上 下
5 / 30
第一章 銀髪の少女

第五話 不穏な影と女子力

しおりを挟む
 街へと向かって行く少女(?)の後方こうほう、空高くから見下ろすようにして様子を眺める人物が居た。

「ふ~ん……。誰も居ない所へ適当に飛ばしておけば、あとは勝手に野垂のたれ死んでくれると思っていたのだけれど」

 くるくると自分の髪の毛を弄りながら呟く。パチンと指を鳴らすと、背後に黒いうずが現れた。

滑稽こっけいだわ、私に殺されるとも知らず のうのう と生きてるなんて可哀想ねぇ……。いっそ餓死がししてしまった方が楽だったでしょうに」

 口元をそでで隠し、くすくすと不敵に笑う。既に見えない距離まで離れた少女の後を一瞥いちべつし、渦の中へと消えていった。

「まぁ……精々足掻きなさい、いずれこの世界はあの御方のものになるのだから」

 渦が消えて無くなると同時に、その場には誰も居なかったかのように静寂があたりを包み込んだ。

     ◆

 街へ入るための門を前にして、俺はその場に立ち尽くしていた。
 なるべく前方や足元に注意しつつ走っていると、三十分ほどで到着してしまった。

 ( まぁ、それでも何度か転んだんだけどね )

 とりあえず、なんとか日没までに辿り着いたまでは良かったのだが、俺は先程から街の中へ入れずに居る。

「あれって、衛兵えいへいってやつだよな」

 門の前に佇む兵士の男を前に、どのような言い訳をすれば入れてもらえるのだろうと考えている最中さいちゅうなのだ。

 名 前:イヴァン
 年 齢:31歳
 職 業:兵士
 レベル:26
 総合能力値:540
 備 考:首都シーダガルドに属する兵士。

 表示されたウィンドウの内容を見る限り、大した強さは無さそうだ。
 そういえば、さっき何度か遭遇したモンスターたちの能力値はどれも100以下だった。そう考えると、改めて自分の能力値が異常なのだと実感する。

「……やっぱり、俺の能力値がおかしいんだな」

 嬉しいような悲しいような、複雑な感情を抱きつつ、兵士の男へと視線を戻した。

 ( さて、どう説明すればいいものか… )

 変に怪しまれると追い返させるかもしれないし、最悪の場合街に入れなくなるなんて事もありうる。
 そもそも俺は饒舌じょうぜつではない。

 ( 考えてもみろ、ずっと部屋に引き籠ってゲームばっかしてた俺だぞ? 他人とペラペラ会話できるほどのコミュ力なんて微塵もないっての!)

「人が居て安心したけど、話ができなきゃ意味無いしなぁ……」

 何度か深呼吸を繰り返した後、俺は意を決して兵士の男の方へと向かって行った。

「おや、見ない顔だな。此処に来るのは初めてかい?」

 先に口を開いたのは兵士の男だった。意外にも優しげな口調に、少し安堵する。

「……あ、えっと、そう……ですね。初めて……」

 緊張による語彙力ごいりょくの低下である、悲しいね。

「それじゃあ、身分証を見せてもらえるかな」

「え、身分証?」

 ダラダラと冷や汗を流す俺。街に入るのに身分証が居るのか? ゲームだと普通に出入りしてたのに。

「……まさか、持ってないのかい?」

 男は怪訝けげんな表情で俺を見つめた。

 ( これはまずい、考えろ……怪しまれず、穏便に済ませられる言い訳を!)

「じ、実は……魔物に襲われた時に盗まれてしまって、それで……」

  咄嗟とっさに考えたとは言え、さすがに苦しいか? 俺は心の中で祈りつつ、男からの返答を待った。

「なるほど、それは災難だったな。確かに荷物は持って無いようだし……仕方ない。大目に見るとしよう」

  「いいんですか……!?」

  「ああ、ただし今回だけだからな?」

 なんて優しい人なんだ。嬉しさのあまり、俺は彼の手を握ってブンブンと上下に揺らした。

「ありがとうございます……! この御恩は一生忘れず、胸に刻み込んでおきますから!」

  「わ……分かったから、取り敢えず落ち着いてくれ」

 男は頬を赤くしながら、あからさまに視線を逸らしている。照れなくてもいいのに、むしろその優しさは誇ってもいいほどだ。

「……あ、そうそう。これに触れてもらえるかい?」

 男は懐から球体状の結晶を取り出し、俺に差し出してきた。大きさは手のひらより少し小さいくらいだ。

「これは……?」

「鑑定石だ。これに触れると、触れた者の能力値や情報が分かるんだよ。疑ってる訳じゃないが、一応義務だからな」

 なるほど、ウィンドウで見ていたようなものだろうか? 俺は促されるままに鑑定石に手を伸ばす。

 ( ……おい待て。これってまさか、俺のぶっ壊れ能力値とかバレるんじゃないか? と言うか絶対にバレるぞこれ!? )

 気付いた時にはもう遅かった。彼の目の前には俺が見ていたものと同じようなウィンドウが表示される。

「……ん? な、なんだこれは……?」

 男が不思議そうに首を傾げながら呟いた。
 
 ( 終わった、もう弁明の余地もない。全力で走れば逃げ切れるだろうか? ……いや、仮にこの場を逃れたとしても指名手配のように追われ続けるのでは…… )

 最悪の場合を想定しつつ、恐る恐る表示されたウィンドウへと視線を向ける。

  「……あれ?」

 男と同様に首を傾げた。俺の開いたウィンドウの情報と、鑑定石で開かれた情報が異なってるからだ。
 名前は変わらずノーラと表示されているのだが、その他の内容がほとんど文字化けの様になっている。称号の欄には何も書かれていない状態で、名前以外の内容が上手く反映されていない状態となっていた。

「ふむ……壊れているのかもしれないな」

 男は鑑定石を懐に仕舞しまい込むと、隣に避けて道を開けた。

「あの、通ってもいいんですか……?」

「ああ、粗悪品を持っていたのは此方の不手際だからな。気にせず通ってくれ」

 本当に優しい人だ。本来なら俺を怪しんでもおかしくは無いはずなのに、彼には頭が上がらないな。

「それじゃあ、お言葉に甘えて。……ぁ、身分証の再発行って、何処に行けば出来るんでしたっけ……?」

「作った時と同じだよ。ギルドに行って紛失したと言えば、同じものを作ってくれるはずだ」

 ( ギルドか……ますますファンタジーだな )

「分かりました。なんか……色々と迷惑かけちゃってすみません、本当に助かりました」

 俺は深々と頭を下げる。もし衛兵をしていたのが彼のような性格ではなかったら、軽くあしらわれたのち、俺は今も外を彷徨い続けていたのだろう。

「ははっ、気にするな。規則を守るのも大事だが、困っている人の手助けをするのも兵士の役目だからな」

 そう言って男は笑顔を浮かべる。俺にとっては眩しすぎるほどの笑顔だよ、まるで仏様だ。
 門をくぐり、俺は街の中へと足を踏み入れる。

「気を落とさずに頑張れよ、!」

 後ろで手を振ってくれる彼に小さく手を振り返しつつ、背を向けて歩き出した。

「……女だってこと、完全に忘れてた」

 すっかり定着しかけていた。だからさっき、手を握った時に頬を赤らめていたのか。ウブな人だな、俺にいやらしい目線とかは向けてなかったし。優しい上に紳士とは、あんなの女だったら絶対惚れるだろうな。

「いや……俺は男だ! 誰がなんと言おうと男だからな!」

 ( 女の身体であることは認めても、女になることは絶対に認めないし、微塵みじんもその気は無い!)

  「……なんでアバター女にしたんだろう」

 今更ながら過去の過ちに若干の後悔を覚えつつ、俺はひとまずギルドへと向かうのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

じい様が行く 「いのちだいじに」異世界ゆるり旅

蛍石(ふろ~らいと)
ファンタジー
のんびり茶畑の世話をしながら、茶園を営む晴太郎73歳。 夜は孫と一緒にオンラインゲームをこなす若々しいじい様。 そんなじい様が間違いで異世界転生? いえ孫の身代わりで異世界行くんです。 じい様は今日も元気に異世界ライフを満喫します。 2日に1本を目安に更新したいところです。 1話2,000文字程度と短めですが。 頑張らない程度に頑張ります。 ほぼほぼシリアスはありません。 描けませんので。 感想もたくさんありがとうです。 ネタバレ設定してません。 なるべく返事を書きたいところです。 ふわっとした知識で書いてるのでツッコミ処が多いかもしれません。 申し訳ないです。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

異世界で黒猫君とマッタリ行きたい

こみあ
ファンタジー
始発電車で運命の恋が始まるかと思ったら、なぜか異世界に飛ばされました。 世界は甘くないし、状況は行き詰ってるし。自分自身も結構酷いことになってるんですけど。 それでも人生、生きてさえいればなんとかなる、らしい。 マッタリ行きたいのに行けない私と黒猫君の、ほぼ底辺からの異世界サバイバル・ライフ。 注)途中から黒猫君視点が増えます。 ----- 不定期更新中。 登場人物等はフッターから行けるブログページに収まっています。 100話程度、きりのいい場所ごとに「*」で始まるまとめ話を追加しました。 それではどうぞよろしくお願いいたします。

処理中です...