも歳下だと思うのですが……とても優しい子なんです」

 お母様は、私の話を嬉しそうに聞いてくれる。

「また会う約束もしたのですが、何度も外に出向く訳にはいきませんよね……」

 王女という立場上、そういった軽率けいそつな行動をつつしまなければいけないのは理解している。それに、何度もお母様に心配をかける訳にはいかない。けれど、初めて私を"友達''として接してくれた彼女に、もう一度会いたい気持ちが勝ってしまう。

「……セレシア。二つほど、私と約束しましょう」

「約束、ですか?」

 私は首を傾げて聞き返した。

「はい。一つ目は、勝手に城を抜け出さないこと。二つ目は、門限もんげんを守ること。できますか?」

「えっと……でき、ます」

 困惑しつつも、私はお母様の言葉に頷く。

「よろしい。ちゃんと約束を守ってくれるのであれば、何時でもお友達の元へ行ってあげなさい」

「……! でも、いいんですか……?」

「大切お友達を待たせる訳にはいかないでしょう?」

 お母様の優しさには本当に敵わない。私は嬉しさのあまり、お母様に抱きついた。やはりお母様は私を王女ではなく、一人の女の子として接してくれる。だからこそ、私も身分を気にせず甘えられるのだろう。子供っぽいと自覚はしている、けれど……お母様の前でだけは、何時までも子供でいたいと思ってしまう。

「ありがとう、お母様っ」

「ふふっ、いいのですよ。夜遅くまで疲れたでしょう、今日は早めに休むようにね」

「はいっ」

 最後に深く頭を下げると、私は部屋を後にした。

 その夜。就寝につく頃、私は中々眠れずにいた。もちろん、またノーラさんと出会える事が楽しみという理由もある。……しかし、一番の理由は召喚者の件についてだ。
 根本的な問題が解決した訳では無い。むしろ、今のままでは悪化する一方だ。魔族の襲撃がいつ起こるかも分からない現状、最悪の事態を避けるべく早急に手を打たなければ……。

「召喚者さま、今頃どこに………」

 再び焦りと不安が募る中で、ひたすら召喚者が現れることを祈りつつ、私は眠りにつくのだった……。

     ◆

「ここか……」

 ウィンドウで開いたマップを確認しつつ、俺は一件の建物を前に佇んでいた。
 セレシアと別れたあと、俺は宿へと向かったのだが……。正直、マップ無しで辿り着くのは不可能だろう。なんせ、複雑に入り組んだ道が多すぎるのだ。

「そもそも、此処って本当に宿なのか?」

 一見すれば民家にしか見えない。マップで宿と表示されているため、間違いは無いはずだが。俺はゆっくりと扉を開け、中を覗き込んだ。

「お邪魔しま~す……」

 内装を見るに、宿で間違いは無さそうだ。正面にはフロントがあり、奥には階段が見える。案外しっかりとした作りだ。

「……誰もいないのか?」

 人の姿はなく、客も居なさそうだ。ひょっとしたら留守なのかもしれない。

「仕方ない、別の方の宿に……」

「ぁ、あの……!」

 不意に聞こえた声に、俺は周囲を見渡す。すると、フロントから顔を覗かせる人物が目に映る。見たところ、俺よりも幼い子供のようだが……。

「も、もしかして……お客さま、ですか?」

「うん。一泊したいんだけど、いいかな?」

 俺は少女に尋ねた。まさかとは思うが、この子が店主なのだろうか。

「えっと……部屋とか狭くて、ご飯も出せないんですけど、それでもよければ……」

 少女は俯きながらに答える。

「いいよ、お腹は減ってないからね」

 セレシアと居る時にたらふく食べた訳だし。それに、以前は何年も部屋で引きこもってた訳だ。狭い部屋なんて慣れている。
 すると少女は、目を丸くして俺を見つめた。別におかしな事は言っていないはずなのだが。

「えっと、いくら払えばいいのかな?」

 驚いた様子の少女に首を傾げつつ、俺は料金を尋ねる。

「ぎ、銀貨ぎんか二枚……です」

「銀貨二枚ね、……ん? 銀貨?」

 そこで俺は重要なことに気付いた。

 ( 俺、この世界の通貨つうかとか持ってない……!)

 セレシアが食べ物を買っていた時は、毎回先に支払いを済ませてたから分からなかったが……。今の俺が持っているのはリバホプで稼いだ硬貨こうかだけだ。まぁ、見た目は銀貨っぽいけども。

「……あの、どうしたんです?」

 すると少女が首を傾げつつ尋ねてきた。
 純粋な子供に嘘はつけないな。俺はアイテムからリバホプで使用していた硬貨を一枚手元に出すと、それを少女に差し出した。

「……ごめん。実は私、こんな硬貨しか持ってなくて。さすがにこれって、使えないよね……」

「これは……。……ぇ、これって……!」

 俺の出した硬貨を手に取った少女は、しばらくそれを見つめたあと、硬貨と俺を交互に見やる。

「おっ、お客さまは貴族の方なのですか……!?」

「……え?」

 驚きを露わにする少女に対し、俺はきょとんと首を傾げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

男女比1/100の世界で《悪男》は大海を知る

イコ
ファンタジー
男女貞操逆転世界を舞台にして。 《悪男》としてのレッテルを貼られたマクシム・ブラックウッド。 彼は己が運命を嘆きながら、処刑されてしまう。 だが、彼が次に目覚めた時。 そこは十三歳の自分だった。 処刑されたことで、自分の行いを悔い改めて、人生をやり直す。 これは、本物の《悪男》として生きる決意をして女性が多い世界で生きる男の話である。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

普通のJK、実は異世界最強のお姫様でした〜みんなが私を殺したいくらい大好きすぎる〜

セカイ
ファンタジー
いたって普通の女子高生・花園 アリス。彼女の平穏な日常は、魔法使いを名乗る二人組との邂逅によって破られた。 異世界からやって来たという魔法使いは、アリスを自国の『姫君』だと言い、強引に連れ去ろうとする。 心当たりがないアリスに魔の手が伸びた時、彼女を救いに現れたのは、魔女を名乗る少女だった。 未知のウィルスに感染したことで魔法を発症した『魔女』と、それを狩る正統な魔法の使い手の『魔法使い』。アリスはその戦いの鍵であるという。 わけもわからぬまま、生き残りをかけた戦いに巻き込まれるアリス。自分のために傷付く友達を守るため、平和な日常を取り戻すため、戦う事を決意した彼女の手に現れたのは、あらゆる魔法を打ち消す『真理の剣』だった。 守り守られ、どんな時でも友達を想い、心の繋がりを信じた少女の戦いの物語。 覚醒した時だけ最強!? お伽話の様な世界と現代が交錯する、バイオレンスなガールミーツガールのローファンタジー。 ※非テンプレ。異世界転生・転移要素なし。 ※GL要素はございません。 ※男性キャラクターも登場します。 ※イラストがある話がございます。絵:時々様( @_to_u_to_ )/SSS様( @SSS_0n0 ) 旧タイトル「《ドルミーレ》終末の眠り姫 〜私、魔女はじめました〜」 ※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載中。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

処理中です...